第13話 それぞれの聞き込み
翌日。
冒険者ギルドの一角に、六人の女性が集まっていた。
フロウベル、リンナ、ルーラン、ミルファ、カオリ、シェリル。
先日のダンジョンでの一件を調べるため、冒険者たちへの聞き込みを始めることになったのだ。
「さて、と。まずは何から始める?」
リンナが全員を見回す。
ミルファが手を挙げる。リンナが、
「何か質問、ミルファ?」
「あのぉ、なんで私たち集められたんでしょうか?」
ミルファの質問に、リンナはルーランを睨みつけた。
「ルーラン、あんた、説明してないの!?」
「説明下手だし……どうせ、ここで説明があるだろうし……」
「あんたねぇ……!」
頭を抱えるリンナ。
フロウベルだけでも大変なのに、どうやらルーランも別の意味で問題児らしい。
リンナは深いため息をつき、今回の事件と調査の目的を手短に説明した。
リンナは頭を抱えながら、手短に経緯と今後の行動を説明する。
「そうなると、とりあえず、怪しい男を見た人を探すのがいいんじゃないかな。あの男、冒険者みたいな格好をしていたんでしょ?」
カオリが腕を組みながら答えた。
「そうね。私も、まずはそこからだと思う。ギルドに出入りする人なら、誰かが見ているかもしれないし」
ルーランも同意する。
「でもね、馬鹿正直にギルドにくると思う? 冒険者に声をかけるなら、外で行ってるわよ」
リンナが意見する。それに追加でフロウベルが
「そうですね。不審な冒険者がギルドに来ていたら、イリアさんのでか胸センサーが反応すると思います」
「でか胸センサー……?」
ルーランは思わず受付のイリアに目を向けた。
「そこ! 胸を見るんじゃありません!」
受付から飛んできたイリアの声に、ルーランは慌てて視線をそらした。
「違います! でも、フロウベルさんの言う通り、不審な冒険者がいれば気づくと思いますよ」
「そうなると、一番はダンジョンに向かった冒険者を中心に探して、聞き込みするしかないわね」
カオリが提案する。
「そうなると、手分けして探すとして……」
「私は魔法使いの知り合いに、魅了魔法について聞いてみるわ。普通の冒険者が知らないような術式なら、何か手掛かりがあるかもしれない」
ミルファがそう言うと、シェリルも口を開いた。
「私は神殿や治療所を回ってみます。もし同じような症状の人がいたら、何か分かるかもしれません」
「そうね、二人にはその方面の聞き込みをお願いするわ。ルーラン、カオリ、私は冒険者へ聞き込み」
リンナがみんなに指示していく。
「あれ、私は?」
「お前だけ、単独行動な。」
「なんで?」
リンナは足元のスライムを指差し
「これを使って何をするつもり?」
「冒険者探しですけど……」
「スライムがいくらいても、言葉しゃべれないなら聞き込みは無理よね」
「まぁ、そうですが……」
「ただ、有能なスライムには違いない。でね、フロウベルからスライムたちに命令してほしいのよ」
「??? なにをですか?」
「私を含めた五人の護衛よ」
リンナが笑顔でフロウベルに話をする。
「護衛ですか?」
「そう。相手は聞き込んでいる私の事を嗅ぎつけて、陰からコソコソやりそうじゃない?」
「ああ、なるほど。それで、そういう輩をスライムさんたちに察知してもらって捕えようと……わかりました。みんな、護衛をお願いします。怪しい人がいても、まずはリンナたちに知らせるんですよ」
「そう、フロウベルは指示出すだけで、特に何もしなくてもいいわよ」
「ええ!? 嫌ですよ! 聞き込みなんて楽しそうなこと仲間はずれにしないでください!」
フロウベルが頬を膨らませて抗議する。
「楽しそう……じゃないわよ!」
文句をいうフロウベルを叱り飛ばすリンナ。
それを見て苦笑する他の四人。
◇
「よし、じゃあ手分けして――」
「みんな、頑張りましょう!」
フロウベルが元気よく宣言した。結局、リンナがフロウベルに押し負けた。
他四人も、各々の聞き取り場所に散っていく。
リンナの背後には、いつもの青いスライムたちが、ぷるぷると揺れながら並んでいる。
「……フロウベル。他の子たちにもスライム付いて行ってるわよね?」
「え? もちろんです」
「OK。なら不意打ちなんかは対処できるわね!」
「みんな、優秀ですし」
フロウベルが振り返ると、スライムたちが一斉にぷるんと跳ねた。
「じゃあ、私たちも聞き込みに行くわよ!」
こうして、ギルドを出ていく二人であった。
◇
「ええと、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
ルーランはギルド内の冒険者に聞き取りを行っていた。
相手は、酒場のテーブルで仲間と食事をしていた男性冒険者だ。
「少し前に、深い階層に珍しい素材があるって話をしていた男を見なかった? 冒険者みたいな格好をした人なんだけど?」
「珍しい素材?」
男は少し考え込んだ。
「ああ、そういえば……そんな話をしている奴はいたな」
「本当?」
「ああ、確か、何人かの冒険者に声をかけていたと思うぜ。やたら景気のいい話をしていたから、俺も覚えてる」
「その人、どこのギルドに所属しているか分かる?」
「いや、そこまでは知らねえな。仲間と一緒にいたわけでもなかったし」
「そっか……ありがとう」
ルーランは礼を言って、その場を離れた。
「複数の冒険者に話をしていた、か……」
ルーランは考え込んだ。
「少なくとも、私たちだけを狙って声をかけたわけじゃないみたいね」
そう独り言を漏らした。何人にも同じ話をしていたなら、ほかにも引っかかった人がいるかもしれない。
そう考え、ルーランは周囲を見回した。護衛に付いているスライムたちがぷるぷると揺れている。
見ていると緊張感がなくなる。
その後、何人かの冒険者に聞き込みしたが、答えは同じだった。
◇
カオリもギルドを出て、訓練所などにいる冒険者に聞き込みしていた。
ルーランと同じような証言を、複数の冒険者から得られたのだ。
「確かにそんな話は聞いたが、俺は行かなかったぜ。そもそも、深層の素材がそんなに簡単に手に入るわけがないだろ」
そう言っていた冒険者。彼は魅了に掛かっていなかったのだろう。
「やっぱり、妙ね」
カオリは腕を組んで考える。
「普通、本当に稼げる話なら、自分で行こうとするはずよ。それなのに、どうして他人に教えて回るのか。自分では行けない理由があったのかもしれないわね」
カオリが深く考え込む。
「あるいは、誰かを行かせること自体が目的だったとか……やっぱり、最初から何か仕組まれていたのかな」
カオリは独り言をつぶやいた。
「まだ決めつけるのは早いわね。みんなのところに戻って考えをまとめましょう」
カオリがギルドに向かう。護衛のスライムたちも付いていく。
カオリは思う。
自分たちが味わった恐怖を、ほかの誰かに味わわせたくはないと。
◇
一方、ミルファは魔術師の知り合いを訪ねていた。
魅了魔法について話を聞くためだ。
「魅了魔法って言っても、いろいろあるわよ。相手の判断を鈍らせる程度のものから、強い暗示を与えるものまでね」
話を聞いた魔術師は、難しい顔をしていた。
「ただ、他人に気づかれずに使うとなると、それなりの知識が必要になる。術者の技量や魔法具の有無にもよるけどね」
「魔法具か……でも、そんなもの用意ができるとなると……」
「かなり高額なものよ。あなたくらいのランクの冒険者には、なかなか手が出ない代物ね」
そんなに高額なのか、とミルファは驚いた。
「まぁ、魔法具が使われたと決まったわけじゃない。残った魔力の痕跡や、実際にかかった術の特徴を調べないと何とも言えないわね」
「なるほど……」
ミルファは聞いた内容をメモに残した。
完全に意識を操るような魔法でなくても、警戒心を弱め、危険な判断を受け入れやすくすることはできるらしい。
もし今回の事件でそれが使われていたのなら、ルーランたちが不自然な話を信じてしまった理由の一つになるかもしれない。
だが、魔法の種類が分かったところで、誰が使ったのかまでは分からない。
手掛かりは増えた。
しかし、犯人に近づいたとは、まだ言い切れなかった。
「ところで、そのスライムたちは、あなたのなの?」
魔術師が聞いてくる。
「あ、いえ、知り合いの召喚士の子のスライムで、私を護衛してくれているんです」
「へぇ……ああ、今王都で噂の召喚士のお嬢さんのところのかい。なんでも500匹いるとか」
「見たいですね。集まると壮観ですから」
「すごいわね。そんな召喚ができる子がいるなんてね」
「そうですよね。じゃあ、情報ありがとうございました」
ミルファが魔術師の家を出ていく。後ろからぽよんぽよんと、スライムたちが付いていく。
その光景を見ながら、魔術師が呟く。
「あの辺境のおちびちゃんと同じような召喚士が王都にもいるんだね……世の中広いもんだ」
◇
シェリルも、神殿や治療所で話を聞いていた。
ところが、似たような症状の相談はあっても、今回の事件と結びつくものは見つからなかった。
「やっぱり、そう簡単にはいかないですね……」
少し肩を落とすシェリル。
「焦ってもしょうがないですね……私だって、あのときは何が起きているのか分からなかったんだから」
シェリルは思い返す。自分たちがどうして魅了されたか。
どうして、迷宮に行く衝動にかられたか。
「……変ですね?私は僧侶の修行の一環として、冒険者登録した。特にお金に固執してるわけではない」
考える。なぜ、止められず、魅了にかかった?
「魅了にかかりにくい人は、状態異常を見抜く技能を持っていたり、精神耐性が高かったりする……」
シェリルは自分の記憶をたどる。
「魅了の一番かかりやすいのは欲を刺激されること。色欲、食欲、金欲……私は何を刺激させられた?」
あのとき、自分は何かを強く欲しがっていたわけではない。それなのに、危険だと感じるべき場面で、制止もせず、仲間と一緒にダンジョンへ向かっていた。
「私の欲望を刺激したというより、危険だと判断する気持ちを弱められていた……?」
もしそうなら、単に誘惑するだけの魅了魔法とは違うのかもしれない。
「術者が直接かけたのではなく、何かの道具を使っていた可能性も……?」
シェリルは、確かめるために神殿を飛び出し、みんなの集まるギルドへ急ぐ。
後ろからぷるぷると跳ねながらスライムたちが付いていく。
◇
「特に他の子たちの周りには異常がないみたいですね」
フロウベルがリンナに告げる。
「唐突ね。他の子ってルーラン達? なんで、わかるのよ?」
「なんとなくなんですが、スライムさんたちから、そんな感じの情報が流れてくるんです」
「……ほんとに、あんたにとってのスライムは便利品よね」
「うらやましいですか?」
フロウベルがドヤ顔でリンナに答える。
「別に」
渋い顔で、リンナが答える。
「それにしても、私たちの聞き込んだ情報も、どれも同じようなもんですね……」
「そうだね……でも、よく他の冒険者は、ダンジョンに行かなかったなぁ?」
「そういえば、そうですね。魅了が効かなかった?」
「わからん……わたしたちだけで考えても答え出ないし、戻るか、フロウベル」
「そうですね、みんなも戻ってきてるみたいだし」
フロウベルがリンナを見る。
「それもスライム情報?」
「そうです!」
フロウベルはドヤ顔、リンナは渋い顔。それでも、二人は仲良く戻っていく。
◇
その日の夕方。
六人は冒険者ギルドに戻り、集めた情報を整理していた。
男は複数の冒険者に接触していた。
深層の素材について、具体的な裏付けのない話を広めていた。
所属ギルドを尋ねられると、答えを避けていた。
そして、魅了魔法には相手の判断を鈍らせるような使い方がある。
さらに、その魅了魔法は魔道具で行われた可能性がある。
「ここまでは分かったけど……」
リンナがメモを見つめる。
「誰が男を動かしていたのかは、まだ分からないわね」
「そうね。男が自分の利益のためにやった可能性も、誰かに頼まれた可能性もある」
ルーランが答えた。
「でも、誰かが裏にいるなら、その人物も何らかの形で動いているはずよ」
そのとき、ギルドマスターの部屋から使いがやって来た。
「リンナさん、フロウベルさん。ギルドマスターがお呼びです」
「私たちだけですか?」
「いえ、皆さんでお願いします」
六人は顔を見合わせた。
◇
ギルドマスターの部屋に入ると、そこには一通の報告書が置かれていた。
「エバン殿から連絡があった」
ギルドマスターは、集まった六人に説明した。
「貴族社会のほうでも、今回の事件に関係しそうな動きが見つかったらしい」
「本当ですか?」
リンナが身を乗り出す。
「ああ。ただし、まだ確証はない。ある貴族の周辺人物が、事件の前後に冒険者向けの情報を集めていた可能性があるそうだ」
「冒険者向けの情報……」
ルーランがつぶやく。
「それって、あの男が広めていた話と関係があるのかな?」
「今のところは、そう考えられるという段階だ」
ギルドマスターは慎重に答えた。
「エバン殿も、まだ誰かを犯人と決めつけるつもりはないらしい。こちらで集めた情報と照らし合わせたいとのことだ。」
フロウベルは、腕を組んで考え込んだ。
「つまり、私たちが聞き込みで集めた情報と、エバンさんが調べている情報を合わせれば、何か分かるかもしれない……ということですね?」
「そういうことだ」
「では、明日も聞き込みを続けましょう!」
フロウベルは勢いよく立ち上がった。
「待て待て。まだ話は終わっていない」
ギルドマスターが慌てて制止する。
「それと、スライムたちがギルドの廊下を埋め尽くしているという報告が来ているんだが……」
全員の視線が、フロウベルへと向いた。
「……みんな、集合していたんですね」
「感心している場合か!」
リンナの声が部屋に響き渡った。
スライムたちは、扉の向こうで一斉にぷるんと跳ねた。
◇
同じ頃、王都の貴族街。
エバンは、暗部から届けられた報告書に目を通していた。
冒険者風の男が、事件の前後に複数の冒険者へ接触していたこと。
男と接点を持っていた可能性のある人物が、ある貴族の周辺にいたこと。
さらに、その人物が事件の前に、闇商人を通じて何らかの魔法具を入手しようとしていた形跡があること。
まだ、魅了魔法に使われた道具だと断定はできない。
だが、冒険者たちの証言と重ねれば、無関係だと切り捨てることもできなかった。
まだ、決定的な証拠はない。
だが、偶然と片づけるには気になる点が多すぎた。
「……やはり、奴が動いているか」
エバンは報告書を閉じた。
彼にとって、フロウベルの力は国にとって大きな価値を持つものだ。
だからこそ、彼女の意思を無視して利用しようとする者を放置するつもりはなかった。
もっとも、彼自身もまた、彼女の力を国益に役立てたいと考えている。
その点では、彼女にとって警戒すべき相手であることに変わりはないのかもしれない。
「急ぐ必要はない。まずは、確かな証拠を集めることだ」
エバンは側近に命じた。
「男と接触した人物を洗い出せ。資金の流れも調べろ。憶測だけで動くな」
「承知しました」
側近が退室する。
エバンは窓の外を見つめた。
この事件の背後にいるのは、本当に一人の貴族だけなのだろうか。
今はまだ、答えは出ない。
だが、少なくとも一つだけ確かなことがあった。
フロウベルたちが動き始めたことで、事件はもう、誰にも知られずに片づけられるものではなくなったのだ。
その動きを、歓迎しない者がいる。
そして、その者もまた、次の一手を考え始めていた。




