第2話 街道の噂と、小さな鳴き声
王都を出発して、しばらく。
街道はよく整備されており、馬車や旅人の姿もちらほらと見える。
その後ろを、青いスライムたちがぞろぞろとついてきていた。
「……ねえ、フロウベル」
「なに、リンナ?」
「もう少し、スライムたちをまとめられない?」
「ちゃんとまとまってるよ? 確かに改めてみるとすごい光景だけど……」
少しは自覚があったようだ。
「いや、まとまってるっていうのは、そういう意味じゃなくてね……」
リンナが後ろを振り返る。
確かに、スライムたちは一応まとまって移動している。だが、その隊列はかなり自由だった。
道の端を跳ねているもの、二匹で並んで進むもの、なぜか少し離れた場所を移動しているもの。
中には、街道脇の草むらに興味を示しているスライムまでいる。
「まあ、今のところ人や馬車の邪魔にはなっていませんし、問題はないのでは?」
ミルファが穏やかに言った。
「ミルファは優しいね……」
「いえ、単に観察しているだけです。これだけの数が、召喚士の指示を待たずに行動しているのは興味深いので」
「ほら、ミルファもスライムたちを褒めてるよ!」
「褒めてるのとはちょっと違うと思うけど……」
リンナは小さくため息をついた。
そんな会話をしながら歩いていると、前方から一台の荷馬車がやってきた。
荷台には木箱や麻袋が積まれている。商人らしき男が手綱を握っていた。
「こんにちは。王都からですか?」
すれ違いざま、商人が声をかけてきた。
「はい。少し先の街まで行くところです」
リンナが答える。
「そうですか。冒険者の方々ですかな……!?」
後ろについてきているスライムたちを見て絶句する商人。
その姿をみて苦笑し説明するリンナ。
「ああ、後ろのは気にしないでください。その子の召喚獣ですから」
リンナがフロウベルを指差す。
「そうなんです!私の召喚獣なんです! でも失敗ですけどね……」
ない胸をそらしてドヤ顔したかと思ったら、すぐシュンとなる。情緒不安定なのかフロウベル?
「ああ、噂のスライムと無敵なんちゃらのお嬢ちゃんたちか……じゃあ、魔物たちの件ですかな?」
「ちょっと、気になる言葉が出てましたが……ええ、依頼を受けまして」
渋い顔でリンナが答える。
「やはり、その件ですか……」
商人は少し困ったような顔をした。
「何かご存じなんですか?」
「ええ。ここ最近、この街道沿いで魔物を見かけることが増えましてね。以前はほとんど見なかった場所にも姿を現すようになったんです」
「襲われたりしたんですか?」
「幸い、私たちはまだ。ただ、少し先で狼のような魔物を見たという話は聞いています。荷馬車を襲う様子もなく、何かを探すように歩き回っていたとか」
「何かを探していた……?」
ミルファが小さくつぶやいた。
「ええ。まあ、見間違いかもしれませんがね。皆さんもお気をつけください」
「ありがとうございます。気をつけます」
商人は軽く会釈すると、荷馬車を進めていった。スライムたちは荷馬車を見送るようにぷるぷる震えてる。
「狼のような魔物、か……グレートウルフかな。まさかフェンリルじゃないよな」
「リンナ、それはフラグですよ!」
リンナのつぶやきに茶々を入れるフロウベル。
「街道に出てきているのなら、縄張りを変えたのかもしれませんね」
ミルファが言った。
「縄張り争い?」
「その可能性もあります。あるいは、繁殖期で行動範囲が変わっているのかもしれません」
「今って繁殖期なの?」
フロウベルが疑問をミルファに投げかける。
「うーん、どうでしょう?魔物によって違うかもしれませんね。」
「フロウベルは召喚獣たちがいるんだから、わからないのか?」
「私の召喚獣って、ああいうのですよ?」
珍しくスライムたちと戯れているカーバンクルを指差す。
「ごめん、私が悪かった……特殊な個体ばっかだよね……アラクネさんみたいな魔族まで召喚獣扱いだし……」
「アラクネ?」
ミルファが何それみたいな顔で見る。
「ミルファは知らなかったわね。フロウベルの召喚獣を。スライム、カーバンクル以外にもいるのよ」
「その中にアラクネが……アラクネって魔物じゃなかったんですね。」
「ええ、本人がそう言っていたから。」
リンナがミルファに教える。
「いつか見てみたいですけど、今は……」
「何かを探していたっていうのが気になるよね」
フロウベルは商人が去っていった方向を見つめながら、話を戻す。
「そうですね。魔物が何かを探していること自体は、珍しいことではありませんが……」
「お腹が空いて、食べ物を探してるとか?」
「それなら、商人が襲われてますよ」
フロウベルの問いに、即答のミルファ。
「じゃあ、迷子かな?」
「……魔物が迷子?」
リンナがフロウベルを見る。
「うん。帰る場所がわからなくなっちゃったとか」
「人間じゃないんだから……あんた、黙って召喚して放置してない?」
リンナが疑いの目でフロウベルを見る。
「そんなことしませんよ!私の主義に反します!」
フロウベルは全力で否定する。
ミルファは二人の会話を聞きながら、何かを考えるように視線を落としていた。
「目撃された場所と時期がわかれば、ある程度の行動範囲を推測できるかもしれませんね」
「ミルファ、そういうの得意そうだね」
「得意というほどではありません。ただ、情報を整理するのは好きです」
「じゃあ、あとで一緒に考えよう!」
「はい」
それからしばらく進むと、今度は街道脇で休憩している冒険者たちの姿が見えた。
装備を見る限り、彼らもこの近辺で活動している冒険者のようだ。
「こんにちは。少しお話を聞いてもいいですか?」
リンナが声をかける。
「ん? ああ、構わないぞ」
「この辺りで魔物が増えているという話を聞いたんですが、何か知っていますか?」
「ああ、その件か。俺たちも何度か遭遇している」
「どんな魔物でした?」
「ゴブリンや小型の獣型だな。以前なら森の奥にいたような連中が、街道近くまで出てきている」
「人を襲ってきたんですか?」
「いや、それが妙なんだ。こちらを警戒はしていたが、積極的に襲ってくる様子はなかった。むしろ、何かから逃げてるように見えたな」
「逃げてる……ですか?」
ミルファが反応する。
「そうだ。特に、狼のような魔物を見かけた後に、周辺で別の魔物の目撃情報が増えているらしい」
「狼の魔物ですか?」
「ああ。かなり大きな個体だったという話だ。俺たちは遠目に見ただけだが、普通の狼とは比べものにならない大きさだったらしい」
「なるほど……その狼が動き回って、それを恐れた他の魔物が逃げてると……」
リンナが眉を寄せる。
「ただ、そいつが人を襲ったという話は聞いていない。何か事情があるのかもしれないな」
「ありがとうございます。参考になりました」
冒険者たちに礼を言い、三人は再び街道を進み始めた。
「商人さんの話と、今の冒険者さんの話。共通しているのは、狼のような魔物が目撃されていることと、他の魔物が街道付近に出てきていることですね」
ミルファが整理する。
「それに、狼の魔物は人を襲っていない」
リンナが続ける。
「何かを探している、か……」
フロウベルは少し考え込んだ。
「その狼にとって何か大切なものを探してる……」
「だから、周りの魔物や人間に目もくれない」
「それほど、大切なものって……何?」
ミルファ、リンナ、フロウベルは考える。
「家族?」
ミルファが思いついたように声に出す。
「魔物が?」
リンナが疑問の声を上げる
「魔物でも家族がいなくなれば探すと思うよ?」
「……まあ、それはそうだけど」
まともな答えを返すフロウベルに、リンナは返す言葉に困ったように視線をそらした。
やがて日が傾き始め、三人は街道脇の少し開けた場所で休憩を取ることにした。
「少し休んでから、もう少し進みましょう」
ミルファが荷物を下ろす。
「そうだね。スライムたちも休憩!」
フロウベルが声をかけると、スライムたちは思い思いの場所でぷるぷると揺れ始めた。
「……休憩って、スライムにも必要なの?」
「どうなんだろう?」
「主がわからないんですか……」
ミルファが苦笑する。
そのときだった。
少し離れた草むらの方へ、一匹のスライムがゆっくりと跳ねていった。
「あれ?」
フロウベルが気づく。
「どうしたの?」
「スライムが、あっちに行っちゃった」
「また何か見つけたんじゃない?」
「ちょっと見てくるね」
フロウベルはスライムの後を追って、草むらへと向かった。
「フロウベル、危ないからあまり奥へ行かないでよ!」
「わかってるー!」
リンナの声に返事をしながら、フロウベルは茂みの向こうをのぞき込む。
そこから、小さな鳴き声が聞こえた。
「……きゅん?」
フロウベルは足を止めた。
もう一度、かすかな鳴き声。
どうやら、何かがいるらしい。
「……何かいるの?」
フロウベルがそっと草をかき分ける。
その先にいたものは――。




