第24話 獣になっていく
カレアは『花まつり』以降、学園に姿を見せないナラが気がかりで仕方がなかった。
エメ曰く、体調を崩して調子が戻らないとのことであったが、数日経っても登校してこない。
エメに訊ねても「深刻ではない」と言うが、どこか的を得ない。
一週間経ったところでいよいよ心配になり、週末にハイエナ姉弟を連れてナラの屋敷へお見舞いに行くことにした。
家の門の扉を叩くと、最初は少し困った様子で使用人が対応したのだが、しばらくしてナラの母がやって来て、「ごめんなさい、体調は落ち着いてきたのだけど、まだ人前には出られないの」と話した。
それなら仕方ないと思い、これ以上長くいても迷惑だろうとカレア達は帰ろうとした。
その時、何やら屋敷の方が騒がしくなった。
「ちょっとナラ!!」
玄関でエメとテオが叫んでいる姿が見えた瞬間、何かがカレアめがけて飛び込んできた。
その衝撃が強すぎて、後ろに倒れてしまったカレア。
状況が飲み込めない彼女の視界に飛び込んできたのは、やたらと鳴き声を上げている謎の生物だった。
母は「やってしまった」と言わんばかりの表情で生き物に手を伸ばして抱き上げた。
「え?これ……ナラ、なの?」
恐る恐る声を出したカレアに、生き物は反応して、抱き上げた母の腕の中でばたばたと暴れて逃げ出した。
そして再びカレアの方に突っ込んでくる。
足下で鳴き声を上げて訴えかけている生き物に、思わずカレアは屈んで腕を広げると、嬉しそうに飛び込んできた。
「うえぇぇぇなにこれぇぇ可愛すぎるんですけどぉぉぉぉぉっ!?」
カレアは声を高くして叫んでいた。
「……え、本当にナラ?」
後方でルゥが様子を伺っていると、生き物━━ナラは一声鳴き、カレアの腕からスルリと抜け出した。
そうしてルゥの近くまで寄ってきて、鼻先で彼の手を軽く突く。
━━目が合ったルゥとナラ。
ナラは少し首を傾けてルゥを見つめていた。
「あぁぁぁぁ違う違う違う!そうだよな!ナラだよな!ごめんなぁ!!」
そう言って片手で目を覆って、もう片方の手で頭を撫で回すのを止めないルゥを、いつもの如くカレアとミアが冷たい目線を送っていた。
……それらの様子を眺めながら、母は男泣きしていた。
「心許せる友達がいるなんて、親としてこんなに嬉しいことはないわ」
エメから差し出されたハンカチを受け取り、目頭を押さえると、母は言った。
「ここで話すのもなんだから、良かったらお茶でも飲んで行ってちょうだい」
そう言って三人を屋敷の中に招いた。
*****
庭園が見える客間で皆が座っていると、ナラが母の近くに寄ってきた。
口には焼き菓子の入ったカゴを咥え、それを母に差し出す。
「ありがとう」
母がお礼を言って撫でると、ナラは嬉しそうに鳴き声を上げた。
「あれ、お礼素直に受け取ってる?」
カレアだけでなく、友人達はその様子を驚きながら見ていた。
「元々はね、ナラはこういう子だったの」
母は憂いを帯びた表情を見せた後、テオに頼んでナラを庭に連れて行かせた。
一人と一匹が庭でボール遊びをしているのを眺め、母は目を細めつつカレア達に向き直った。
「研究所にも連れて行ったのだけど、身体的には何も異常はないと言われたの。……学園で何か変わったことがなかったかしら?」
母の問いにカレアは、学園でのナラの様子を思い浮かべてみる。
「……異変……ナラはそういう姿をあまり見せていなかったと思います」
むしろ、カレアがショックを受けた時も寄り添ってくれたことを思い出し、やるせない気持ちがこみ上げてきていた。
「いつも人を助けようとするばっかりで。バレるのは嫌なのに……」
どこまでいってもあべこべで、自分のことはいつも後回し。
そんなナラの姿が思い出されて、カレアは溜息を漏らす。
「あの、そもそもナラは何故そのようになってしまったんですか?頑なにお礼言われたくないのは、やはり異様と言うか……」
ルゥの質問に母は苦笑し、お茶を一口口に含んだ。
意を決したのか、「心を許している貴方たちならね」と、ナラの過去の話を話し始めた。
━━ナラが幼い頃。
自分の名前の由来が「人を助ける人間であるように」と、祖母が名付けたのだと母が話したことがある。
それ以来、ナラは進んで人の手伝いをするようになった。
その時はまだ、人から感謝されるのを素直に喜んでいた。
けれど、ある日を境に、お礼を言われるのを避けるようになった。
「それってもしかして、ナラの従姉妹が関係してる?」
エメの指摘に母は驚いた様子だったが、「おそらく」と答えた。
「ナラが十歳の時だったかしら。本家で集まっていて、別の部屋にいた従姉妹を呼びに行ったことがあったのだけど……呼びに行ったはずなのに、一人で帰って来たの。そこから明らかに様子が変わってしまって……」
母は溜め息を漏らした。
「あまり言いたくないけれど、あのお嬢様は良くも悪くも『名門本家のお嬢様』だから……裏で心無いことを言っていてもおかしくないのよね」
「分かる気がする」
かつて自分に言い寄ってきた従姉妹の表情を思い出し、エメは眉をしかめた。
本人は上手く立ち回っているつもりなのだろう。
しかし、滲み出る悪意を隠しきれてはいなかった。
「何かあって人を助けるのは怖くなった。でも人を助けなきゃっていう義務感は残ってて、今の形になってしまった……っていうことなのかな」
「そうなのかもしれないわ」
母が悲しげな瞳で同意すると、ルゥはやるせなく、自分の手を強く握りしめた。
「なんだよ、それ」
━━沈黙が流れた。
皆が言葉を発せずにいた。
その中で、突然庭にいたテオが母に近寄ってきた。
「ごめん、どうしたら良いのか分かんなくて……」
戸惑っているテオに一同は何事かと思っていると、ナラが近寄ってきた。
口には長い首がぶらりと垂れ下がった鳥を咥え、嬉々として。
━━戦慄が走った。
「よくやった」
『それ』を受け取ったミアが頭を撫でると、満足してナラは庭に戻っていった。
「これ、もしかして思考が『ギフト』の方に引っ張られてる?」
エメが口を開いた。
「それじゃあ、このまま人に戻れなかったらどうなるの?」
そのカレアの問いに、誰も答えを持っていなかった。




