第1話 普通の護衛……のはずだった
王都セレナを出発して、しばらく。
馬車は街道をゆっくりと進んでいた。
御者席には、今回の依頼主である商人のグレイス。
荷台には商品。
その周囲にはフロウベルとリンナ。
そして――。
「ぷるっ」
「ぷるぷる」
「ぷるっ」
500匹のスライムが、ぞろぞろと馬車についてきている。
フロウベルの肩には、カーバンクル。
「……」
ここまでの道程、何事もなかった――わけはない。
すれ違う馬車がこの異様な光景を見て、中には相手が雇った冒険者が、魔獣と勘違いして討伐しようとする始末。
そりゃ、初見の冒険者ならそうなると思ってはいたが、ギルド経由で情報は回っていなかったのだろうか?
実は、王都のギルドマスターもイリアも失念していた。
王都を出れば、フロウベルたちがどれだけ驚かれるのかということを。
すでに二人とも、フロウベルに毒されかけているようである。
そのため、行く先々で説明を繰り返すことになり、散々である。
グレイスは、何度目か分からないため息をついた。
「本当に……ついてくるんですね」
「もちろんです」
フロウベルが答える。
「私の召喚獣ですから」
「いや、そういう意味ではなく……」
グレイスは後ろを見る。
街道いっぱいに広がるわけではない。
ちゃんと列を作り、馬車の後ろについてきている。
ただし、その数は500。
「……まあ、いいか」
グレイスは前を向いた。
「それより、目的地まではどのくらいですか?」
「このまま順調に進めば、今日の夕方には中間地点の宿場町に着きます。そこから明日の昼頃には目的地です」
「なるほど」
リンナが周囲を見回す。
「街道も平和そうね」
「はい。今回は普通の護衛ですから」
フロウベルが嬉しそうに答える。
「普通の護衛……」
リンナが小さく呟く。
王宮に呼ばれた。
四大魔獣を召喚した。
巨大な魔獣と戦った。
そして今、500匹のスライムと一緒に街道を歩いている。
『わたし、なんで巻き込まれたんだろう……』
リンナは心の中で呟く。
最初に、興味本位でフロウベルに声をかけたのが運の尽きである。
「……まあ、いいか」
リンナも考えるのをやめた。
その時だった。
「……ん?」
リンナが足を止める。
「どうしました?」
フロウベルが振り返る。
「何か聞こえない?」
「え?」
耳を澄ます。
街道の先。
草むらの奥から、ガサガサと音が聞こえる。
「……何かいますね」
グレイスの顔が強張る。
「まさか……魔獣?」
「その可能性が高いわね」
リンナが剣に手をかける。
次の瞬間――。
「グルァァァァッ!」
草むらから、数体のオークが飛び出してきた。
「来た!」
リンナが剣を抜く。
「グレイスさん、馬車を止めて!」
「わ、分かった!」
馬車が止まる。
オークたちは一斉にこちらへ向かってくる。
「フロウベル、下がって!」
リンナが前に出る。
「私が――」
「大丈夫ですよ! みんな、なんかやる気満々なんです!」
「え?」
フロウベルはオークではなく、後ろを振り返った。
「みんな」
「ぷるっ!」
500匹のスライムが、一斉に動いた。
「えっ?」
リンナが目を見開く。
次の瞬間。
スライムたちが地面を跳ね、オークへ向かって飛びかかっていく。
「ぷるっ!」
「ぷるぷるっ!」
「ぷるるるっ!」
一匹。
二匹。
十匹。
数十匹。
そして――数え切れないほどのスライムが、オークへと取りついていく。
「な……何してるの!?」
リンナが叫ぶ。
「私もよく分からないんですが、なんか、ベヒモスさんや、カーちゃんに対抗意識燃やしてるみたいで」
肩に乗っていたカーバンクルが、「えっ!?」という顔をしている……ように見えた。
何かまずいと思っているのかもしれない。
オークの脚に。
胴体に。
背中に。
頭に。
スライムたちが次々と張り付いていく。
「グルァ!?」
オークが暴れる。
しかし、スライムたちは離れない。
むしろ、その身体を包み込むように広がっていく。
「……え?」
リンナの顔が引きつる。
スライムに覆われた部分。
そこから、オークの身体が――消えていく。
溶けている。
いや。
溶けているというより――。
スライムの中へ、吸い込まれている。
「…………」
リンナは固まった。
「ちょっと……待って」
別のオークにも、スライムたちが一斉に飛びつく。
「ギャウッ!」
身体を覆われる。
輪郭が崩れる。
そして――。
ズズズ……。
オークの姿が、スライムの中へと沈んでいく。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!?」
リンナが思わず顔を覆う。
かなり目を覆いたくなる光景である。
「何これ!? 何してるの!?」
「すごい……!」
隣では、フロウベルが目を輝かせていた。
「なるほど! こんな戦い方ができたんですね!」
「そこ!?」
リンナが振り返る。
「今の見て、なんでそんな嬉しそうなのよ!?」
「だって、すごいじゃないですか!」
フロウベルは完全に興奮している。
「今までこんなこと、やったことありませんよ!」
「今まで知らなかったの!?」
「はい!」
「なんでそんな自信満々なのよ!」
リンナが叫んでいる間にも、戦闘は終わっていく。
オークたちの姿は次々と消え。
残ったのは――。
何もない街道。
そして。
「ぷるっ」
「ぷるぷる」
「ぷるっ」
何事もなかったかのように戻ってくる500匹のスライムだった。
「…………」
リンナは無言でスライムを見る。
スライムたちは、フロウベルの足元へ集まってくる。
「みんな、お疲れさまでした!」
「ぷるっ!」
フロウベルが嬉しそうに笑う。
肩にいたカーバンクルは、いつの間にか荷台の方に隠れている。
リンナは、ゆっくりとフロウベルを見る。
「ねえ、フロウベル」
「なんですか?」
「あの子たち……」
リンナは500匹のスライムを指差す。
「本当にスライム?」
「『スライム?』ですよ?」
「……そう」
リンナはそれ以上、何も言わなかった。
少し離れたところでは、グレイスも呆然としている。
「……すごいですね」
「でしょう?」
フロウベルが嬉しそうに答える。
「荷物運びもできますし、見張りもできますし、魔獣も倒せるんですよ!」
「……最後のは、初めて知りました」
「私もです!」
「…………」
グレイスは何とも言えない顔になった。
その横で、カーバンクルが小さく鳴く。
「きゅ……」
まるで――
『先輩、本気出さないでよ……』
と、心の中で泣いているようだった。
「さて、先を急ぎましょう!」
フロウベルが元気よく歩き出す。
「ぷるっ!」
「ぷるぷる!」
「ぷるっ!」
500匹のスライムも、その後をついていく。
リンナはしばらくその背中を眺めていた。
「……そういえば」
ふと、以前のことを思い出す。
リーフェンへ向かった時。
朝、目を覚ますと――。
そこには、ゴブリンの姿はなく。
武器や防具だけが残されていた。
「…………」
リンナはスライムたちを見る。
「まさか……」
「リンナさん?」
「……なんでもない」
今はまだ、確信できるほどの材料はなかった。
ただ――。
500匹のスライムを見る目が、ほんの少しだけ変わった。
その後は、特に問題もなく街道を進んだ。
夕方になる頃には、目的地の町が見えてくる。
「あれが、今回の目的地です」
グレイスが前方を指差す。
「着きましたね!」
フロウベルが嬉しそうに声を上げる。
馬車が町へ近づいていく。
門番がこちらに気づく。
そして――。
「…………」
門番の視線が、馬車から。
フロウベルへ。
リンナへ。
そして――。
その後ろに続く500匹のスライムへと移っていく。
「……あの」
門番が恐る恐る声をかける。
「はい?」
「そちらの……大量のスライムは?」
「ああ、私の召喚獣です。ギルドか、王宮から何か聞いてません?」
「…………」
門番はしばらく黙った。
「……本当だったんですね。クレイジーサモナーの噂は」
「誰ですか! そんな噂を流しているのは!」
「いえ、その連絡が来た時に、誰も信じてなくて……。『そんな奴がいたら、クレイジーだよな。ははは』となり、そのまま噂のクレイジーサモナーという通り名が……」
フロウベルは涙目である。
自業自得である。
リンナは、フロウベルに聞かせたらダメなやつじゃん、と思った。
なんだか、また何か起こりそうな気がする。
リンナは、ため息をついた。
こうしてフロウベルたちは、新たな町へと入っていった。
今回の依頼は、商人の護衛。
その目的は、商人と荷物を無事に目的地まで届けること。
そして今のところ――。
依頼は、順調だった?




