第9話 二階層から五階層までは順調ですね。
「……で、これをどうするのよ?」
リンナは、手の中にある布切れを見つめていた。
「手がかりですよ?」
「いや、それは分かってるけど、どんな手掛かりよ?」
「では、大事に持っていきましょう」
「なんで私が!?」
フロウベルは不思議そうに首を傾げた。
「だって、リンナが拾ったんですから」
「そういう問題じゃないでしょう!」
ダンジョンの階段前に、リンナの声が響き渡る。
結局、女性の下着らしき布切れは、リンナが持っていくことになった。
誰のものなのか、いつ落ちたものなのか。今のところ、それ以上のことは分からない。
「……もういいよ。さっさと先へ進みましょう」
「はい!」
こうして二人と五百匹のスライムたちは、二階層へと足を踏み入れた。
◆
二階層も、一階層と同じように石造りの通路が続いていた。
壁には魔法の明かりが設置されており、足元に困ることもない。
「やっぱり、自然にできた洞窟とは違いますね」
「また始まった……」
「この壁、どうやって加工しているんでしょう? 魔法で一気に作ったのか、それとも石を一つずつ積み上げたのか……」
「フロウベル、今はダンジョンの建築様式を調べに来たわけじゃないからね?」
「分かってます。失踪した冒険者の捜索です」
「本当に分かってる?」
リンナが疑わしげな視線を向ける。
ひとつ前の階層と同じ会話が続いている。
そのとき、通路の奥から二匹の魔物が姿を現した。
小柄な体に、粗末な武器。ゴブリンだった。
「またゴブリン? しかも二匹……。このダンジョン、もう少しバリエーションはないの?」
「ここにもいるんですね。では、私が――」
「はいはい、任せて!」
フロウベルが召喚術を使おうとしたところで、リンナが前に出た。
二本の剣が閃く。
ゴブリンたちは抵抗する間もなく倒れ、あっという間に戦闘は終わった。
「おお、リンナが冒険者してる!」
「私は冒険者なんですけど!?」
「知ってますよ?」
「その反応が腹立つんだけど!」
フロウベルは倒れたゴブリンを眺め、それからリンナを見た。
「やっぱり、リンナはお色気要員じゃなくて戦闘要員だったんですね」
「誰がお色気要員よ!!」
再び、リンナの声が通路に響いた。
その騒ぎの間にも、スライムたちはフロウベルの周囲をぷるぷると動き回っている。
「みんな、散開して2階層調べてきてくれる?」
大半のスライムたちが散開し、調査に向かう。数匹はフロウベルの傍を離れない。
一匹がゴブリンの武器に触れ、すぐにフロウベルのそばへ戻ってきた。
「……?」
フロウベルは一瞬だけその動きを目で追ったが、特に何も言わなかった。
「フロウベル、スライムが戻るまでちょっと休憩しよう。」
「はーい」
二人は、探索を続けるスライムたちを待つため、休憩に入った
◆
三階層、四階層と進んでも、目立った異常は見つからなかった。
魔物は現れるものの、リンナが対処できる範囲だ。通路にも大きな損傷はなく、冒険者たちが争ったような跡も見当たらない。
スライムたちは相変わらずフロウベルの近くに集まっていた。
ときどき何匹かが周囲を確かめるように動くものの、遠くまで散らばっていくことはない。
「……ねえ、フロウベル」
「はい?」
「この子たち、ずっとあなたのそばにいるわね」
「そうですね」
「もう少し広く探索してくれてもいいんじゃない?」
「うーん……」
フロウベルは足元のスライムを見下ろした。
「みんな、私の近くが好きなんでしょうか?」
「それだけかなあ……」
リンナは首を傾げた。
スライムたちは、二人の会話を聞いているかのように、ぷるん、ぷるんと体を揺らしている。
「この子たちを連れてきた意味もなくなっちゃうし、みんな、各階層に入ったら一度散開して、隅々まで調査してきて。終わったら、次の階層の入り口で待ち合わせね」
フロウベルの指示を受け、スライムたちは一斉に散開した。
「うちのスライム、何気に優秀ですね」
「そうね。でも、他の魔物に会わないのかしら?」
「ですよね。戻ってきた子たちを見る限り、何かあれば分かりそうですけど……」
「……まさか、魔物を溶かしてるんじゃないでしょうね?」
リンナは想像してしまったのか、ぶるっと身を震わせた。豊かな胸も揺れる。
「もげればいいのに……」
フロウベルがぼそりと呟いた。
「何が!?」
リンナが即座に振り返った。
残って傍にいるスライムもぷるぷる震える。
「この子たちは、なんで調査に行かないのでしょう?」
「あんたの護衛でしょ?」
「えっ、私って守られる側なんですか?」
「そこに驚くの!?」
フロウベルは召喚士である。
戦闘ができないわけではないが、本人の意識はどうにも召喚術の研究に偏りがちだった。
リンナは小さくため息をつき、再び前を向いた。
「とにかく、今は捜索が先。五階層までに何も見つからなかったら、その先は慎重に進もう」
「分かりました!」
返事だけは元気だった。
◆
そして、二人は五階層へと到達した。
ここまで来ると、さすがに魔物の数も強さも少しずつ増えてくる。
それでも、リンナが警戒しながら進めば、対応できないほどではなかった。
「……ここまで、特に何もありませんね」
「そうね。あの五人、どこまで進んだんだろう」
失踪した冒険者は五人組。男性一人に女性四人という構成だった。
「結局、あの布切れだけじゃ、何も分かりませんね」
「そうね。落とし主は困ってるだろうなぁ……」
リンナは、手に持ったままの布切れを見て苦笑した。
彼らが何を目的にダンジョンへ入ったのか。あるいは、誰かに何を吹き込まれたのか。詳しい事情は、まだ分かっていない
だが、五階層まで来て何の痕跡もないとなると、すでにさらに奥へ進んでいる可能性もある。
「六階層から先は、普通の冒険者なら無理をしない場所よ。ここからは本当に気をつけないと」
「はい。……ところで、リンナ」
「なに?」
「もし、男性一人が女性四人にいいところを見せようとして、無茶をしたのだとしたら?」
「……ありそうなのが嫌ね」
「男はポイして、女性だけ助けましょうか?」
フロウベルの毒を吐いた。
「でも、あんた、女性の胸が大きかったら、同じくポイしそうじゃない?」
「あ、そうですね。みんな、遺体で収容しましょう」
「手を下すのはやめなさい!」
リンナは頭を抱えた。
そのとき、足元のスライムたちが、ほぼ同時にぷるりと揺れた。
「……?」
フロウベルは周囲を見回した。
通路には、特に変わった様子はない。
「どうかしたの?」
「いえ……何でもないです」
スライムたちは、すぐにいつものようにフロウベルの周囲へと戻った。
ただの偶然かもしれない。
今は、そう考えることにした。
しばらく、待っているとスライムたちが次々と戻ってくる。特に遺留品などはなかったらしい。
「それじゃあ、六階層へ行きましょう」
「うん。でも、ここからは何が起きてもおかしくないからね」
「分かってます!」
フロウベルは元気よく答えた。
その後ろを、五百匹のスライムたちがぷるぷると続いていく。
二人は、六階層へと続く階段を下りていった




