第10話 六階層の魔物の群れ 七階層みぃつけた!
五階層から六階層へと続く階段を下りる。
階段を抜けた先は、これまでの階層よりも薄暗かった。
ただ、通路はちょっと広め。
壁に埋め込まれた魔法灯の間隔が広くなり、石壁にも傷やひび割れが目立つ。
「うーん……この辺りから、少しずつ雰囲気が変わりますね」
「ダンジョンの研究は後にして。今は行方不明のパーティーを探すんでしょ?」
「分かってますよ、リンナ。ちょっと気になっただけです」
「その『ちょっと』で何時間も使いそうだから言ってるの!」
リンナの言葉に、フロウベルは少しだけ頬を膨らませた。
それから、足元に集まっていたスライムたちへと目を向ける。
「みんな、お願い。六階層も探索して、何か見つけたら教えてね。次の階段のところで合流しましょう」
ぷるっ、ぷるぷるっ!
スライムたちは元気よく跳ねると、通路の奥や分かれ道へと散っていった。
ただし、何匹かはいつものようにフロウベルの足元に残っている。
「……あんた、本当に守られてるわね」
「えっ、私って守られる側なんですか?」
「そこに驚くの!?」
そんなやり取りをしながら進んでいると、通路の先から複数の足音が聞こえてきた。
現れたのは、数匹のゴブリンと、それよりも一回り大きな棍棒持ちの魔物だった。
「うわ、ゴブリン。あとホブゴブリンも混じってるのか!?」
リンナが二本の剣を抜く。
「リンナ、お願いします!」
「はいはい。後ろは任せた!」
リンナが駆け出し、先頭のゴブリンを斬り伏せる。
だが、横から別のゴブリンが飛びかかり、さらに大柄な魔物が棍棒を振り上げた。
リンナは身をひねって攻撃をかわしたものの、広い通路では魔物たちが横に広がり、一度に複数を相手にしなければならない。さすがのリンナも、すべての攻撃をさばくのは難しかった。
「フロウベル! そっち、何とかして!」
「はい! ……そうですね」
フロウベルは魔物の群れを見て、ひとつの召喚術を思いついた。
「アラクネさん、お願いします!」
足元に魔法陣が広がる。
現れたのは、女性の上半身と蜘蛛の下半身を持つ魔物、アラクネだった。
長い黒髪が揺れ、額の小さな角が魔法灯の光を受ける。
「……フロウベル。ここは、私の縄張りじゃないわよね?」
「はい。ダンジョンです」
「そう。で、あそこにいるのは?」
アラクネが視線を向けた先では、リンナがゴブリンの攻撃をさばいていた。
「食料です。存分に食してください!」
アラクネは魔物たちをじっと見つめた。
そして、少しだけ首を傾げる。
「ゴブリンね。まずそうだけど……食べていいの?」
「はい。襲ってきた魔物ですから」
「あの子も?」
リンナを指差している。
「だ、ダメです。リンナはやめてください!」
「……冗談よ。でも、あの子が一番おいしそうなんだけどね」
戦いながら、悪寒が走るリンナ。ある意味危機だった。
「分かったわ」
アラクネは蜘蛛の脚を動かし、魔物の群れへと向かっていった。
「ちょっと待って!? 今、食べるって言った!?」
リンナの叫びを聞きながら、フロウベルが注意を促す。
「リンナ、大丈夫ですよ! でも、アラクネさん、食べ始めると夢中になるかもしれませんから」
「それ、先に言ってよ!」
叫びながら、リンナがゴブリンを斬り倒す。
リンナは迫ってきたゴブリンの一撃を剣で受け流し、その勢いを利用して相手の懐へと踏み込んだ。
だが、背後から棍棒が振り下ろされる。
「ちょっ、こっちはこっちで忙しいんだけど!」
身をひねってかわしたものの、体勢を立て直す前に別のゴブリンが迫ってくる。
そのとき、魔物の足元を何かが横切った。
アラクネの糸だった。
足を絡め取られたゴブリンが転倒し、後続の魔物まで巻き込んで床に倒れ込む。
「……うわ。あれ、敵じゃなくてよかった」
リンナは思わず呟いた。
その間にも、アラクネは大柄な魔物を糸で絡め取り、身動きを封じていた。
魔物が棍棒を振り回すが、糸は簡単には切れない。
「暴れないで。食べにくいでしょう?」
アラクネは淡々と告げると、魔物を押さえ込んだ。
バリバリ、ボリボリ……
しばらく続く咀嚼音と魔物の絶叫。
やがて、通路に響いていた魔物の叫び声も止んだ。
「……終わった?」
リンナが剣を構えたまま、恐る恐る尋ねる。
「ええ。ごちそうさま」
アラクネは満足そうに答えた。
「ごちそうさまって……」
リンナは何か言いかけて、結局、口を閉じた。
今は深く考えないことにしたらしい。
「アラクネさん、ありがとうございました」
「いいのよ。食事もできたし」
アラクネは機嫌よく答えた。
血で真っ赤にした口でにっこりとほほ笑む。
「それで、私はもう戻っていいの?」
「はい。助かりました」
「そう。じゃあ、またね」
アラクネの姿が魔法陣に包まれ、消えていく。
リンナはその場に立ち尽くしていた。
「……アラクネってすごいわね。絶対逆らわないわ」
「はい。私もあそこまですさまじいとは……」
「ええ、召喚して何なんですが、今度から使いどころもっと考えます」
めずらしく反省するフロウベル。
リンナは大きく息を吐く。
「はぁ……もういい。先に進みましょう」
「はい!」
足元では、スライムたちがぷるぷると揺れていた。
そのうちの一匹が、魔物の落とした棍棒に近づく。
ぷにっ。
触れたスライムは、何事もなかったかのようにフロウベルのもとへ戻ってきた。
「……今の、何?」
リンナが目を細める。
「さあ?」
フロウベルも首を傾げた。
スライムは答える代わりに、ぷるんと揺れた。
「……まあ、いいわ。今は探索が先ね」
二人は再び歩き始めた。
やがて、探索に出ていたスライムたちも少しずつ戻ってくる。
しかし、行方不明のパーティーにつながるような手がかりは見つからなかった。
「六階層でも見つからないか……」
リンナが不安そうに呟く。
「七階層にいる可能性はあります。もう少し探しましょう」
「そうね。ここまで来たんだから、見つけないと」
二人は階段を見つけ、スライムが全て戻ってきたのを確認し、七階層へと下りていった。
◇
そこは、六階層よりもさらに暗く、壁の損傷も激しかった。
通路は複雑に枝分かれし、遠くから何かを引きずるような音が聞こえてくる。
「……ここ、かなり危ない場所なんじゃない?」
「そうですね。慎重に進みましょう」
フロウベルはスライムたちに目を向けた。
「みんな、周囲をよく見てね。何かあったら、すぐに教えてください」
ぷるっ!
スライムたちは散らばり、通路の先へと進んでいこうとした、次の瞬間、
スライムたちが、一斉に同じ方向を向いた。
「……ん?」
続いて、通路の奥から金属がぶつかる音と、魔物の唸り声が響いてきた。
リンナが剣を握り直す。
「今の音……!」
「行ってみましょう」
二人は音を立てないように、慎重に通路の角へと近づいた。
そこから先を覗き込んだ瞬間、リンナの表情が変わった。
複数の魔物に囲まれ、必死に抵抗している冒険者たちがいた。
男が一人。女が四人。
探していた五人組のパーティーに間違いない。
全員が疲れ切っており、装備にも傷が目立つ。
男は女性たちを守るように前に立っていたが、その動きは明らかに鈍っていた。
……一人の女性だけ、スカートの端を持って中を隠している。
「……見つけた。下着の持ち主」
フロウベルが真面目に呟く。
「そうかもしれないけど、今はそこじゃない」
リンナが小さく呟く。
見つけたことに、喜んでいる余裕はなかった。
魔物たちは冒険者たちを取り囲み、逃げ道を塞いでいる。
このままでは、全員が危ない。
「フロウベル!」
「はい!」
フロウベルは一歩前へ出て、スライムたちに向かって手を掲げた。
「みんな、行きますよ!」
五百匹のスライムたちが、一斉にぷるんと揺れた。




