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【完結】いきものたちの国〜生き物に変身できる国で、ラプトル少女とハチドリ少年が出会った話〜  作者: きろみりぐらむ
第五章 禁足地の影

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第30話 『ハチドリ』の少年

━━ずっと奪われるだけの人生だった。


 売られる前のことは覚えていない。

 ただ、『エメ』という名前を与えられ、「お前は逸材だ」と言われたのが一番古い記憶だった。


 それから、自分の全ては他人によって作り出された。

 与えられたことをこなさなければ、食事を与えられなかった。

 気持ち悪い大人の手から逃れようとしたら、髪を引っ張られて「部屋」に引きずり込まれた。

 言動も、立ち振る舞いも、そういう姿を望まれたから定着させたものだ。

 そうやって、いつしか「完璧な作品」だと言われるようになった。

 今の主人が自分を買ったのも、そこが「都合が良かった」からだろう。


 ━━だけど彼女は、自分に何も求めなかった。

 困惑した。

 彼女にとって、自分はその他大勢と変わらない存在であり、その他大勢と同じ様に手を差し伸べるべき存在だった。

未熟で、繊細で……何故だか心地が良い。


 ━━そんな彼女を、自分が奪うようなことがあって良いはずがない。

 自分の意志などとうに失っていたのだと思っていた。

 けれど、彼女や彼女に関わる世界に触れて━━そう、そこにいたいのだと思ってしまった。


*****


 ナラは意識だけが、かろうじて残っていた。

 状況はよく分からない。

 ただ全身激痛が走っている。

 首に打たれた「何か」は身体の自由は奪うが、痛覚は残してくれているらしい。

 痛みに耐えながら、ナラはテオのことが気になっていた。


 「服毒された際、少しは動けるようになる方法」

 何時ぞや父から勝手に指導された時、まさかこれが活用される日が来るとは、思いもしなかった。

 できれば、テオを救出するために使いたかった。

 しかし、無駄な使い道ではなかったと、ナラは思うことにした。


 「ナラ!」


 ふと、近くでエメの声がした。

 

 「待ってね、まず解除薬打つから!」


 感覚はなかったが、エメの気配が間近にあることは感じられた。


 「……効くまで少しかかるけど、呼吸が楽になると思う」

 

 『解除薬』と言っていたものが打ち終わったのだろう、エメは続ける。


 「多分骨あちこち折れてる……頭は今のところ大丈夫そうだけど……鎮痛剤あれば良かったね、ごめん」


 そうして、エメはぽつりぽつりと状況を説明してくれた。


 ナラが谷の底ではなく、途中の棚に落ちたこと。

 全身かすり傷だらけだが、落ちている途中に木などに引っ掛かり、それがクッションのようになって致命傷は避けられたこと。

 テオも無事救出して、あの生き物もいなくなったこと。


 「……でも、ナラはすごいな。この薬、ボク打たれた時、全く動けなかったよ」


 そうして最後に、呟くようにナラに語りかけた。


 「……ボク、裏切ったのに」


 エメの深く息を吸う音が聞こえる。


 「なんで庇っちゃうの?」


 苦笑しながら話すエメ。

 しかし、その声は今にも泣きそうな声色を含んでいた。

 ナラは思わず唇を震わせていた。


 「……っ」

 「だめだよ、まだ無理しちゃ」

 「……かったから……」

 「死んで、ほしくなかった……」


 何の捻りもない、純粋に思ったままを口にしたナラ。

 エメの動きは止まっていた。


 「……そうだね、ボクもそうだ」


 難しいことは何にもない。

 エメは(にじ)む目を細める。


 「……ナラ、大好きだよ」


 ━━大切だから……愛しているから、生きてほしい。

 ただ、それだけなのだ。


 「だから死なせない。待っててね、必ず助けるから」

 

 そう言って、エメは背を向けた。

 ナラはぼやけた視界に焦点を合わせる。

 小さな鳥が空を舞っていた。

 翼を目で追うことはできない。

 ただ、翠の美しい身体が煌めいていた。

 エメのこの姿を、ナラはほとんど見たことがなかった。

 ただ、遠く離れていくエメを見て、万が一最期に目に映ったものがあれなのだとしたら、それはそれで良いのだと思えた。


*****


 渓谷中に鳴り響くような咆哮が聞こえ、ナラは目を見開いた。

 どうやら意識を失っていたらしい。

 それよりも、先程の声だ。


 あの大きな獣ではない。

 身の危険を感じていると、地面が揺れ動く音が近付いて来ていた。

 ぼんやりと輪郭が見える。

 眼光が見える。

 ざらつくような口元が見える。

 それが、間近でまた咆哮を上げた。

 鼓膜を突き破る轟音、そして開かれた口から規則正しく並んだ鋭い牙が……。


 ━━もう、だめだ。

 気が遠くなりながら、ナラは確信していた。


 「ナラ!」


 それが祖母の姿になった時、ナラの頭はまだ現実に追いついていなかった。


 「聞こえる?大丈夫?容体は?頭は?こんなに傷だらけになって!!」


 威厳も何もなく、祖母は取り乱していた。

 ナラはやはり状況が飲み込めていなかった。

 呆気にとられていると、祖母の後ろから首の長い生き物がナラの顔を覗き込んだ。

 ━━ダチョウだ。

 

 「お義母様、落ち着いてください」


 ダチョウはナラの母に変わり、冷静に祖母に話しかけた。

 祖母は咳払いをし、気まずそうに口を詰むぐ。


 「ナラ、よくがんばったわね。今鎮痛剤打つから待ってちょうだい」


 そうして首から下げていたバックから注射器を取り出し、ナラの腕にそれを打つ。

 しばらくしたところで、多少なりとも痛みが緩和された。


 「……今日はたくさん注射打つ日だなぁ……」


 ぽつりと呟いたナラの言葉に、母が少し口角を緩めた。


 「ちょっとは余裕が出てきたかしら。待っててね、もう少しで救助隊が来るから。……エメがね、家まで知らせに来てくれたの」


 ナラの身体を確認しながら、母が話し始めた。


 「体力使い切ってしまったのでしょうね、伝え終わったら半冬眠?って言うのかしら眠ってしまったけど、問題はないそうよ」


 ある程度確認が終わったところで、母がナラに耳打ちをする。


 「貴方がいなくなってから、お祖母様が家にいらっしゃっていたのだけどね。エメからの知らせを聞いた瞬間……あの姿になって真っ先に渓谷に向かって行ったの」


 ナラは目を瞬かせながら、それを聞いていた。


 「そのおかげで逆に私が冷静になれたのだけれどね」


 苦笑混じりに母は言った。

 そして、母は祖母へ顔を向ける。


 「私、初めて知りました。お義母様の『ギフト』……ティラノサウルスだったのですね」


 祖母は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


 「それはそうよ、一族内でも知る者は限られているのだから。変化したことも、今まで数回ほどしかないでしょうね」


 祖母は続けた。


 「これが発覚した時、随分苦労したもの。『淑女に相応しくない、役に立たない。だから隠すべきだ』なんて言われ続けたかしらねぇ……。」


 遠くを見ながら、どこかもの悲しげな顔を見せる祖母。

 今よりももっと、女性は淑女らしさを求められていた時代を生きていた人だ。

 きっと、話している以上に大変な苦労をし続けて来たのだろうと、ナラには想像ができた。


 「……だから、何かとナラを気がけてくださっていたのですね」


 母の問いに祖母は溜め息をついた。


 「私は全ての孫を愛しているわ。でも、同じ苦労をするであろう孫は、どうしても気になってしまうでしょう?」


 ……あぁ、そういうことだったのか、とナラは一人納得した。

 祖母がナラに言った『残念』という言葉の真意。

 それは自分の経験と重ねていたからだったのだと、今気付いた。

 それが分かったところで、心なしか息をするのが随分楽に感じた。


 「……お祖母様、これからもっとその『ギフト』使えば良いのに」 

 「何を今更」

 

 ふと呟いたナラの言葉に、祖母は苦笑した。


 「……格好良いのに」

 「そうね、かっこよくてつよいのよね」


 それに母が続く。


 「お祖母様は、格好良くて強いから、今更も何もないと思う……」


 ナラの言葉に、祖母は何も答えなかった。

 それでも、ナラは満たされた気持ちになっていた。


 「ところでお義母様、向こうに死に損ないの極悪人の方が転がっていますが、いかがいたしましょう?……注射器に目一っ杯空気含ませて打ち込んでおきましょうか?」

 「………おやめなさい」


 にこりと微笑む母を、祖母は正した。

 しかし、祖母も言葉を発するまで随分と間を置いていたことに、ナラは目を丸くしていた。

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