第11話 森の主 ではないかも。
500匹のスライムたちが、一斉に同じ方向を見ていた。
森の奥から、響く音は、徐々に大きくなっている。
ゴゴゴゴゴ……。
「……何か来るわね」
シャンティが身構える。
リンナも剣を抜き、フロウベルの前に立った。
「フロウベル、下がって」
「えー!?ここから面白くなりそうなのに……」
不満顔のフロウベル。
「えー、じゃない!」
その隣で、アスタは顔を引きつらせていた。
「この感じ……」
木々が大きく揺れる。
バキバキバキッ!
太い木の枝が折れ、その向こうから巨大な影が姿を現した。
「うほぉ!? なんか大きいきたぁ!!」
フロウベルが嬉しそうに叫ぶ。
が、次の瞬間ある一部をみて、目の色がハイライトに変わる。
それは――蜘蛛だった。
いや。
正確には、巨大な蜘蛛の胴体に、人間の女性の上半身が繋がった姿。
長い黒髪。妖艶な肢体にでかい胸。
頭には二本の小さな角。
人間と変わらない顔立ちだが、その瞳には獣のような鋭さが宿っている。
八本の巨大な脚が地面を踏みしめる。
そして、その身体の周囲には――。
無数の蜘蛛の糸。
「……アラクネか」
アスタが呟いた。
「敵ですね!私は敵認定済みです!」
「違う!」
アスタは一歩、後ろへ下がる。
「アラクネは、魔族だ」
「魔族……?え、アラクネって魔物でなく魔族なの?」
長い年月生きてきたシャンティにも、知らない情報であった。
警戒しながら、アラクネを見る。
アラクネは三人とアスタ、そして500匹のスライムを見回した。
「……どなたかしら?」
静かな声だった。
敵意はない。
ただ、不思議そうにこちらを見ている。
「私たちは――」
シャンティが話しかけようとした、そのとき。
アラクネの視線がアスタへ向いた。
「……あら貴方、魔族ね。しかも悪魔」
「……ああ」
「珍しい」
アラクネは少しだけ首を傾げる。
「ここへ何をしに来たの?」
「俺は、この森の魔力を集めていただけだ」
「……そう」
アラクネはそれ以上、興味を示さなかった。
そして、フロウベルたちへ視線を戻す。
「あなたたちは?」
「冒険者です!」
「……そう」
アラクネは少し考える。
「なら、あなたたちも餌?」
「餌?」
フロウベルが首を傾げる。
「この狩猟場に来たのでしょう?」
「狩猟場?」
さらに首を傾げる。
「ここは、私の餌を狩る絶好の猟場なの。」
「え?え!? じゃあこの魔力溜まりは……」
「……私の餌を捕る罠よ、だから食べるわよ」
「ちょっと待って!」
リンナが慌てて前に出る。
「いきなり何を言ってるのよ!」
「何をって……」
アラクネは不思議そうな顔をする。
「狩猟場に入ってきたのだから、獲物でしょう?」
「……そういうことね」
シャンティが苦い顔をする。
アラクネは周囲を見渡す。
「この森は私の狩猟場。ここに入ってきたものは、餌になる」
フロウベルが聞く。
「アラクネさんは1人……なの?」
頭の中で、『数え方が匹じゃなく人でいいんだよな』と、どうでもいいことを考えている。
「……私たちの種族は大食漢だから」
「?」
フロウベルが首を傾げる。
アスタが説明する。
「アラクネ族は、基本的に群れない。自分だけの生活圏を作っているんだ」
「そうなの?」
シャンティがアスタを見る。
「ああ。アラクネは、とにかく食べる」
「……食べる?」
「ものすごくな」
アスタは真顔で続ける。
「だから、人間や魔族の町で暮らすのには向いていない。必要な食料の量が多すぎるんだ」
「なるほど……」
シャンティが納得する。
「だから森の奥に、自分たちだけの狩猟場を作っているのね」
「そういうことだ」
アラクネも頷く。
「私たちの種族は食べるから、仲間内でもなるべく場所を離して生活する。食料の枯渇問題にもなってしまうから」
アラクネは続ける。
「肉体的な空腹と魔力枯渇を防ぐためなら、基本的にはなんでも食べる。だからこそ、人里から離れて暮らしているの」
「なるほど、だから、狩猟場に来た私たち食べると?」
「ここに来たから」
即答だった。
「……なるほど。狩猟場に魔力溜まりを作って、獲物が来たら捕食すると」
シャンティが頭を抱える。
理屈は分かる。
分かるが、納得はできない。
「でも、ここに来る人間や魔族を全部食べていたら、危険じゃない?」
「狩猟場に来なければいい」
「そういう問題じゃないの。あなたがこの森のあっちこっちに魔力溜まりを作ったせいで、逃げた獲物が町や街道に現れて被害を出してるの! だから私たちが排除しに来ざるを得ないでしょう!」
シャンティが一気にまくしたてる。それなりに心配はしているらしい。
アラクネは少し考える。
「……そう?」
「そうよ!」
その横で、フロウベルはアラクネをじっと見ていた。
「……」
「フロウベル?」
リンナが声をかける。
「これ、召喚できたら面白そうですね」
「やっぱり考えてたのか!」
どうでもいいことを考えてたフロウベルに、リンナが叫ぶ。
「だって、知性もありますし、魔族なんですよ?」
「そこじゃない!」
「しかも、強そうです」
「そこでもない!」
シャンティも頭を抱える。
「あなた、今の話を聞いてた?」
「はい!」
「じゃあ、なぜ召喚の話になるのよ……」
「政治的な問題……かはわかりませんが、交渉は専門外ですし。それに召喚士ですから!」
胸を張るフロウベル。
「……もういいわ」
シャンティが諦めた。
その間にも、アラクネは話を続ける。
「私はこの森で狩りをしているだけ。魔力の濃い場所には、魔物が集まる」
アラクネは淡々と説明する。
「集まった魔物は、魔力を取り込んで強くなる」
「……」
「強くなれば、食べ応えがある」
「……そういうことだったのね」
シャンティが周囲を見る。
オーガ。
ワイバーン。
そして、それらの亜種。
「だから……」
リンナが呟く。
「森の魔物が強くなっていたのね」
「でも、全部が私の餌になるわけじゃない」
アラクネが続ける。
「逃げるものもいる」
「ああ、さっきシャンティさんが言ってたこと、当たってたんだ……」
リンナが顔を顰めて呟く。
「そう」
アスタが納得したように頷く。
「魔力を大量に取り込んだまま逃げた魔物が、亜種になったのか」
「たぶんね」
シャンティも頷く。
「これで、今までの異変が全部つながるわ」
アラクネは三人を見た。
「何か問題がある?」
シャンティが答える。
「あるわ」
「何?」
「あなたの狩猟場が広すぎるのよ」
「……?」
「魔力溜まりが森の奥だけじゃない。浅い場所までできている」
「餌が逃げるから」
「そのせいで、人間や魔族まで危険になる」
アラクネは少し考えた。
「……人間も、魔族も?」
「ええ」
「ここに来るなら、餌」
「だから!」
リンナが頭を抱える。
「その考え方をやめてほしいの!あなた、そのうち討伐されるわよ。」
アラクネは困ったように首を傾げる。
「……では、どうすれば?」
その言葉に、シャンティが少し驚いた。
「話し合う気はあるの?」
「私は、あなたたちを敵だとは思っていない」
アラクネは静かに答える。
「ただ、ここは私の狩猟場」
「……」
「ここに来るなら、私は狩る」
アスタが口を挟む。
「シャンティさん」
「なに?」
「こいつに悪意はない」
「分かってるわ」
「なら――」
アスタはアラクネを見る。
「狩猟場を、決めればいい」
「……どういうこと?」
「森の奥を、お前たちの狩猟場にするんだ」
アラクネが黙る。
「そこから外には魔力溜まりを作らない」
「……」
「そうすれば、人間も魔族も、そこへ近づかなければいい」
アスタはシャンティを見る。
「それなら、共存できるだろ?」
シャンティは少し考えた。
「……そうね、その境界線に関しては、今は仮で設けさせてもらって、王宮に報告して改めてちゃんとした領域を設けさせてもらうわ。」
フロウベルが手を挙げる。
「私も賛成です!」
「あなたは召喚したいだけでしょう?」
「それもあります!」
「堂々と言わないで」
アラクネが不思議な顔をして、フロウベルを見る。
「あなた、私を召喚するの」
「ぜひ、してみたいです!」
嬉々として返答する。
「やってみる?」
「いいんですか!?では、さっそく!」
フロウベルは呪文を唱え、魔法陣を作成する。
「ちょ、ちょっと何やってるの!?」
「ああ、やっちまった」
声を上げる、シャンティとリンナ。
すると、そこにいたはずのアラクネが消えて、魔法陣から現れる。
「おお、召喚できましたね!成功ですよ!」
喜ぶフロウベル。召喚されて出てきたアラクネは、
「不思議ね、空腹感はあるけど、魔力は満たされてるわ」
「へぇ、そうなんですか。」
「それに、ちょっと力が上がってるみたいね。」
「どれどれ」
召喚獣扱いなので、アラクネの情報を見るフロウベル
「………一度召喚したら、私の召喚獣として登録されちゃってますけど……いいですか?」
「……もう登録されちゃったんでしょ?かまわないわ。頻繁に呼び出さなければ」
心の広いアラクネ。
「じゃあ、一旦、解除しますね」
召喚解除を行うと、召喚前の場所に現れるアラクネ。
「……一度、満たされた魔力はそのままみたいね。力も……元には戻っていない」
「へぇ、そうなんですね。初めて知りました!じゃもう一回!」
再度、召喚。
「さっきと変わらないわよ。1度目の召喚の時と一緒ね」
「じゃあ、1回目の召喚で、上がるものは固定されちゃうんですね。はい解除。」
解除されたアラクネは、
「……さっきも言ったけどあまり頻繁に呼び出さないでね。」
「わっかりましたぁ!」
いろんな情報を知り得たので、ほっくほく顔のフロウベルである。
シャンティ、リンナ、アスタが頭を抱える。
「「「……なんなんだ、こいつ」」」
思いは一緒であった。
そして――。
「……分かった」
静かに頷いた。
「狩猟場を、森の奥に限定する」
「本当?」
「ああ」
アラクネは答える。
「私も、無駄に外へ出る必要はない」
シャンティがほっと息を吐く。
「それなら――」
その瞬間。
森の奥から、再び大きな音が響いた。
ゴゴゴゴゴ……。
500匹のスライムが、一斉にそちらを向く。
「……まだ何かいるの?」
リンナが呟く。
アラクネも振り返った。
「……あれ?」
「どうしました?」
フロウベルが聞く。
アラクネは、ほんの少しだけ表情を曇らせた。
「……私の狩猟場の、さらに奥」
「さらに奥?」
「あそこには、私たちも近づかない」
シャンティの顔から、笑みが消えた。
「……どういうこと?」
アラクネは答えなかった。
ただ、森の奥を見つめていた。
500匹のスライムも。
アスタも。
リンナも。
そしてフロウベルも。
同じ方向を見つめる。
森の異変は――。
まだ、終わっていなかった。




