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【完結】いきものたちの国〜生き物に変身できる国で、ラプトル少女とハチドリ少年が出会った話〜  作者: きろみりぐらむ
第五章 禁足地の影

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第29話 禁足地

 ━━身体の感覚は既にない。

 呼吸もしづらくなっている。

 瞼は重くなりつつあるが、意識だけはまだはっきり残っていた。 


 ━━エメが、裏切っていた。

 いつから?もしかしたら最初から?

 胸が酷く苦しいのは注射器で打たれた「何か」のせいではきっとない。

 今はそれどころではない。

 ナラは自分の感情を切り捨てた。


 ……馬車に揺られしばらくして、扉が開いた。

 扉の先に見えたのは、人の気配が全くしない木々が広がる場所だった。

 遠くから大量の水が落ちる瀑声が響いている。

 ルシアンが話していた内容から察するに、おそらくここはヴェイルの渓谷の奥、禁足地だろう。

 馬車で行けるような場所ではないし、そもそも到着する時間が速すぎるが、それは今考えるべきではない。

 せめてテオだけでも助ける方法がないかと、ナラの頭にあるのはそれだけだった。


 「……『目標』、捕獲。運送準備完了しています。飛空艇の離陸準備も完了。ステルスモードも問題なし。……タンポポ『ギフト』の少年を移動させますか?」

 「あぁ、頼む。ついでに、こちらのラプトルの少女の確認も」


 布で顔を覆った男がルシアンに近付き、報告をした。

 ルシアンがそれに答えると、男はテオを抱え、そしてその後方で控えていたであろう別の男がナラを抱える。

 外に運ばれたナラは、男に何度も手足を捕まれては放され、瞼を開かされた。

 気持ちが悪い、と思いながらもナラは何もできなかった。

 やがて一通り確認し終えたのだろう、男はルシアンに耳打ちをする。


 「残念ながら、やはり貴方は『都合が悪い』」


 溜息をつきながら、ルシアンはナラに向かって言葉を発した。


 「ここで死んでもらわなければならないようです」

 「え?」

 

 視界には映っていないが、エメの声が聞こえる。

 

 「実に惜しい。貴方のギフトは非常に魅力的だ。研究したいことは尽きないのですが……。そうですね、何か身体の一部でも採取しておきましょうか」


 憂いを帯びた表情でルシアンは顔を伏せた。

 傍から見れば、それはまるで人を憐れむ女神のようだった。

 しかしそこにある感情に触れ、ナラは底冷えするような悪寒に襲われていた。


 「ただでさえ、貴方のご実家も都合が悪い。子どもを自分の身勝手で売るご両親ではないようですから。足がつくようなことはリスクが高すぎる」


 ━━やめろ、とナラは心の中ですり潰されるような気持ちが湧き上がった。

 その言葉が、どれほどテオの尊厳を傷つけているのか、彼は想像すらしていないだろう。


 「……そうですね、報告によると貴方はどうやら身の危険を感じても、感情が先に動く性分のようですから。それが死の理由に関係している、としましょうか」


 丁寧に淡々と、ルシアンは続ける。


 「むしろ、今まで何もなかった方がおかしいのかもしれませんね。今日まで貴方を守ってくださった神に感謝すると良いでしょう。……あぁ、そうです。神にはすぐお会いできるでしょうから、恐れなくとも良いですね」


 彼は皮肉ではなく、本心からそう思っているのだろうとナラには感じられた。

 その在り方が、ナラには理解できなかった。


 「タンポポの少年は薬に適応してくれたようです。こちらはしっかり管理いたしますので、ご安心くださいね」


 恐怖が、体の奥に染み込んできていた。

 どうにかしないと、と思っていても打破する方法が思い付かない。

 ここで本当に終わってしまうのか、と目を見開いた瞬間━━

 何か、大きな物が破壊される音がしたと同時に。

 低く唸るような……獣の鳴き声が響き渡る。


 「『目標』逃亡しました!逃げっ……!」


 叫び声が聞こえた方へ、ナラは眼球を動かした。


 ━━巨大な獣だ。


 クマではない。

 クマの2倍以上はある。

 全身毛に覆われた中に鋭い爪が見える。

 口の中から鋭い歯を見せ、唸りながら布を被った人間をなぎ倒している。

 それが、こちらの方へ向かって来ている。

 叫びたいのに、ナラの喉元から何も声が出ない。

 ナラを運んだ男は獣に向かい、吹き飛ばされて宙を舞っていた。

 逃げることさえできない。

 ナラが息も心臓も止まる恐怖に、飲み込まれた瞬間だった。

 視界を何かが遮る。


 エメの後ろ姿だ。

 ━━それをナラが薙ぎ払ったのは無意識だった。

 一瞬、酷く驚いたエメと目が合ったような気がした。

 それも束の間━━

 ナラは向かって来た獣に吹き飛ばされ、ルシアン共々谷底へと落下していった。


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