第12話 それぞれの思惑
王都、貴族街。
エバン・ブランドーは、執務室で一枚の報告書に目を通していた。
「……ダンジョンで、冒険者を深層へ誘導した、か」
報告書には、冒険者ギルドで保護された四人の冒険者について記されていた。
彼女たちは、身元不明の男から珍しい素材の情報を聞かされ、ダンジョンの深層へ向かったという。
だが、そこで待っていたのは高額報酬どころか、命の危険だった。
さらに、救出された彼女たちからは、魅了に似た魔法の痕跡が確認されたらしい。
「偶然にしては、できすぎているな」
エバンは報告書を机に置いた。
彼は以前から、フロウベルに関する情報を集めさせていた。
召喚術の研究状況、冒険者としての活動、召喚した魔物たちの能力。
それらは、国益を考えるうえで無視できない情報だった。
そして今回、その情報網に引っ掛かったのが、この事件だった。
「例の件との関連は?」
部屋の隅に控えていた人物が答える。
「現在、調査中です。ただ、身元不明の男が冒険者に接触し、虚偽の情報を流した可能性は高いと考えられます」
「そうか。引き続き調べろ。男の素性だけでなく、誰の指示で動いていたのかもな」
「承知しました」
報告者が退室すると、エバンは椅子の背もたれに体を預けた。
フロウベルの召喚術は、国にとって大きな価値を持つ。
それを国益に役立てたいと考えること自体は、間違っていない。
だが、彼女の意思を無視して無理に利用しようとしても、本人が反発すれば意味がない。
それに、彼女を利用するために危険な状況へ追い込むようなやり方は、エバンの好むところではなかった。
「まったく……。余計なことをしてくれる」
彼が問題視しているのは、事件そのものだけではなかった。
今回の件には、フロウベルの力を自分の利益へ結びつけようとする、ある貴族の影がちらついていた。
国益を掲げるエバンとは、根本的に考え方が異なる相手だ。
国のために利用価値を見いだすのか。
それとも、国益という言葉を隠れ蓑にして、自分の利益を追い求めるのか。
似ているようで、その違いは大きい。
そして今回の事件は、その貴族を追い詰めるための好機になるかもしれなかった。
「……さて、どう動くか」
エバンは立ち上がった。
まずは、当事者たちの話を聞く必要がある。
彼は冒険者ギルドへ向かうことにした。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの休憩所。
依頼を終えた冒険者たちが、食事をしたり、仲間と談笑したりしている。
その一角では、フロウベル、リンナ、あと、珍しくルーランも交え、三人でテーブルを囲んでいた。
「ルーラン、今日は一人なの?」
リンナが、ジュースを飲みながら尋ねる。
「うん。今日は、ミルファは魔法研究所で魔法の研究。カオリは剣術訓練で訓練所に、シェリルは教会に行って治癒魔法の手伝いに行ってる。」
「で、あなたは、何もやることなくて、話しかけてきたのね」
「そういうこと。噂の『無敵美少女ブルー&サファイア』とおしゃべりしたくて」
「それを言うんじゃないわよ!」
リンナが叫ぶ。フロウベルは笑顔で甘いお菓子を頬張っている。通り名は、もう気にしていないようだ。
「それにしても、あのスライムたちには本当に驚かされたわ」
ルーランが、足元に集まっている青いスライムたちを眺めた。
「みんな、すごくいい子ですよ」
フロウベルは得意げに薄い胸を張った。
その足元では、数匹のスライムがぷるぷると揺れている。
「いや、普通は五百匹ものスライムを連れて歩かないからね?」
リンナが呆れたように突っ込んだ。
「500匹? ちょっと多すぎない? なんで、そんなに召喚したの?」
経緯を知らないルーランが聞いてくる。
「……失敗ですよ」
「え?」
「失敗して、こんなに出てきたんですよ!」
「失敗って……じゃあ戻せばいいんじゃ……」
「戻せないんです!どうしても!……なんでだろう。まぁ、あんまり困んないけど」
フロウベルは一瞬落ち込んだが、すぐ切り替えて、また、お菓子をパクつく。
「考えるのやめたな……」
リンナが軽くツッコむ。
「でも、みんな役に立ってくれましたよ?」
「それは認めるけどね。かなり優秀だよな。」
リンナは徐々にフロウベルに汚染されている。
「でも、ほんとに助かったよ。あの間抜けのせいで!」
ルーランの怒りがこみあげてきている。
「そういや、ルーラン達はなんで、あのクズと組んでたの?」
「最初は、私とミルファ、カオリの三人で組んでて、そこにゴミとシェリルが合流したのよ」
男の一人称がひどい二人である。
「前衛に厚み出るし、シェリルの治癒魔法も役立つからね」
ルーランが答える。
「なるほど。そういえば、あんたらの捜索をするのに聞き込んだ情報だと、あのクズ、あんたらにいいとこ見せてハーレムだって言ってたみたいよ」
リンナが話を盛って話す。片手で額を抑え、
「あんのクズ!! 元々それが目的か! なんか変な感じだったのよね。」
「やっぱり、溶かしておくべきだったかしらね。ふふふ……」
フロウベルから不穏な言葉が流れ出る。
「結局、シェリルがあんな目にあって、両手が使えなくなっちゃって魔法が唱えられないし、庇いながらだから、逃げるで精いっぱいなっちゃって……」
ちょっと、思い出し涙目になるルーラン。
「ほんとに、どうなっていたかわからないもの。あなたたちが来てくれなかったら……」
ルーランはそこで言葉を切り、二人に頭を下げた。
「本当にありがとう。助かったわ」
「気にしないでください。困っている人を助けるのは冒険者の仕事ですから!」
フロウベルは笑顔で答えた。
「……あの男の人も、助けるつもりだったんだけどね」
リンナが小さく付け加える。
「リンナ、あの人のことは、今は忘れましょう。そのうち消えてなくなりますから」
フロウベルからまだ不穏な空気が漏れ出している。
「そうね。思い出すと腹が立つし」
「ぷるっ」
スライムが一匹、フロウベルの足元で跳ねた。
「そうそう。みんなも、あんなことをしちゃ駄目ですよ?」
「ぷるぷるっ!」
スライムたちが一斉に揺れた。
「……今の、わかって返事してるのかな?」
ルーランが首を傾げる。
「もちろんです!」
フロウベルは即答した。
「本当かなあ……」
リンナが疑わしそうにスライムたちを見る。
そんな他愛のない会話が続いていた。
◇
「フロウベル殿。少し、話がある」
突然、聞き覚えのある声に、フロウベルの笑顔が消えた。
ギルドの入口に立っていたのは、エバン・ブランドーだった。
彼は休憩所の様子を一瞥すると、まっすぐフロウベルたちのテーブルへ歩いてきた。
「……何の用ですか?」
フロウベルの声が、わずかに冷たくなる。
「今回のダンジョンでの一件についてだ」
「ダンジョンの? 私たちは、冒険者を助けただけですけど」
「それについては、ギルドの範疇だろう?そのことではない。」
エバンは落ち着いた声で答えた。
「君たちが、何者かに利用された可能性がある」
リンナの表情が変わる。
「利用された? どういう意味です?」
「冒険者を危険な場所へ誘導するような情報が流されていたらしい。しかも、魔法が使われた可能性もある」
「良く知ってますね? 私たちもある有力な情報筋から聞いただけですが?」
「ほぉ、ギルドにも優秀な諜報員がいるものだ。」
エバンは、ホントに感心したようだが、情報源はカーバンクルである。
エバンはルーランへ視線を向けた。
「君たちが聞いたという、珍しい素材の話だ。情報を流した人物について、何か覚えていることはないか?」
「普通の冒険者みたいな格好をした男です。名前も、所属しているギルドもわかりませんでした」
「そうか。ありがとう」
エバンは短く礼を述べた。
フロウベルは、そんな彼の様子をじっと見つめていた。
「それで?」
「何?」
「それを教えるためだけに、わざわざ来たんですか? わたしたちが利用されたって話ですが?」
「忠告も兼ねている。ある意味、私と同じような貴族が君の能力をほしがっている」
エバンは、悪びれもなく自分がフロウベルの召喚がほしいと断言している。
「私も君の召喚術を国益に役立てたいと考えている。その点では、彼らと大差ないのかもしれんな。だがな、私は君の意思を無視してまで、それを押し通すつもりはない」
「……信じれますか!」
フロウベルの声に、少しずつ怒りが混じっていく。
「今は、信じなくても構わん。それだけの事を最初にやらかしていると自覚はしている」
それでも、淡々と語るエバン。この辺は貴族の余裕であろう。
「危険な情報を流した人がいるんですよね? しかも、魔法まで使って冒険者を誘導した可能性がある。だったら、注意するべきなのは私たちだけじゃないでしょう?」
冷静さを失いかけた、フロウベルに変わり、リンナがエバンに問う。
「その通りだ。だからこそ、調査している。君たちは、自分たちを守ることだけ考えていればいい」
「だったら、最初からそう言ってください!」
休憩所の周囲が静かになった。
何事かと、近くの冒険者たちがこちらを見ている。
エバンは小さく息を吐いた。
「……言葉が足りなかったことは認めよう。すまない」
予想外の謝罪に、フロウベルは一瞬だけ言葉に詰まった。
しかし、すぐに表情を引き締める。
「謝ってもらったからって、すぐに信用するわけじゃありません」
「それで構わない」
エバンは淡々と答えた。
「私は、今回の件を解決したい。君たちが受けた被害を放置するつもりはないし、同じことが繰り返されるのも避けたい」
それは、嘘ではなかった。
ただし、彼にはもう一つ、別の思惑もあった。
フロウベルを利用しようとした貴族がいるのなら、その行為を明らかにし、相応の責任を取らせる。
それは国の秩序を守るためでもあり、エバン自身の政治的な立場を守るためでもあった。
もちろん、そのことを今ここで全て話すつもりはない。
「なら、情報を共有してください。私たちが知っていることも、全部話します」
リンナが二人の間に入った。
「ここで言い争っていても、何も解決しません。ギルドマスターも交えて話しましょう」
「……そうだな」
エバンが頷いた、そのとき。
「おう。話がまとまったなら、こっちへ来い」
いつの間にか近づいていたギルドマスターが、奥の部屋を親指で示していた。
「休憩所で貴族様と冒険者がにらみ合ってるんだ。こいつらも、落ち着いて飯も食えん」
周りの冒険者を指差す。
「すみません……」
全員に向かって、フロウベルが小さく頭を下げる。
「話の続きは奥でやれ」
ギルドマスターはそう言って、エバンにも視線を向けた。
「そっちもだ。忠告だけして帰るつもりだったんなら、もう少し言い方を考えろ」
「肝に銘じておこう」
エバンは反論しなかった。
「「騒がせた詫びだ。今日の飲食代は私が持とう」
冒険者たちは歓声をあげる。たくましい人たちである。
◇
ギルドマスターの執務室。
全員が席につくと、ギルドマスターは腕を組んだ。
「さて。まずは情報を整理しよう。今回の件は、ただの冒険者の失敗で片付けられる話じゃねえ」
ルーランが、ダンジョンで聞いた話を改めて説明する。
身元のわからない男から、深層でしか手に入らないという珍しい素材の情報を聞かされたこと。
その報酬が非常に高額だと説明されたこと。
そして、カーバンクルが治療の際に、四人に魅了に似た魔法の痕跡を見つけたこと。
「魅了魔法か……。完全に操られていたのか、それとも判断力を鈍らされていたのか。そこは、まだわからねえな」
ギルドマスターが眉をひそめる。
「ただ、意図的に冒険者を危険へ誘導したのなら、見過ごすわけにはいかん」
「同感だ」
エバンが頷いた。
「私も、独自に調査を進めている。今回の件に関わった人物が、誰の指示で動いていたのかも含めてな」
「……もう、誰かの関与を疑っているんですか?」
リンナが尋ねた。
「確証はない。だが、冒険者に偽の情報を流し、魔法まで使っていたとなれば、単独の思いつきとは考えにくい」
核心はあるが、ここで公表する事ではない。エバンは言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。
「少なくとも、背後に誰かがいる可能性は考えておくべきだろう」
「だったら、ギルドも調べます。ほかの冒険者にも、似たような話を持ちかけられていないか聞いてみましょう」
リンナが提案した。
「頼む。冒険者ギルドからの情報は重要だ」
エバンは素直に同意した。
「私は貴族社会側から調べよう。情報を流した人物と、その背後にいる者を探る」
「フロウベルたちはどうする?」
ギルドマスターが尋ねる。
「私たちも協力します」
フロウベルは即答した。
「ただし、ひとつだけ約束してください」
彼女はエバンをまっすぐ見据えた。
「私たちを勝手に調査に巻き込んだり、召喚術を利用したりしないこと。私たちに協力してほしいなら、ちゃんと説明してください」
エバンはしばらく彼女を見つめていた。
彼女の力を国益に役立てたいという考えは、今も変わらない。
だが、本人の意思を無視して事を進めれば、協力を得るどころか、彼女との関係を壊すことになる。
それでは意味がない。
「わかった。君たちに協力を求めるときは、目的を説明し、意思を確認する。それを約束しよう」
「……なら、いいです」
フロウベルは、まだ完全に納得したわけではなかった。
それでも、今は同じ問題を解決するために動ける。
ギルドマスターが机を指で叩いた。
「決まりだな。ギルドは冒険者たちへの聞き込みを始める。似たような情報を持ちかけられた奴がいないか調べるぞ」
「こちらも動こう。進展があれば連絡する」
エバンが立ち上がる。
「それと、四人の証言もきちんと記録しておいてください。あの人たちが悪かったことにされるのは嫌です」
フロウベルの言葉に、ギルドマスターは頷いた。
「当然だ。被害者の証言はきちんと残す」
「あの男は、存在から抹消して下さい。どうせ、消えますし。ふふふ……」
「お前、また物騒なことを……」
ギルドマスターがたしなめる。
「冗談ですよ。たぶん」
せっかくシリアス展開が最後に台無しである。
話し合いは、ひとまずまとまった。
エバンが執務室を出ようとしたところで、フロウベルが声をかけた。
「エバンさん」
「何かな?」
「次に来るときは、もう少し普通に話してくださいね」
エバンは一瞬だけ目を丸くした。
やがて、小さく笑った。
「努力しよう」
そう答え、彼は部屋を出ていった。
扉が閉まると、リンナが大きく息を吐いた。
「……疲れた」
「私もです」
フロウベルも椅子の背もたれに寄りかかった。
「貴族って、みんなあんな感じなの?」
ルーランが恐る恐る尋ねる。
「さあ……。でも、あの人は、私が知る限りじゃ、話が通じる方だと思うよ」
リンナはそう答えたあと、フロウベルを見た。
「ただし、フロウベルが怒ると話が長くなる」
「えっ、私のせいですか!?」
「自覚がないのか?」
「そんなぁ!」
足元のスライムたちが、一斉にぷるぷると揺れた。
まるでリンナに賛成しているかのように。
「みんなまで!?」
フロウベルの声が、執務室に響いた。
こうして、冒険者ギルドとエバンは、事件の背後にいる人物を探ることになった。
それぞれの目的は、必ずしも同じではない。
それでも、今は同じ方向を向いている。
そして、フロウベルたちはまだ知らない。
今回の仕掛けが、単なる一人の貴族の思いつきではない可能性を。
その裏で、誰かが別の思惑を巡らせていることを。




