第4話 救援物資と500匹のスライム
翌朝。
王都セレナにある冒険者ギルド。
フロウベルは、昨日出会ったリンナとともにギルドマスターの前に立っていた。
もちろん、その後ろには――。
「ぷるぷる」
「ぷるん」
「ぷるっ」
大量のスライムたちがいる。
昨日と変わらない光景だった。
「……やっぱり、すごい数だな」
ギルドマスターが腕を組む。
「五百匹ですから」
「いや、そういう意味じゃない」
「?」
フロウベルは首を傾げた。
どうやら本人には、いまだに何が問題なのか分かっていないらしい。
ギルドマスターは小さく息を吐くと、机の上に一枚の依頼書を置いた。
「今回、お前に頼みたいのは荷物の運搬だ」
「荷物ですか?」
「ああ。救援物資だ」
「救援物資……?」
フロウベルが依頼書を手に取る。
「届け先はリーフェン。王都から歩いて1~2日程度の距離にある小さな町だ」
リーフェン。
王都セレナから西へ向かった先にある、人口もそれほど多くない小さな町。
数日前、その町は盗賊団の襲撃を受けた。
町の自警団と冒険者たちによって盗賊団は撃退されたものの、戦いによって多くの負傷者が出ている。
そのため、食料や医薬品、包帯などの物資が不足しているという。
「なるほど……」
フロウベルは依頼書を読み進める。
「それで、この大量の物資をリーフェンまで運ぶんですね」
「そういうことだ」
「分かりました」
フロウベルは素直に頷いた。
「……報酬、金貨一枚ですか」
この世界で使われている通貨は、小銅貨、銅貨、銀貨、金貨の四種類。
十枚の小銅貨で銅貨一枚。
十枚の銅貨で銀貨一枚。
十枚の銀貨で金貨一枚になる。
日常の買い物では銅貨や銀貨が使われることが多く、金貨は一般の人間が頻繁に扱うようなものではない。
今回の依頼の報酬は――金貨一枚。
決して安い金額ではなかった。
だが、それだけ大量の救援物資を運ぶ依頼なのだ。
「ああ」
「分かりました」
フロウベルは依頼書を返した。
「受けます」
「即決か?」
「困っている町があるんですよね?」
「そうだ」
「だったら、行きます」
迷う理由などなかった。
すると、隣にいたリンナが手を上げる。
「それで、私も一緒に呼ばれたってことは」
「ああ、お前も一緒に行ってくれ」
ギルドマスターはリンナにも依頼した。
「フロウベルについて行ってもらう」
「護衛ですか?」
「まあ、それもある」
「それも?」
「……こいつが何をするか見張っていてくれ」
「え?」
リンナがフロウベルを見る。
フロウベルはきょとんとしている。
「私、何かしました?」
「昨日、五百匹のスライムを連れてギルドに来ただろう」
「はい、それだけですよ?」
「それだけでも十分だ」
「?」
やはり分かっていない。
リンナは苦笑した。
「まあ、いいや。よろしくね、フロウベル」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして二人と五百匹のスライムによる、初めての依頼が始まることになった。
◆
冒険者ギルドの裏手。
そこには、今回運ぶ大量の救援物資が用意されていた。
「……多いですね」
フロウベルが呟く。
食料。
飲料水。
包帯。
薬品。
簡単な治療道具。
その他、町で必要になる日用品。
いくつもの木箱や麻袋が積み上げられている。
「これ、どうやって運ぶの?」
リンナが頭を抱えた。
馬車も用意されている。
だが、それだけでは足りない。
「予定では馬車を二台使う」
ギルドマスターが言った。
「ただし、道中は多少歩いてもらうことになる」
「なるほど……」
フロウベルは積み上げられた荷物を見る。
そして、自分の後ろにいるスライムたちを見る。
「……この子たちに手伝ってもらいましょう」
「え?」
リンナが振り返る。
「スライムに?」
「はい」
フロウベルが一匹のスライムを指差した。
「これ、持って」
ぷるん。
スライムが木箱に近づく。
ぷるっ。
木箱の下へ身体を潜り込ませる。
「よいしょ……」
フロウベルが持ち上げようとするより先に――。
木箱が、少し浮いた。
「…………」
リンナが固まる。
「もう少し右」
ぷる。
「そのまま前へ」
ぷるぷる。
木箱が、ゆっくりと移動していく。
「……持てるんだ」
「みたいですね」
「いや、みたいですねって……」
リンナが呆れた顔をする。
「昨日、試してなかったの?」
「少しだけです」
「少しだけ?」
「はい」
フロウベルは周囲のスライムたちを見る。
「でも、五百匹いますから」
その一言で。
大量のスライムたちが一斉に動き始めた。
ぷるぷるぷるぷるぷるぷる――。
「ちょ、ちょっと待って!」
リンナが叫ぶ。
木箱が動く。
麻袋が動く。
荷車まで動く。
あっという間に、積み込み作業が始まった。
「すご……」
リンナが呆然と眺める。
「これ、私たちより働いてない?」
「そうですか?」
「そうだよ!」
こうして、救援物資の積み込みは予定よりもはるかに早く終わった。
◆
王都セレナを出発してしばらく。
街道を荷馬車の傍を歩く二人。
ぷるんぷるんと歩くたびに、揺れるリンナの胸元を見て、
ふと自分の胸元へ視線を落とすフロウベル。
若干不機嫌で歩くフロウベル。
そして、その後ろを――。
ぞろぞろ。ぷるん。
ぞろぞろ。ぷるるん。
ぞろぞろ。ぷるんぷるん。
五百匹のスライムがついてくる。
さらに理不尽な怒りがこみ上げるフロウベル。
そんなことなど露知らず声をかけるリンナ。
「……ねえ、フロウベル」
「…はい?」
「何で不機嫌なの? まぁいいけど、この子たち、本当にずっと歩くの?」
「歩いているというより、移動しているんだと思います」
「そこはどうでもいいよ」
リンナがため息をつく。
「疲れないの?」
「どうでしょう?」
フロウベルは後ろを見る。
「みんな疲れた?」
フロウベルが尋ねると、五百匹のスライムが一斉に身体をぷるっと震わせた。
「疲れていないようです。」
「あれで、わかるの!?」
「なんとなくですが」
「そ、そう…」
疲れを増したのはリンナであった。
「疲れたら休ませます」
「わ、わかったわ…」
少し歩く。
スライムたちは黙々とついてくる。
「……」
「……」
「……なんか、慣れてきたかも」
「そうですか?」
「いや、慣れちゃダメな気もするけど」
そんな会話をしながら、二人は街道を進んでいった。
◆
日が傾き始めた頃。
「今日はここで野営しましょう。」
フロウベルが足を止めた。
「賛成」
リンナも頷く。
街道から少し離れた場所で野営の準備を始める。
薪を集め、火を起こす。
簡単な食事を済ませると、リンナが周囲を見回した。
「夜は交代で見張りだね」
「大丈夫です」
「え?」
「この子たちにお願いしていますから」
フロウベルが指差す。
五百匹のスライムたちが、二人を囲むように移動していた。
ぷるん。
ぷるぷる。
ぷるっ。
「……これ?」
「はい」
「これが見張り?」
「はい」
「……」
リンナはしばらく考えた。
「まあ……盗賊とかが近づいたら分かるか」
「たぶん」
「たぶん!?」
「でも、この数ですよ?」
「それもそうか」
結局、リンナもそれ以上は何も言わなかった。
五百匹のスライムに囲まれながら、二人は眠りについた。
◆
翌朝。
「ん……」
フロウベルが目を覚ました。
朝日が昇っている。
「……よく寝た」
隣ではリンナもまだ眠っている。
周囲を見る。
スライムたちは昨日と同じように、辺りに散らばっていた。
「……?」
フロウベルが立ち上がる。
そして、少し離れた場所に何かが落ちていることに気がついた。
「なんでしょう、あれ?」
近づいてみる。
そこにあったのは――。
錆びた短剣。
壊れた革の盾。
ボロボロになった鎧。
そして、いくつかの粗末な武器。
「……?」
フロウベルは首を傾げた。
そこに、魔物の姿はない。
ただ、装備だけが残されていた。
「リンナさん」
「ん……なに……?」
「ちょっと起きてください」
「朝……?」
「これを見てください」
リンナが眠そうな目をこすりながら近づいてくる。
そして装備を見た瞬間――。
「…………」
目が覚めた。
「……これ」
「はい」
「ゴブリンの装備だよね?」
「たぶん」
「じゃあ……」
二人は同時に、周囲のスライムを見る。
五百匹のスライムたちは――。
「ぷるん」
「ぷるぷる」
「ぷるっ」
何事もなかったかのように、朝の陽射しを浴びていた。
「…………」
「…………」
リンナがゆっくりと口を開く。
「フロウベル」
「はい」
「昨日の夜、この子たちに何か命令した?」
「いいえ?」
「……そう」
リンナはスライムたちを見つめた。
そして、小さく呟く。
「……やっぱり、この子たち普通じゃないよね」
「え?」
フロウベルは首を傾げた。
「普通の『スライム?』ですよ?」
「…………」
微妙な顔をして、リンナは何も言い返せなかった。
その横で、一匹のスライムが。
ぷるん。
と、小さく跳ねた。
そして五百匹のスライムたちは、何事もなかったように再びリーフェンへの道を進み始めた。
救援物資を乗せた馬車と。
その後ろをぞろぞろとついていく――五百匹のスライムとともに。




