第4話 お誘いはお断りです!……グリフォンを添えて
王都の魔法研究所。
フロウベルは、机の上に並べた研究記録を前に、うんうんと唸っていた。
「うーん……」
目の前には、青いスライムが一匹。
ぷるぷる。
「やっぱり、あなたたちと念話はできないんですよね」
ぷるっ。
「でも、意思は伝わってくる……。うーん、謎です」
ぷるぷるぷる。
「なるほど! つまり、分からないということですね!」
ぷるっ!
「分かりました!」
何も分かっていなかった。通常運転である。
周りの研究員たちは、かわいそうなものを見る目でフロウベルを眺めている。
少し離れた場所では、別のスライムたちが研究員の足元でぷるぷると揺れている。
研究員たちは、すっかりこの光景に慣れていた。
最初こそ、五百匹ものスライムが研究所に押しかけてきたことに大騒ぎだったが、今では彼らも研究所の一員のような扱いになっている。
……研究員たちも、フロウベルと同じ穴の狢である。
「フロウベルさん。少しよろしいでしょうか?」
声をかけてきたのは、研究所の職員だった。
「はい? 何でしょう?」
「お客様がお見えになっています。貴族の方で、フロウベルさんにお会いしたいと」
「あ、断っちゃってください」
即答するフロウベル。一瞬言葉に詰まる研究員。
「……まだ、お名前もお伝えしていませんが?」
「召喚の研究中ですし、知らない方に会う気はありません!」
フロウベルは、きっぱりと言い切った。
職員は困ったように眉を下げる。
「ですが、先方は王国でも有力な貴族の方でして……」
「研究に関係ありますか?」
「いえ、それは……」
「では、お断りしてください。」
「……分かりました。お伝えしておきます」
職員が去っていく。
フロウベルは再びスライムに向き直った。
「さて、続きです。あなたたちは、どうしてそんなにぷるぷるしているんでしょうね?」
ぷるっ!
「元気がいいですね!」
やっぱり、何も分かっていなかった。
◇
その日の午後。
研究所を出たフロウベルは、リンナと合流し、王都の大通りを歩いていた。
リンナは簡単な冒険者依頼を終えた帰りである。
「ねえ、フロウベル。さっき研究所で貴族からの面会を断ったって、本当?」
「はい。研究中でしたから」
「……もう少し、考えて断りなさいよ」
「考えた結果です!」
考えもせず、即答だったはずのフロウベル。
「そういう意味じゃない!」
リンナは頭を抱えた。
「相手が貴族なら、変に恨まれたりするかもしれないでしょう?」
「でも、研究の邪魔ですよ?」
「だから、その言い方!」
「リンナは、研究の邪魔をされても平気なんですか?」
「私は召喚士じゃない!」
「聞き方が、間違ってました。お宝の魔物を狩る寸前で邪魔されても平気なんですか?」
「なに、その奇特な人……嫌だけどさ……」
「ですよね!」
フロウベルは満足そうに頷いた。
リンナは、何かを言い返そうとして、やめた。
この子に常識を説明するのは、時々、スライムに算数を教えるより難しい。
……いや、スライムなら意外と覚えるかもしれない。
そんなことを考えていると、二人の前に一人の男性が歩み寄ってきた。
上質な衣服に、控えめながらも高価な装飾品。年齢は四十代ほどだろうか。整えられた髭と柔らかな笑みが、落ち着いた印象を与えている。
その後ろには、数人の従者が控えていた。
「失礼。あなたがフロウベル殿ですかな?」
「人違いです」
そのまま、通り過ぎるフロウベル。慌てて追いかけるリンナ。声をかけた男は、その場に固まっていた。
そして慌てて振り向き叫ぶ。
「いや、待ってください!あなたフロウベル殿であってますよね!」
フロウベルが立ち止まって、男の方に振り返り、
「……何を根拠に」
ジト目で男を見る。
「その緑色の髪、幼児体形。その横には青髪のボッキュンボン。噂の『無敵美少女ブルー&サファイア』に間違いない。だとすれば、緑髪はフロウベル殿に間違いない……ぶへっ!」
言い終わると同時に、フロウベルが投げつけたスライムが顔に命中する。
「幼児体形で悪かったわね! それと何ですか、その通り名は!!」
「ああ、なんか、王都で言われているみたいだぞ、ファンクラブもあるって……」
嫌そうに答えるリンナ。
スライムがすぐさま、男からはがれ戻ってくる。フロウベルの前で激しく揺れている。
どうも投げたことを抗議しているようだ。
「あ、ごめんね。どうしても怒りが抑えられなくて」
よろよろと立ち上がる男を見て、
「で、覚悟はできてる?言いたいことは聞いてあげるから、後悔はあの世でしてね?」
物騒なことを男に告げるフロウベル。
「待て待て待て!ちゃんと話は聞こうなフロウベル」
リンナが必死に止める。
「リンナさんは良いですよ!ボッキュンボンって言われて!私は幼児体形ですよ、幼児た・い・け・い!」
叫ぶフロウベル。そんな状況を立ち上がって見た男は、
「わ、私は、王都で商業や領地経営に携わっている、ブランドー伯爵家当主エバン・ブランドーだぞ、なんだこの仕打ちは!」
「は、伯爵!? フロウベルまずいぞ! ……って、フロウベル?」
フロウベルを見ると、指をポキポキ鳴らして、
「だから、なに? 言いたいことは、それだけで良いの? この後、口もきけなくなるわよ」
残忍な目で、伯爵に詰め寄る。
「わ、悪かった。失言は謝らせていただく。許してくれ!」
恐怖を感じ、即座に土下座する伯爵。
「フロウベル、許してやろうな、な。」
リンナもとりなす。
「……ふん、わかればいいのよ。」
◇
それから、数分、やっと話ができる状態までになった。リンナの苦労がしのばれる。
「先ほど研究所へ使いを出したが、面会は難しいと言われたとかで、こうして私自ら会いに来た」
「そうですか、ご苦労様です。では、お引き取りを」
「……」
男性の笑みが、ほんのわずかに固まった。
リンナが慌てて口を挟む。
「フ、フロウベル! こちらの方は伯爵様よ!」
「はい。聞きました」
「そうじゃなくて!」
「リンナ、声が大きいですよ?」
「あなたの態度のほうが問題なのよ!!」
伯爵は、二人のやり取りを見て、
「いやいや、構わん。先ほどの経緯もあるからな。若い才能というものは、時に周囲を驚かせるものですからな」
「才能……?」
フロウベルの目が、わずかに輝いた。
「召喚術の才能のことですか?」
「ええ。あなたの召喚実験については、私も耳にしております。あれほどの規模の召喚を成功させたと聞きました。実に素晴らしい」
「失敗ですけど」
輝いていた目からハイライトが消えた。伯爵は『また、失言したか?』と冷や汗をかきながら聞き返す。
「……失敗?」
「はい。ゴーレムを召喚するつもりだったんです。でも、スライムがいっぱい出てきました」
フロウベルの足元で、スライムたちが一斉にぷるぷると揺れた。
伯爵は一瞬だけ視線を落とし、それから再び笑顔を浮かべた。
「なるほど。ご本人は、まだ満足しておられないのですな」
「はい!」
「しかし、その力は王国にとっても大きな価値がある。もしよろしければ、研究の支援をさせていただきたいのです」
「必要ありません」
即答だった。
「……ええと、まだ具体的な条件はお伝えしておりませんが」
「研究所があります。特に資金面でも困っていませんので。」
「設備や資金に不足があれば、私の領地から援助することもできます。研究に専念できる環境を整えることは、あなたにとっても有益かと」
「それが必要ないと申しております。それとですね……」
「……」
伯爵は、ほんの一瞬だけ黙り込んだ。
「先の王様への謁見の話を聞いておられないんですかね?私は私の目的のために召喚を研究しているんです。国益の、ましてや戦争のために研究しているわけではないんです。そのことを王様や宰相様に話をして認められておりますが?まだ、なにかありますか?」
一気にまくしたてるフロウベル。
だが、すぐに穏やかな笑みを取り戻す。
「わかりしました。今日のところは引き下がります。いずれ、ゆっくりお話しできる機会があればと」
「ありませんね。王様でも通してからでも来てください。」
「フロウベル!!」
リンナが叫んだ。
通りを行き交う人々が、ちらりとこちらを見る。
フロウベルは不思議そうにリンナを見た。
「何ですか?」
「何ですか、じゃないわよ! 相手は伯爵様なの!」
「だからなんですか?」
「そういう問題じゃ……!」
「それと伯爵? 私だけじゃなく、リンナや他の人たちを巻き込んでまで私に近づこうとするなら……」
召喚の魔法陣が浮かび上がり、グリフォンが召喚される。既にフロウベルは切れていた。
「この子や、アラクネさんの餌になること覚悟で来てください。」
伯爵は腰を抜かし、従者が拍車を抱え上げ、馬車へと駆け込んでいく。
にこやかに見送るフロウベル。
頭を抱えて、話しかけるリンナ。
「……フロウベル」
「はい?」
「……周りを見なさい」
「はい?」
フロウベルが周りを見回すと、住民が大パニックで逃げたり、指差している。
指差している方向はグリフォン。
「ああ、やっちゃいましたね。召喚解除。」
グリフォンが帰還する。
後ろから、フロウベルの頭をはたくリンナ。
「やっちゃいましたね……じゃない!どうすんのよ!」
「いたたた……どうしましょう」
「二人とも一応衛兵所に来てもらえますか?」
後ろから声をかけてきたのは宰相。
「げ、宰相様」
「げ、じゃないでしょう!」
嫌そうな顔をするフロウベル、たしなめるリンナ。
「たまたま、通りかかったこの惨状です。ご説明願いますかな?」
にこやかだが、目は笑ってない。
「「はい……」」
宰相に引きつられトボトボと歩きながら、返事する二人。
「フロウベルさん、あなたは、もう少し人付き合いを覚えたほうがいいと思いますよ」
宰相に言われ、しょげるフロウベル。
足元のスライムたちが、ぷるぷると揺れた。
その後、衛兵所で、宰相に3時間ほど説教を受ける二人であった。
完全にリンナは巻き込まれだが。
◇
王都の一角。
馬車に乗り込んだ伯爵は、窓の外を眺めながら、静かに息を吐いた。
「……なるほど。噂以上に、扱いの難しい娘のようだ」
幾分、冷静さを取り戻した伯爵。
向かいに座る従者が、慎重に口を開く。
「いかがなさいますか?」
「急ぐ必要はない。あれは、研究に対して強い執着を持っているようだ。ならば、こちらが提供できるものを考えればよい」
「研究資金や設備の援助、ということでしょうか」
「それだけではない。研究者との繋がりも、人脈も、研究を進めるための環境もある」
伯爵は、口元に笑みを浮かべた。
「本人が必要だと思えば、いずれこちらに目を向けるだろう」
従者は一礼した。
伯爵は、窓の外に流れる王都の街並みを眺めながら、目を細めた。
今は、無理に手を伸ばす必要はない。
王の目がある以上、強引な手段は得策ではない。
まずは、信頼を得ること。
そして、彼女が自ら協力したくなるような状況を整えること。
「……さて。どう動くべきか」
その呟きは、馬車の車輪が立てる音にかき消された。
伯爵はわかっていなかった、この国の王も宰相も規格外すぎて扱えないと判断していること。
そのために痛い目にあっていくのだが……




