第8話 ダンジョン探索開始!(まずは一階層から)
キュウちゃんの背中に揺られること、しばらく。
二人と一匹、そして五百匹のスライムたちは、目的のダンジョンへと到着した。
「ふぅ……やっと着きましたね!」
「……そうね」
フロウベルの声とは対照的に、リンナの返事には疲れがにじんでいた。
「キュウちゃん、乗り心地よかったですね♪」
「そうね。毛並みもふわふわだったし、移動も楽だったわ……」
「それにしては、疲れているようですね?」
「あなたが、終始はしゃいでたのを止めてたからよ!」
「あ、すみません。 でも、やっぱり移動手段は召喚獣に限りますね!」
「だったら、最初からそうしてよ!!」
リンナの叫びが、森に響き渡った。
フロウベルは不思議そうに首を傾げたが、すぐにキュウちゃんの首元を撫でた。
「キュウちゃん、ありがとうございました。またお願いしますね♪」
九本の尾を持つ大狐は、穏やかな目でフロウベルを見つめると、召喚魔法で帰っていった。
その間にも、青いスライムたちは次々とダンジョンの入口へ集まってくる。
ぷるぷる。ぷるん。ぷるっ。
その数、五百匹。
「……やっぱり、こうなるのね」
リンナは振り返り、長く続く青い列を見つめた。
「はい! みんな一緒です!」
「いや、ダンジョンの中まで大行進しなくてもいいでしょう!?」
「いえいえ、今回は探索でみんなの力を借りるんですよね?」
「そうだけど! そうなんだけどね!?」
リンナは額に手を当てた。
スライムたちは、そんな二人の会話など気にする様子もなく、ぷるぷると揺れながらフロウベルの周囲に集まっていた。
まるで、彼女を囲んで守ろうとしているかのように。
「……まあ、敵が来たときに役立つならいいけど」
「大丈夫ですよ。みんな、いい子ですから!」
「その言葉、今まで何回聞いたかしら……」
リンナはため息をつきながら、ダンジョンの入口へと向き直った。
◇
今回の依頼対象は、五人組のDランク冒険者パーティー。男一人に、女四人という構成だった。
「……この構成で、潜った理由がアレですからね。探索する気も失せます」
「……同感ね」
ダンジョンに潜った理由が、女性にアピールするため。この理由のため駆り出された二人は一気にテンションを下げていく。
「まぁ、ここまで来たんだから探しましょ……」
彼らはある程度の経験を積んでいたものの、ダンジョンに潜ったまま行方不明になったという。
「事前に聞いた話では、彼らは昇格を目指していたってことじゃない」
リンナは依頼書を確認しながら言った。
「だから、少し無理をした可能性もある。六階層より先は、Dランクのパーティーが気軽に進む場所じゃないからね」
「それでも、五人まとめて行方不明になるのは不自然ですね」
「そうなのよ。何かあったのか、それとも何かに巻き込まれたのか……」
リンナの表情が、少しだけ引き締まる。
「それとも、よろしくやっているところを襲われたのか……」
フロウベルが冗談めかして言った。
「そんなわけ、有るか……なくもないわね……」
「まぁ、そうならそうで、早く終わるんでいいですけど」
辛辣なフロウベル。うなずくリンナ。
「見つけたら、まずは生存確認。それから状況を判断するわ。いい?」
「はい。分かりました。怪我程度なら、カーちゃんが治せますし」
カーバンクルが肩の上で、頷く。
さらにフロウベルが、
「まあ、私の機嫌が損なわれなければですが」
真面目な顔で、ひどいことを言っている。
普段は自由奔放な彼女だが、依頼の重要性を理解していないわけではない。
誰かが困っているなら、助けたい。困ったことをしたんだったら、その人の態度次第。
その思いは、フロウベルもリンナも同じだった。
「よし。それじゃ、行きましょう」
「はい!」
二人はダンジョンの入口をくぐった。
その後ろから、五百匹のスライムたちがぷるぷると続いていく。
◇
一階層は、石材で補強された通路が続いていた。
壁には一定間隔で魔法の灯りが浮かび、足元も比較的平らに整えられている。
自然洞窟のような複雑さはなく、道も分かりやすい。
「なるほど。これは確かに、初心者でも探索しやすそうですね」
「でしょ? だからこそ、こんなところで行方不明になるのが妙なのよ」
リンナは壁や床に目を配りながら、慎重に進んでいく。
フロウベルはスライムたちに声をかけた。
「スライムさんたち、先に行って、二階への通路までに遺体がないか確認してきてください」
「遺体決定かよ」
リンナがツッコむ。
「まぁ、スライムさんたちに1階層を隅々見てもらって、私たちは2階層目の入り口に直接向かいましょう。」
スライムたちが散っていき、フロウベルとリンナは、ゆっくりと2階層目の入り口を目指す。
フロウベルは、きょろきょろと見回しながらついていった。
「この石、どこから運んできたんでしょう?」
「知らないわよ」
「魔法で加工したんでしょうか? それとも、召喚魔法で石材を……」
「フロウベル」
「はい?」
「今はダンジョンの建築方法を研究する時間じゃないからね?」
「……はい」
フロウベルは残念そうに口を閉じた。
そもそも、フロウベルは建築されたものと思っているが、ダンジョンはそういうものではない。
その辺は、また別の機会に……。
何匹かは壁際を進み、何匹かはフロウベルのすぐそばを離れない。
リンナはスライムたちを見ながら、
「……すごいわね。護衛もしてくれてるんだ」
「はい!」
「いや、返事はいいんだけど……」
リンナは改めて前を向いた。
今は依頼が先だ。
そう自分に言い聞かせながら、慎重に足を進める。
そのとき、通路の先から物音がした。
緑色の肌に、小さな棍棒。
ゴブリンが二匹、こちらに気づいて威嚇している。
「ゴブリンね。フロウベル、後ろに――」
「スライムに消化してもらいます?」
「やめて!」
リンナは絶叫で即答した。
「まだ何もしてませんよ!?」
「あれはダメ! トラウマになる!」
リンナは必死である。
「そうですか?」
「そうなの! 私がやるから見てて!」
その間にも、ゴブリンたちは棍棒を振り上げて近づいてくる。
リンナは剣を抜き、素早く間合いを詰めた。
二度、刃が閃く。
ゴブリンたちは反撃する間もなく、地面に倒れた。
「はい、おしまい。先へ進むわよ」
「おお、リンナが冒険者してる!?」
「驚くこと!? 私は冒険者よ!」
「お色気要員かと思ってました?」
「なんだ、それは!」
リンナの絶叫がダンジョン内にこだまする。
フロウベルは残念そうに肩を落とした。
◇
気を取り直し、リンナは倒れたゴブリンの周囲を確認した。
武器や装備に、特に変わったところはない。
通路にも、目立った損傷は見当たらなかった。
「……少なくとも、この辺りに異常はなさそうね」
「そうですね」
フロウベルも真面目な顔で周囲を見た。
そのとき、一匹のゴブリンが持っていた棍棒に、スライムがぷるんと触れた。
「……あれ?」
フロウベルがそちらを見る。
スライムは棍棒から離れ、何事もなかったかのように彼女の足元へ戻ってきた。
「どうしたんでしょう?」
「何か気になることでもあったの?」
「いえ……。何でもないみたいです」
フロウベルは首を傾げたものの、それ以上は気にしなかった。
リンナも周囲に危険がないことを確認し、先へ進むことにした。
◇
一階層をしばらく探索しても、行方不明者につながる明確な手掛かりは見つからなかった。
何度か小型モンスターと遭遇したものの、どれも通常の範囲内。
通路にも、不自然な破壊跡や大規模な戦闘の痕跡はない。
「うーん……」
リンナは腕を組み、考え込んだ。
「やっぱり、一階層にはいないのかしら」
「もう少し奥を探してみましょうか?」
「そうね。二階層の入口までは確認しておきたいわ」
「分かりました!」
フロウベルは元気よく返事をした。
既にスライムたちは、一階層の探索を終えてフロウベルのところに戻ってきていた。
収穫はなかったようだ。
その足元では、スライムたちがぷるぷると揺れている。
先頭に立つ者もいれば、フロウベルのそばを離れない者もいる。
まるで自由に動いているようでいて、彼女が進む方向から大きく外れることはなかった。
リンナはそれを見て、少しだけ不思議に思った。
けれど、今は考えている場合ではない。
二人はさらに奥へと進んだ。
やがて、下の階層へと続く階段が見えてきた。
入口付近には、何人もの冒険者が通ったと思われる足跡が残っている。
特に不自然なものはない。
ただ、階段の脇に、小さな布切れが引っかかっていた。
「これは……」
リンナはしゃがみ込み、慎重に布切れを拾い上げた。
「……!? にゃあ! 女性の下着?!」
顔を真っ赤にして、摘まみ上げるリンナ。
泥で汚れているが、まだ新しい。
「行方不明になった人たちの持ち物かどうかは分からない。でも、手掛かりになるかもしれないわね」
少し嫌そうな顔で、リンナは言った。
「はい。大事に持っていきましょう、リンナが」
フロウベルは、いつになく真剣な顔で持つことを拒否しながら頷いた。
リンナは渋々布切れ(下着)をしまい、階段の先を見つめる。
ここから先は二階層。
まだ、ダンジョンの序盤に過ぎない。
それでも、二人は確かな一歩を踏み出していた。
……手掛かりが女性の下着だったことには、目をつぶるとして。
「行きましょう、フロウベル」
「はい、リンナさん!」
締まらない空気のまま、探索は続いていく。
二人が階段を下り始めると、五百匹のスライムたちも、ぷるぷると続いていった。




