第3話 それぞれの日常。(それでも、中心は暴走召喚大迷惑少女)
王国魔法研究所に戻ったフロウベルは、さっそく研究室にこもっていた。
机の上には召喚術に関する書物や過去の研究記録が積み上がっている。
その横では、スライムたちがぷるぷると揺れていた。
「ふむふむ……。やっぱり、召喚契約とテイムは似ているようで違うんですよね」
フロウベルは記録を読みながら、うんうんとうなずく。
「相手の意思が必要なのは召喚契約。テイムは、相手を使役できる状態にして契約する……。うーん、そもそも、どうして私は多くの召喚契約を結べるんでしょう?」
考え込むフロウベル。
スライムたちは、そんな彼女を気にする様子もなく、研究室の中を自由に動き回っていた。
「……みんな、もう少し私に興味を持ってくれてもいいんですよ?」
ぷるっ。
フロウベルは考え込んだ。
自分は、五百匹すべてと召喚契約を結んでいるのだろうか。
もしそうなら、なぜ他の召喚獣のように、言葉で意思疎通ができないのか。
行動や意思は何となく伝わってくる。けれど、それは他の召喚獣との念話とは明らかに違う。
「あなたたちは、いったい何なんですかね?」
スライムたちは、答える代わりにぷるぷると揺れていた。
もちろん、スライムが何を考えているのかは分からない。
研究員たちは、フロウベルの研究室を覗き込み眺めていた。
「……あの子、スライムと会話できているつもりなのか?」
「意思は伝わっているらしいが、言葉で会話しているわけじゃないそうだ」
「……よく分からんな」
「それは我々も同じだ」
研究員たちは、そろってため息をついた。
今日も研究所は平和だった。
……たぶん。
◇
一方、冒険者ギルドでは。
「リンナ、今日はフロウベルと一緒じゃないのか?」
ギルドマスターが、依頼書を眺めているリンナに声をかけた。
「今日は別行動よ。あの子は研究所で研究。私は簡単な依頼でも受けて……」
そこで、力を込めて、
「普通の、普通の冒険者らしく過ごすのよ!!!」
リンナが雄叫びを上げるのを見ながら、、ギルドマスターは、
「……普通の冒険者、ねぇ」
「何よ、その目は!」
「いや、ここ最近のお前を見ていると、普通って何だったかと思ってな」
「私は普通よ!あの子がおかしいの!」
リンナは、机を軽く叩いた。
「毎回毎回、魔族だの、異常な魔物だの、召喚だの……。もう少し平穏な冒険がしたいの!」
「そりゃあ、まあ……」
ギルドマスターは、少し同情した。
「だから今日は、荷物運びの依頼にするわ」
リンナは依頼書を一枚手に取った。
「荷物運びなら、危険な魔物に遭遇することもないでしょうし」
「稼ぎにならんし、お前、一応C級冒険者だよな。」
「いいのよ!普通に、普通に過ごしたいの」
「……まあ、気をつけて行ってこい」
「ええ。今日は平和に終わらせるわ!」
リンナは力強く宣言した。
◇
その日のリンナは、驚くほど平和だった。
荷物を運び、依頼主に確認を取り、報酬を受け取る。
魔物も出なければ、トラブルも起きない。
「……ああ、こういうのでいいのよ」
リンナは、久しぶりに心の底から安堵していた。
やっぱり冒険者の仕事は、こうでなくてはならない。
危険な魔物に襲われることもなく、訳の分からない召喚術に付き合わされることもない。
なんて素晴らしい一日だろう。
「ところで、お連れの召喚士さんとは一緒じゃないんですか?」
荷物の受け渡しを終えた商人が、ふと尋ねた。
「……え?」
「ほら、スライムをたくさん連れている、緑髪の女の子ですよ」
「……なんで知ってるの?」
「この街じゃ、結構有名ですよ。王宮に呼ばれたって話も聞きましたし」
「…………」
「緑髪の召喚士と青髪の双剣士。しかも二人とも美少女ときたもんだ。ここらじゃ『無敵美少女ブルー&サファイア』なんて言われて、ファンクラブも立ち上がってますよ」
「はぁ!? 人の許可なくファンクラブ? それに何その通り名は!?」
既に平穏でなくなったリンナの日常。
「ブルーに荷物運びしてもらったって自慢しますよ!」
商人は大喜びである。
リンナは空を見上げた。
今日は平和に終わるはずだった。
なのに、どうしてどこへ行ってもフロウベルとの話題がついて回るのだろう。
「……私、普通に過ごしたいだけなんだけどなぁ」
誰にともなく、つぶやいた。
◇
午後。
王国魔法研究所に、一人の女性が訪れた。
落ち着いた雰囲気に、隙のない立ち姿。でっかい胸。
宮廷魔術師団長、ミレイアである。
「こんにちは。少し、研究所の様子を見に来ました」
職員たちが一斉に頭を下げる。
「ミレイア様。ようこそお越しくださいました」
「ありがとう。ところで、問題じ……コホン……フロウベルはいますか?」
「はい。研究室にこもっております」
「……そうですか」
ミレイアは、少しだけ苦笑した。
王宮での報告を終えたばかりなのに、もう研究という名の暴走を始めているらしい。
彼女は案内され、フロウベルのいる研究室へと向かった。
◇
「フロウベル、少しよろしいですか?」
「はい? ……あ、ミレイアさん!」
フロウベルは顔を上げた。
「今日は、どうされたんですか?」
「久しぶりに研究所の様子を見に来たのです。」
「そうでしたか。」
フロウベルの問いに、やさしく返事をするミレイア。
「帰ってきたばかりなのに……もう研究始めてるんですね?」
「召喚士ですから!」
「答えになっていませんよ」
ミレイアは微笑みながら、机の上に積まれた書物を見た。
「召喚契約について調べているのですか?」
「はい! テイムとの違いを整理しようと思いまして」
「なるほど。確かに、興味深いテーマですね」
ミレイアは研究記録を手に取り、目を通し始めた。
フロウベルは、期待に満ちた目で彼女を見つめる。
「何か分かりますか?」
「そうですね……。召喚した相手を帰還させても契約が続き、必要に応じて再召喚できる。しかも、相手の意思を前提としている……」
「はい!」
「通常の使役契約とは、考え方がかなり違うようですね」
「そうなんです!」
フロウベルは身を乗り出した。
「だから、もっと研究したいんです!」
「……分かりました。では、こちらのスライムたちはどうでしょう?」
ミレイアが足元のスライムに目を向ける。
「あなたが命令していないときも自由に行動しているのですよね?」
「はい!」
「では、なぜ研究員たちには懐いているのでしょう?」
「……私も知りたいです!」
「……そうですか」
ミレイアは、少しだけ考え込んだ。
王国でも指折りの魔術師である彼女にも、スライムたちの行動は理解できないらしい。
「ところで、フロウベル」
「はい?」
「研究所に戻ってから、スライムたちはあなたのところに集まってきましたか?」
「……」
「……フロウベル?」
「……あまり、集まってきません」
「そうですか」
ミレイアは、優しく微笑んだ。
「きっと、研究員たちに興味があるのでしょう」
「ミレイアさんまで!」
フロウベルが頬を膨らませた。
「ふふっ。冗談ですよ」
ミレイアは笑いながら、研究記録を机に戻した。
「でも、召喚獣との関係を考えるうえでは、面白い観察対象ですね。無理に行動を制限せず、よく観察してみるといいでしょう」
「はい! さすがミレイアさんです!」
フロウベルは目を輝かせた。
その様子を見て、ミレイアは微笑んだ。
「他に聞きたいことある?」
「そうですね……」
その時、一匹のスライムが飛び跳ね、ミレイアの胸元に飛び乗った。
「きゃっ!? なに、この子!」
ミレイアが慌ててスライムをどかそうとする。
その光景を見つめるフロウベル。
「ああ……どうしたら、ミレイアさんやイリアさんみたいな大きな胸になれるんでしょう?」
「えっ? そ、それより、この子をどけてください!」
「スライムさんの同類だと思ってるんですね……。そうですか、スライムさんは大きな胸が好きなんですね……」
「フロウベル! 何を納得しているんですか!」
スライムは身の危険を感じたのか、ミレイアの胸元から飛び降り、そそくさと群れに紛れ込んだ。
「ふ、フロウベル。あの子たちどうにかしなさい」
「さぁ、私の言うことを聞きませんから……」
……もっとも、スライムたちが何を考えているのかは、彼女にも分からなかったのだが。
◇
ミレイアが研究所を後にしたあと。
研究員の一人が、別の職員に声をかけた。
「そういえば、先日、召喚実験の記録について問い合わせがあった件ですが……」
「例の件か?」
「ああ。どうやら、フロウベルの過去の召喚契約についても調べているようだ」
「……誰が?」
「詳しいことは分からない。ただ、王宮関係者を通じて問い合わせてきたらしい」
二人は顔を見合わせた。
「……妙な話だな」
「まだ何か起きたわけではない。だが、念のため記録を整理しておいたほうがいいだろう」
彼らは、再び仕事に戻った。
その頃、研究室では。
「よし! 明日は召喚契約の実験をしてみましょう!」
フロウベルが、元気よく宣言していた。
「……実験内容は決まっているんですか?」
研究員が、おそるおそる尋ねる。
「大きな胸の子をそろえてください!スライムたちが乗るか確認します!」
「集めるか!!」
研究員が叫ぶ。
今日も研究所は平和だった。
……たぶん。
◇
王都の一角。
豪華な屋敷の一室で、一人の貴族が報告書を読んでいた。
「……なるほど。王宮からも信頼されている、若い召喚士か」
報告書には、フロウベルの名前と、彼女が関わった一連の出来事が記されている。
五百匹のスライム。
四大魔獣との契約。
そして、魔族との交渉。
貴族は、興味深そうに目を細めた。
「これほどの能力を持ちながら、まだ若いとは……」
彼は報告書を机に置き、傍らに控える部下へと視線を向けた。
「一度、会ってみたいものだな」
「どのように接触いたしましょうか?」
「そうだな……。まずは、彼女について詳しく調べておけ」
「かしこまりました」
部下が退出する。
貴族は窓の外に目を向けた。
「ふふ……。さて、どのような人物なのだろうな」
その頃、フロウベルは研究室でスライムを追いかけていた。
「待ってください! 先ほどの件、きっちり話し合いましょう!」
スライムたちは、ぷるぷると揺れながら逃げていく。
「逃げるなぁ、ゴラァ!」
研究所に、フロウベルの叫び声が響いた。




