第15話 謁見、報告、そして……
王都へ向かう道中、フロウベルとリンナは、特に大きな問題もなく旅を終えた。
もっとも、二人の後ろには相変わらず、青いスライムの大群がぞろぞろと続いている。
「帰ってきましたね、リンナさん」
「ああ、そうだね。それより、……ねえ、フロウベル」
「はい?」
「王城にも、あの子たちを連れていくの?」
「もちろんです。私の召喚獣ですから!……と言いたいんですが」
ちょっと、口ごもるフロウベル。
「今回は、何匹かに研究所で待機してもらおうかと……」
「一応は、シャンティさんの言葉を守ろうとしてるんだ」
「ちょっとは、自重しようかと……」
その言葉に、リンナが上空を見る。
「……どうしたんですか?」
「いや、雨でも降るんじゃないかと思って……」
「私が自重したら雨が降るんですか!!」
そんなことを言い合っている後ろで、
ぷるぷる、ぷるぷる。
スライムたちが、なにやら、お互いをぶつけ合っている。
「な、なに!どうしたの!」
驚くリンナ。フロウベルも最初は驚いていたが、すぐに状況を察したらしい。
「なんか、どのスライムが私についていくかもめてるみたいです」
「え、そうなの? もめるほど付いていきたいの?」
フロウベルがムスッとした顔をして、
「……違います。長旅だったから研究所で休みたい、だそうです」
「うわ、慕われてねぇ……」
しばらくぶつかり合いは続き、やがて二十匹ほどを残して、スライムたちは研究所の方へ行ってしまった。
「あのスライムたち、あまりにも自由奔放すぎね?」
さすがにフロウベルも頭を抱えてる。
「ほんと、あの子たち、たまにわからなくなります」
残ったスライムたちを見て、
「あなたたちはついてきてくれるのね。ありがとう!」
ぷるっ、ぷるっ。
フロウベルは、スライムたちの意思を感じ取った。
「……渋々ってどういうことですか!!」
「うわ、全スライムに慕われてねぇ。」
リンナが追い打ちをかける。
やがて王都の城門を抜けると、王城からの迎えが二人を待っていた。
迎えの兵士は、フロウベルの姿を見て一礼し――その後ろに続くスライムたちを見て、しばらく固まった。
「……こちらが、例の?あれ、500匹と聞いてましたが?」
「はい。私の召喚獣です……残りは研究所です。」
「……そうですか」
フロウベルの悲しそうな声で、兵士は何かを察し、言葉を飲み込み、結局それ以上は尋ねなかった。
王城では、すでに国王への謁見の準備が整っているという。
「では、ご案内いたします」
「お願いします……」
フロウベルは元気なく返事をした。
その後ろで、スライムたちが一斉にぷるんと跳ねた。
◇ ◇ ◇
王城の謁見の間。
そこには国王と宰相、そして宮廷魔術師団長のミレイアが待っていた。
「よく来てくれた、フロウベル殿。リンナ殿も、ご苦労だった……どうしたのだフロウベル殿は?」
落ち込んでいるフロウベルを見て、リンナに尋ねる。
リンナは苦笑しながら
「スライムに振られ、落ち込んでいるだけです」
リンナの言葉で、フロウベルの後ろにいるスライムが少ないことに気付く。
「どうしたのだ?いなくなったのか?」
「いえ、自主的に、研究所で休んでます。」
「自主的……?」
リンナの言葉を飲み込めないミレイア。とりあえず、リンナとフロウベルを奥まで案内する。
国王の前まで案内され、二人は跪いて首を垂れた。
「お招きいただき、ありがとうございます」
リンナが礼をする横で、フロウベルも慌てて頭を下げた。
「本日は、エルミドの冒険者ギルドから報告が届いている。まずは、それについて話を聞かせてほしい」
国王の言葉に、フロウベルとリンナは顔を見合わせた。
フロウベルは目で『リンナさん、よろしく』と合図した。
リンナはフロウベルを睨んだ。今にも舌打ちが聞こえてきそうな目だった。
「では、私から説明します」
リンナが一歩前に出た。
森で発生していた魔物の異変。通常では考えられない魔力溜まり。そこに関わっていた魔族の青年、アスタ。
そして、森の奥に縄張りを持つアラクネとの遭遇。
リンナは、起きた出来事を順番に説明していった。
「アラクネは魔族で、森の魔物を捕食するために魔力溜まりを利用していました。ただ、その影響で強力な魔物が生まれ、森の外へ出てくる危険がありました」
「なんと、アラクネは魔物でなく魔族であったか。なるほど。それで、どう対処したのだ?」
「アラクネと交渉し、狩場を森の奥に限定することで合意しました。魔力溜まりについても、その縄張りの内側で処理することになっています」
国王は、静かにうなずいた。
「討伐ではなく、交渉によって解決したのだな」
「はい。アラクネは話が通じる相手でしたから」
リンナがそう答えると、フロウベルもうなずいた。
「アラクネさんは、ちゃんと約束を守ってくれます!」
その言葉に、ミレイアが興味深そうに反応した。
「あなたは、魔族や魔物であっても、話が通じる相手なら交渉するのね」
「交渉に関しては、エルミドの冒険者ギルドのマスター、シャンティさんがしてくれましたけど」
「あの、エルフのギルドマスターね。なるほど。」
ミレイアが合点がいったと、うなずく。
「はい。今も『約束は守る』と、アラクネさんは言ってますし!」
一瞬、受け流す言葉だったが、ミレイアが気付く。
「フロウベル、今も、ってどういうことかしら?」
「はい。アラクネさんに『念……』……あっ!?」
シャンティが隠そうとしてくれたことを、フロウベルは自ら暴露してしまった。
リンナも額に手を当て顔を上に向ける。
「フロウベル、どういうことか教えてくれるかな?」
国王が聞いてくる。宰相も無言の圧力をかけてくる。
観念するフロウベル。
「私は、召喚して契約した相手とは、『念話』でやり取りができます……」
「なんと!?」
宰相が声を上げる。
「それで、今の『念話』でアラクネと連絡を取ったのね」
ミレイアが聞く。
「はい……」
思いっきり自爆したフロウベルは凹んでいる。
国王は、その返答を聞いて微笑んだ。
「わかった。アラクネがそう言っているなら、交渉はよい考えだ。相手をよく知らずに、種族だけで敵と決めつけるべきではないな」
宰相も同意するようにうなずいた。
「もっとも、相手が危険な存在である可能性も忘れてはなりません。交渉が成立したからといって、警戒を怠るわけにはいきませんな」
「はい。そこは、シャンティさんにも協力してもらって、今後も様子を確認することになっています」
リンナが補足する。
「エルミドのギルドマスターか。報告書にも、彼女の判断が記されていた。引き続き、連携を頼みたい」
「承知しました」
リンナはうなずいた。
森の問題は、これでひとまず解決した。
もちろん、魔力溜まりや魔物の変異については、今後も注意が必要だ。しかし、少なくとも現時点で、森全体に危険が広がる事態は避けられたのである。
◇ ◇ ◇
「ところで、フロウベル殿」
報告が一段落したところで、ミレイアが口を開いた。
「今回、ワイバーンとも召喚契約を結んだと聞いたのだけれど」
「はい! ワイちゃんです!」
「……ワイちゃん?」
「ワイバーンなので、ワイちゃんです!」
フロウベルは、胸を張って答えた。
「……本当に、名前のセンスがないわね」
リンナが口をはさむ。
「えっ、かわいいと思うんですけど!?」
「名前のセンスもないし、胸もないし……」
シャンティがいないので、ここぞとばかりに畳みかける。
「最後のは関係ないでしょう!? リンナさん、エルミドにいったらシャンティさんに告げ口しますね。」
リンナの顔が青褪める。
「……シャンティさんのことじゃない! お前のことを言ってるんだ!」
「ほぉ、堂々と言ってくれましたね?スライムさんたちにお願いして、服だけ溶かしてもらってもいいんですよ?」
「どんな、脅しだ!!」
スライムたちはぷるっと揺れる。『そんな面倒くさいことなんかしない』と言ってるようだ。
ミレイアは、二人のやり取りを穏やかに見守っていた。さすがは宮廷魔術師団長、こうした騒ぎにも動じない。
「それで、あなたの召喚獣は、いったい何体いるの?」
「ええと……」
フロウベルは指を折り始めた。
「ベヒモスに、カーちゃん、グリちゃん、ワイちゃん、それからアラクネさん。それと……」
「ちょ、ちょっと待って!」
リンナが慌てて止めた。
「その名前で説明するつもりなの!?」
「だって、みんなその名前で呼んでますから」
「国王陛下の前なのよ!?」
「あっ、そうでした!」
フロウベルは、改めて姿勢を正した。
「ええと……召喚獣は、多数います」
「ほかにも?」
ミレイアの眉が、わずかに上がった。
「はい。私は召喚魔法を使い始めてから、召喚した相手について調べたり、能力を記録したりしているんです。召喚できる相手が増えれば、その分だけ研究も進みますから!」
「つまり、今回のアラクネやワイバーンも、研究対象ということ?」
「もちろんです!……あ、いえ、違います、そうじゃなくて……すみません!すみません!!」
フロウベルは満面の笑みで答えたかと思うと、念話の向こうのアラクネに謝り始めた。
「どうかしたのか?」
リンナが尋ねる。
「アラクネさんに怒られました。『研究対象として見るつもりなら、アスタを捕食するわよ』って」
「なんで、アスタ?」
「ほら、私と召喚契約してるから、私には危害を加えられないんですよ。だから、手っ取り早くアスタさんを脅しの材料にされたんです。テヘペロ!」
「テヘペロじゃない!」
「……まぁ、でも、未知の召喚対象は召喚士にとって宝の山ですから!」
リンナは、深いため息をついた。
「……この子、危険な森に入った理由の半分くらい、それだったんじゃないかしら」
「半分? 失礼ですね。もっとあります!」
「増やさなくていいのよ!」
謁見の間に、小さな笑いが起こった。
しかし、ミレイアは内心で考えていた。
これだけの召喚獣と契約し、しかもそれぞれの能力を研究している。
通常の召喚士とは、あまりにも事情が違う。
彼女の能力については、まだ分からないことが多い。だからこそ、王国としても、その力をどう扱うべきか慎重に考えなければならなかった。
◇ ◇ ◇
「フロウベル殿」
国王が、改めて彼女に向き直った。
「今回の働き、見事であった。森の異変を調査し、被害が広がる前に対処したこと、王国としても感謝している」
「ありがとうございます!」
「今後も、冒険者として活動を続けるつもりか?」
「はい!」
フロウベルは、迷いなく答えた。
「私は、もっと召喚魔法を研究したいんです。そして、いつか必ず、夢に出てくるあのゴーレムを召喚してみせます!」
その言葉を聞き、国王は以前の謁見を思い出したように微笑んだ。
「そうだったな。君は、その夢を追いかけているのだった」
「はい!」
「ならば、その目標を大切にするといい。王国としても、君が召喚士として成長するために、できる限りの協力をしよう」
「本当ですか!?」
「ああ。ただし、無茶をして命を落とすようなことはしないでくれ」
「もちろんです!」
即答だった。
リンナは、すぐさま口を挟んだ。
「陛下。できれば、その『無茶』の基準についても、もう少し詳しく決めていただけると助かります」
「リンナさん!?」
「あなたの場合、自分は死ななそうだけど、周りが巻き込まれそうで信用できないのよ!」
国王は、とうとう声を上げて笑った。
「ははは! リンナ殿、今後もフロウベル殿を頼む」
「……陛下、それが『無茶』の基準そのものです」
リンナは、どこか遠い目をして答えた。
こうして、森の異変についての報告は終わった。
フロウベルとリンナには、引き続き冒険者として活動することが認められた。森の魔力溜まりについては、エルミドのギルドと連携しながら経過を確認することになる。
そしてフロウベルは、これからも召喚魔法の研究を続ける。
彼女の目標は、まだ遠い。
しかし、本人は少しも諦めていなかった。
◇ ◇ ◇
謁見を終え、フロウベルとリンナは王城の廊下を歩いていた。
そのとき、向こうから数人の貴族が歩いてくる。
その中に、見覚えのある顔があった。
以前、フロウベルの召喚獣を兵器として扱おうとした貴族である。
貴族もフロウベルに気づいたらしい。
一瞬、目が合った。
フロウベルは、にっこりと微笑んだ。
ただし、その目はまったく笑っていなかった。
そして――
「ぷるっ」
一匹のスライムが、貴族の前へと転がっていった。
続いて、もう一匹。
さらに、もう一匹。
気がつけば、貴族の進路を塞ぐように、青いスライムたちがぷるぷると並んでいた。
フロウベルは、貴族をじっと見つめたまま告げた。
「……かわいいでしょう?」
「…………」
貴族は何も答えなかった。
ただ、フロウベルを睨み返すと、スライムたちを避けて歩き去っていった。
「フロウベル……」
リンナが小声で呼びかける。
「はい?」
「……何でもないわ」
リンナは、これ以上何も言わないことにした。
この二人の間に何があったのか。
それを知っているからこそ、リンナは深く追及しなかった。
フロウベルは、去っていく貴族の背中を見つめていた。
笑顔は、まだ消えていない。
「さあ、リンナさん。帰りましょう!」
「……そうね」
リンナは、フロウベルの笑顔と、足元でぷるぷる揺れるスライムたちを見比べた。
――この笑顔は、絶対に何か企んでいる。
そう思ったが、口には出さなかった。
貴族は、まだ知らない。
自分が、フロウベルに目をつけられてしまったことを。




