最終話 「私は速い」
祖母から、花が綺麗だから近くの公園を歩いて帰ると良いと言われ、ナラは一人目的もなく散策していた。
木々はざわめき、そよぐ風に揺られている。
ふと、木に咲く白い花に目を奪われ、顔を見上げる。
━━あれから随分、時が流れた。
ずっと隣にいた存在がいなくなった寂しさにも、慣れていた。
それでも、時々どうしようもなく泣きたくなるような感情を止めることはできない。
その時だった。
「……ナラ!」
背後から、呼びかける声がした。
反射的にナラは振り返る。
そして、目にその影が映ったと……
認識する間もなく、ナラは走り出した。
手が届く距離に迫り、ナラは勢いのまま、それを抱き締めた。
「エメ!」
確認するかのように、ナラは名前を読んだ。
エメは動けずにいた。
やがて、戸惑いながらもゆっくりと背中に腕を回し、強くナラを抱き締め返す。
「……ごめんね……ごめん」
「良いよ、そんなのもう!」
かすれた声で謝罪を繰り返すエメに、ナラは強く否定した。
今はもう、彼がここに戻って来たことが全てだった。
ただ、一言だけ。
「……おかえりなさい」
エメの顔を見上げて、ナラは言った。
いつの間にかに頬をつたっていたナラの涙を、エメは拭い、答える。
「ただいま」
エメは微笑んだ。
申し訳なさなのか、切望なのか、慈しみなのか━━その微笑に込められた意味を、ナラは理解できた訳ではない。
もしくは、その全てが入り混じっているのかもしれない。
ナラが口を開こうとしたところで、急に背後から衝撃が走った。
倒れそうになったのをエメが支える。
ナラは慌てて振り返ると、そこには見慣れたハイエナが一匹立っていた。
「おい、遅いぞ!」
息巻いたハイエナはミアとなる。
と、同時に木の影からカレア達が走って来た。
「ちょっとー!今絶対良いところじゃん!」
「馬鹿アネキーー!」
慌てふためき、ミアに駆け寄る。
ミアの方は「知るか」と、悪びれる様子もなかった。
「……えっと、何で皆ここにいるの?」
エメから離れ、ナラは友人達と向き合った。
「ナラのご両親が言ってたよ。今日エメが帰って来るって」
「え、知らなかったの私だけ…?」
若干ショックを受けるナラに、カレアは「サプライズ、サプライズ」と明るく話す。
「……みんな、ボク……」
申し訳なさそうに口を開こうとしたエメ。
それをルゥが遮った。
「まっ、ハイエナ的合理性で考えたら別になんてことないって話だろ。オレ達に何かあった訳じゃないし」
「……言うほどおまえ、合理的か?」
「うるせぇ」
「そうそ、せっかくルゥが強がってるんだから水差しちゃダメだよー」
「おいっ!」
相変わらずわちゃわちゃと騒ぐ三人。
エメは思わず笑みがこぼれた。
「みんな、ありがとう」
そうして、エメはナラの方に向き直る。
「……ナラも、ありがとう」
ナラも頬を緩めて、答えた。
「どういたしまして」
カレアとルゥは顔を見合わせて笑っていた。
「ん、それじゃあ久々にシャバに戻って来たんだから、美味いものでも食い行くだろ?」
いつものように空気を読まないルゥが切り出した。
「マーケットまで競争だ、負けたやつのおごり!」
そう言ってハイエナに変化し、目にも止まらぬ速さで公園を駆けて行った。
「あぁもぅっ!なんなんだアイツは……」
それを見て、ルゥが呆れ顔になる。
「でもそれ、オレも賛成だわ。それじゃあ先!」
「え、何?私不利なんですけどー!」
すぐに悪い顔になって姉に続くルゥに、カレアもインコになり、空を羽ばたく。
━━公園には、二人が残された。
「えっと、どうする?」
顔を覗き込むエメに、ナラは答えた。
「うん、行こうか。先に行ってて」
エメは頷き、ハチドリに変化した。
大空を舞い上がる翠の鳥を、ナラは目で追う。
やはり、エメのハチドリの姿は綺麗だと思う。
━━小さくて、速くて、どこまでも自由に飛んで行けそうだ。
エメが見えなくなったところで、ナラは目を閉じた。
全身を駆け巡る血液が、熱くなる感覚を覚える。
変わりゆく、手と脚の感覚、形。
次の瞬間、思いっきり地面を蹴った。
風の匂いを感じる。
速い。
━━私は、速い。
そう思いながら、ナラはどこまでも続いていけそうな道を駆け抜けて行った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この物語と登場人物の行く末を見守っていただき、作者としてはこの上ない幸せです。
さて、物語は完結しましたが、しばらくしたところで番外編を出せたらなと思います。
最後に、気に入っていただけたら評価やブックマークなどよろしくお願いします。
本当にありがとうございました!




