第7話 空の魔物……スライムは飛ばない(ほんとに?)
ドン――。
森の奥から、再び地響きが響いた。
「……来るわ!」
シャンティが身構える。
リンナも剣を抜いた。
フロウベルは、目を輝かせながら森の奥を見つめている。
「どんな魔物でしょう?」
「だから、楽しそうにするなって……」
リンナが呆れたように言った、そのとき。
バサァッ!!
木々の間から、巨大な翼が現れた。
「――!」
翼が森の木々をなぎ倒しながら、空へ舞い上がる。
その姿を見た瞬間、シャンティの表情が変わった。
「!? ……ワイバーン」
「ワイバーン!?」
リンナも驚きの声を上げる。
「うわぁ!」
一人嬉しそうな目でワイバーンを見つめるフロウベル。
全長は十メートル近い。
巨大な翼。
鋭い爪。
長い尾。
そして、口から覗く無数の牙。
ドラゴンの亜種、あるいは劣化種とされる魔物。
ドラゴンほどの力は持たない。
それでも――。
普通の冒険者が相手にできるような魔物ではない。
「なんで……こんなところにワイバーンが……?」
シャンティが呟く。
「さっきの『魔力溜まり』と、何か関係があるのかもしれませんね」
フロウベルが答える。
「そうね……」
シャンティはワイバーンを見上げる。
「それにしても、ここまで来るなんて……」
ワイバーンがこちらを見た。
大きな翼が、ゆっくりと動く。
そして――。
咆哮。
「グオオオオオオオオオッ!!」
森全体が震える。
木々から鳥たちが一斉に飛び立った。
リンナが剣を構える。
「フロウベル! 今回はさすがにスライムじゃ――」
「わかってます!」
フロウベルは、500匹のスライムたちを見る。
「みんな!」
500匹が一斉にこちらを見る。
ぷるっ。
「今回は、お休みです!」
ぷる……。
500匹が、その場にとどまった。
「……え?」
リンナが固まる。
「スライムを戦わせないの?」
「だって、相手は空を飛んでますから」
何言ってんだこいつみたいな顔でリンナを見て、フロウベルは当然のように答える。
「この子たちが空を飛べるなら別ですけど、飛べませんから」
「……珍しく、まともな判断をしてる」
さっきの顔にムカついていたので、意趣返しするリンナ。
「どういう意味ですか?」
「いや、なんでもない」
シャンティも少し驚いていた。
「あなたがスライムを休ませるなんて……」
「召喚士ですから。相手に合わせて召喚獣を選ばないと」
「……」
シャンティとリンナが顔を見合わせる。
どうやら、今回は本当にまともらしい。
「なんか、悪いものでも食べた?」
「失礼ですね! では――」
フロウベルがワイバーンを見上げる。
「空を飛べる召喚獣を呼びましょう!」
その瞬間。
地面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「こ、こらぁ!?また、相談もなく!!」
リンナが一歩下がる。
「大きな魔法陣ね……」
シャンティも警戒する。
魔法陣から、光が噴き上がる。
風が巻き起こる。
木々が揺れる。
そして――。
「召喚!」
光の中から、一体の魔物が姿を現した。
巨大な翼。
鋭い嘴。
獅子のような身体。
そして、その姿には気高い威厳があった。
「……グリフォン?」
シャンティが呟く。
「はい!」
フロウベルが嬉しそうに答える。
「グリフォンです!」
グリフォンが翼を広げる。
ワイバーンと向き合う。
「グオオオオオオッ!」
ワイバーンが威嚇する。
グリフォンは――。
「グルル……」
低く唸った。
「大丈夫です。お願いします!」
フロウベルが声をかける。
グリフォンが空へ飛び上がった。
「速い……!」
リンナが目を見開く。
グリフォンは一気に高度を上げる。
ワイバーンも翼を広げ、迎え撃つ。
二体の巨大な魔物が、空中で激突した。
――ドゴォン!!
「うわっ!」
衝撃波が森を駆け抜ける。
しかし。
「……え?」
シャンティが目を見開いた。
押している。
グリフォンが。
ワイバーンを。
「グオッ!?」
ワイバーンが翼を大きくはためかせる。
しかしグリフォンは、その動きを上回った。
一瞬で背後へ回り込み――。
翼を大きく振る。
ドンッ!!
ワイバーンの巨体が吹き飛んだ。
「なっ……!?」
リンナが絶句する。
ワイバーンは木々を巻き込みながら地面へ落下した。
ズドォン!!
土煙が舞い上がる。
「ひゃっほい!!! やりました!! さっすが私のグリちゃんです!」
フロウベルが嬉しそうに両手を上げる。
「……いや」
リンナが呟く。
「おかしくない?」
「リンナさんの顔がですか?大丈夫ですよ、十分、見れる顔です」
「違うわよ!! グリフォンがワイバーンを圧倒してるって事よ!!ゼェ…ゼェ…」
フロウベルの首を絞め、グラグラと激しく揺らしながら、喚くリンナ。
「く、苦しい……です……」
白目をむきかけているフロウベル。
「ストップ!! 怒るのはわかるけど、死んじゃうわよ!」
「……あ、ご、ごめん。大丈夫?」
カーバンクルが癒し光をフロウベルに浴びせる。
「……はっ!?」
起き上がり、周りをキョロキョロするフロウベル。
「ごめんね……」
シュンとして謝るリンナ。
「夢なんでしょうか……川向こうで死んだおばあちゃんから、石を投げられました」
「呼ばれたんじゃなく?」
シャンティが聞いてくる。
「ええ。『こっちに来るんじゃねぇ、トラブルメーカーが!』とか叫んでました。」
「嫌われてたの!?」
「どうなんでしょうかね、たははは……」
どうでもいい話ではあるが、やらかしの天才は身内からもある意味厄介に思われているようだ。
「その話はいいわ、それよりあのグリフォンよ。異常だわ」
「そうなんですか?」
「普通なら、ワイバーンのほうが上位よ」
シャンティがワイバーンとグリフォンを交互に見ながら答える。
「でも、勝ってますよ? ワイバーンが弱っちいのでは?」
「そんなことないわよ。ワイバーンも普通に脅威レベルよ」
シャンティはグリフォンを見る。
グリフォンは、ワイバーンを見下ろしている。
まるで最初から勝敗が決まっていたかのように。
「……こんなに強いグリフォン、私は知らないわ」
「そうなんですか?」
「ええ」
フロウベルは少し考える。
「まぁ、勝ったからいいじゃないですか。」
暢気に答えるフロウベル。
「……」
「……」
シャンティとリンナが黙った。
「いや、そういう問題じゃないと思う」
リンナが呟く。
「でも、ちゃんと召喚術で普通の召喚をしただけですよ?」
「……ほんとに?」
疑うリンナ。
フロウベルには、本当に分かっていない。
なぜグリフォンがここまで強いのか。
なぜベヒモスも、あれほどの力を持っていたのか。
本人には、その共通点が見えていない。
ただ――。
「グリフォンも、強いんですね!」
嬉しそうに笑う。
シャンティは、その笑顔を見つめた。
「……そうね」
そして、心の中で呟く。
(本当に、それだけなのかしら……?)
その横では、リンナも同じことを考えていた。
(絶対、何かあるでしょ……)
◇
地面に落ちたワイバーンが、ゆっくりと立ち上がる。
まだ戦える。
そう思ったのだろう。
再び翼を広げる。
しかし――。
グリフォンが一歩前へ出た。
「グルル……」
その咆哮を聞いたワイバーンが、動きを止める。
そして。
ゆっくりと翼を畳んだ。
「……降参した?」
リンナが呟く。
「みたいね」
シャンティも驚いたように答える。
フロウベルは、グリフォンへ駆け寄った。
「すごいです! よくやりました! グリちゃん、グッジョブ!」
親指を立て、祝福するフロウベル。
グリフォンが誇らしげに胸を張る。
その姿を見ながら、シャンティはもう一度考える。
グリフォンは、決して弱い魔物ではない。
しかし――。
普通なら、ワイバーンをここまで圧倒できる存在ではない。
それなのに。
フロウベルが召喚したグリフォンは、明らかに違う。
「……やっぱり、何かあるわね」
誰にも聞こえない声で、シャンティが呟いた。
フロウベルは――。
「さて! 次は、何を召喚しましょうか!」
「もう次を考えるな!」
リンナのツッコミが、森に響いた。




