第31話 反する者達と結ぶ者達
無事、救助隊が到着した。
ナラは母と祖母に付き添われ、医療車に乗せられた。
そして、同じく治療が必要なルシアンも一緒の車内に運ばれていた。
母は隠しようもなく眉間に皺を寄せていたが、何も言うまいとルシアンに背を向ける。
「……何故なのでしょう」
そのルシアンが、ぼそり、と独り言のように呟いた。
「私は、間違っていない」
ルシアンは続けた。
「価値を理解してるものが保護し、管理する……それが可能な力を有している者の行うべきことであるはず……違いますか?ヴェイル夫人」
母が何か言おうとルシアンの方に振り向いたのを、祖母は制止した。
「……ご立派なお考えですね。流石、近年急成長を遂げたセルディアス帝国の侯爵閣下、我々も見習うべきことは大いにございます」
かしこまった姿勢で、祖母は答える。
ナラは目を瞬かせていた。
「『高貴さには義務を伴う』、と言ったところでしょうか?……あぁ、でも貴方の言うこととは少しずれているようですね。民を守るのではなく、その高貴な目的のためにずいぶんと切り捨てられる者がいるようで。……私の孫も些細な犠牲ということでしょうか?」
沈黙が、流れた。
「……否定はされないようですね」
祖母には、その沈黙が意図していることが分かったらしい。
「時に犠牲は避けられないものです」
その上で、祖母は続けた。
「ならば貴方が保護しようとしていたあの獣に、貴方が谷底に落とされようが、捕食されようが尊い犠牲と言うことでしょうか」
━━ルシアンは答えない。
ナラは無意識に、強く手に力を入れていた。
「……もっとも、その考えも、千年も続けば立派な思想として語られるのかもしれませんね」
祖母は容赦なく、続ける。
「しかしどうでしょう?そんなに長く全盛期を保ったままの国などあったでしょうか?貴方はそういったことにはお詳しいのではないですか?」
皮肉に皮肉を重ね、祖母はルシアンを見据えた。
「その頃には、『管理すべき』とお考えのどこかの国に、セルディアス帝国もアルケア王国も守られているだけの立場かもしれませんね」
何も、反応が返ってこなかった。
この会話は、ここで終わりを迎えたようだ。
「……お祖母様……なんだか、すごい……」
祖母の言うこと全てを理解できた訳ではない。
それでも凛とした態度でルシアンと向き合う祖母の姿にナラは圧倒されていた。
母は微笑んで答えた。
「そうよ、すごくてつよいのよ」
「およしなさい、貴方たち」
祖母は、いつもの余裕のある態度で二人に向き合った。
その視線は、既にルシアンには向けられていなかった。
*****
治療を受けたナラは折れた手足を固定され、病室のベッドの上にいた。
テオも軽症であったが、同室で入院している。
そこにナラの父が見舞いに来た。
父はナラの容態を嘆き、二度とこのようなことを起こさないようにと、何度も、何度も同じことを繰り返した。
ナラはただ「はい」と答えるしかなかった。
「君達が見たであろう巨大生物のことだけど、お祖母様が言うには……」
それが落ち着いたところで、父は話し始めた。
「一族……それも限られた人物に代々、渓谷の中に住む神として伝えられていた存在らしいんだ。記録では、雑食性の哺乳類に近い性質を持つらしい」
「雑食……」
「そう、本来は穏やかな生物らしいよ。危害を加えられそうになったから、抵抗したんだろうね」
「全く持って人間は無力なものだよ」と、父は溜息を漏らす。
それから、ルシアンに関する一連の流れを話し始めた。
━━そもそもの始まりは、テオが闇オークションに売られたことだった。
オークションの利用者であり、『収集家』のルシアンは前もってオーナーと交渉の末、テオを購入する手はずを整えていた。
しかし、テオは他の太客が興味を持つ価値があったため、ルシアンとの密約を破りテオをオークションの目玉として出品したのだ。
それに、怒りを覚えたルシアンはアルケアの警察組織に密告。
オーナーをわざと捕まえさせ、更に拘束先で自害と見せかけ暗殺。
更にテオとアルケアの貴重な『資源』を確保するため、適所に『スパイ』を潜り込ませた……ということらしい。
「……エメが証言してくれたんだ」
一通り説明をした後、父が話した。
「……そっか」
ナラは胸を押さえ、父に向き直る。
「エメはどうなるの?」
その質問に、父はしばらく考え、穏やかに答えた。
「何もない、というのは難しいけれど……捜査に協力的だし、情状酌量の余地もある。何より未成年だ。いずれ釈放はされるだろうね」
「そっか」と言うナラの声には、安堵の色が混ざっていた。
「……エメに伝えてほしいことがあるんだけど」
「なんだい?」
ナラは少し考え込んだ。
しばらく言葉を探した後、父の顔を真っ直ぐに見る。
「待ってる、って。待ってるから……いなくならないで、って伝えてくれる?」
負い目を感じていなくなるエメの姿が、ナラには想像できてしまった。
━━まだ、話したいことがたくさんあるのに。
そう、切実に願うナラに、テオも続く。
「おれも、許してあげるから気にするなって言っといて」
あくまで軽く言葉を掛けたテオに、ナラの父は頬を緩めた。
「しかし……ナラは本当にそれで良いのかい?」
「うん」
父はナラの瞳の揺るぎない意志を汲み取った。
親としては複雑な心境になりながらも、苦笑して答える。
「分かった。必ず伝えるとも」
父がそう言った瞬間だった。
勢い良く病室の扉が開いた。
「テオ!」
━━テオの母だ。
「大丈夫なの!?怪我は……」
母は鬼気迫る表情でテオに迫っていた。
一方、テオは落ち着いた態度で母に接する。
「おれは何ともない。ナラの方がやばいと思う」
「え……ナラさん!?」
そこでやっと母はナラに気付いたらしい。
手足はギブスで固定され、明らかに重症のナラに目をひん剥いて驚いていた。
そんなに驚かなくても、と思いつつナラは「大丈夫ですよー」と、苦笑した。
「ナラさんもなんだけど、テオだって気をつけないと……」
次に続く言葉を言いかけて、母はしまったとばかりに口をつぐんだ。
「命に関わるかもしれないんでしょ?」
それを淡々とテオは続ける。
「悪いやつが言ってた。おれの『ギフト』は命に関わるって」
一瞬にして、場の空気が凍てついた。
大人達は掛ける言葉を探していたが、それを察したテオが「ちがくて」と話す。
「……さらわれて、でかい生き物が暴れてて……その時おれ、自分でもビックリしたんだけど……」
誰も息をしないような静寂が、空間を包んでいた。
一呼吸置き、やがて意を決したテオは、喉が詰まるように、言葉を押し出した。
「……『死にたくない』って思ったんだ」
聞こえるかそうでないか。
その瀬戸際の声でテオは続けた。
「だから、『ギフト』なくなったとしても……生きたいと思う」
━━時が止まったかのように、音のない時間が一瞬駆け巡った。
テオは自信がなさそうに、目を伏せている。
ふと、母が手を伸ばし、テオを抱き締めた。
「な、なに?」
年頃の少年らしく、母を拒もうとするも、母は離す様子も見られない。
「……ありがとう」
「え?」
やがて、絞り出すような声が母から聞こえてきた。
「生きる、って言ってくれて……ありがとう」
はらはらと、母の目から涙がこぼれていた。
━━きっと、ずっと前から母はその言葉をテオから聞きたかったはずだ。
テオはもう抵抗していなかった。
下を向いて誰にも顔を見せまいとしている彼から、鼻をすする音が聞こえてくる。
━━やっと、この二人は……
ナラは込み上げる思いで、胸がいっぱいになっていた。
涙を堪えるナラの肩を、父は微笑みながらそっと支えていた。
次回は幕間のため、夜9時頃投稿します。
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