第20話 挑戦の終わり
授業で進めていた襟飾りと袖飾りは無事仕上がり、エメはいたくご機嫌であった。
「早く衣装に合わせてみたいなー」
なんて、鼻歌を歌い出す始末。
「そうだね、上手くできたと思うよ。……ハチドリの刺繍もそれなりに上手くできて良かったな」
ナラは刺繍を眺めながら話した。
「この国では、首の後ろが魂の出入りする場所っていう考えがあるんだ。……だから、そこを着る人に力を授けてくれた生物に守ってもらえますようにって、願いを込めて縫うのがこの刺繍の意味なんだよ」
そうナラが話すと、エメはまじまじとナラの顔を見た。
「ナラも、そういう風に思いながら縫ってたってこと?」
「そうだよ?」
当然のように答えるナラに、エメは一瞬顔を伏せた。
「そっか、嬉しいな!」
顔を上げた時にはいつものエメの笑顔になっていた。
違和感を覚えたナラだったが、ふと耳にした近くの生徒の会話に、意識を持っていかれる。
「慰霊祭の独唱、歌う人決まったんだって」
「どうせオウムの人でしょ?」
「そうそう、まぁ当然だよねぇ」
━━ナラは、時が止まったように感じた。
その後で心臓の音が大きく鳴っているような感覚に襲われた。
「ナラ……」
心配そうに顔を覗くエメ。
ナラは胸に手を当てる。
「……私がショック受けてる場面じゃないね」
深呼吸して呼吸を整え、ナラは歩き出した。
「ちょっと行ってくる」
エメは何か言おうとしたが、言葉を飲み込み、ナラの後ろ姿を見送った。
*****
ナラがカレアを見つけたのは、水辺の近くだった。
桟橋の縁に足をぶら下げて、水面をただ黙って見つめている。
ナラが名前を呼ぶと、振り返って笑顔を作っていた。
「ナラだー、どうかした?」
ナラが何も言えずに立ち尽くしていると、カレアの方が立ち上がってナラの方に近付いた。
「あ、聞いちゃった?やっぱりダメだったよねぇ」
「分かってはいたけどね」とカレアは続けた。
「オウムの奴、前引っかかってたパート、綺麗に歌えるようになってたの。才能だけじゃなくてちゃんと努力もしてた。……選ばれるの、当然だよね。……凄い、って思っちゃったし」
乾いた笑い声を上げて、カレアは呟いた。
無理に口角を上げようとしているのは、痛いほど伝わってきた。
ふと、ナラはカレアの指先に目をやる。
年頃の女子学生らしく、おしゃれに気を使っている彼女の爪はいつも鮮やかなカラーで彩られていた。
……それが、今は地の爪が露わになっている。
それに気付いて、ナラは目を閉じた後、カレアに手を伸ばした。
「え、なになに?やだなぁ」
唐突に抱き締められて、カレアは茶化すように笑った。
笑いながら、その言葉は震えていた。
カレアが今、なんてことないのだと振る舞いたいのは重々承知だ。
それでも、ナラはカレアに伸ばした腕を離すことはできなかった。
「相手、凄いの分かるよ。……でも、カレアもちゃんとがんばってたよ」
ナラの言葉に、カレアはぴたりと動きを止めた。
━━何も言えないでいるカレアを、ナラは黙って抱き締め続けていた。
「……そうだよ、私がんばった!ほんとにがんばった!」
やがて聞こえてきたカレアの、絞り出すような声には嗚咽が混じっていた。
「悔しいよ……選ばれたかった!」
「……そうだね」
せきを切ったように涙を流すカレア。
その背中を、ナラは優しくさすり続けた。
*****
「選ばれなかったけどさ、これからも歌うの一生懸命やっちゃうと思う」
ひとしきり泣いて落ち着いたところで、カレアは口を開いた。
「やっぱり私、歌うの好きだし。才能あるとかないとか、関係なくて」
そう言い切るカレアに、ナラは微笑んだ。
「素敵だね。……前にカレアが『本気でやった方が楽しい』って言ったの、覚えてる?」
「あれね、オウムの奴にイラッとしたやつだ」
「ほんと、何様って思ったし」と、その時の怒りを思い出したカレアはむくれた。
ナラは苦笑しつつ、カレアの方に向きなおして話した。
「うん……あの時のカレア、格好良かったよ」
カレアは目を丸くしたが、すぐにナラの背中をばしばしと叩いた。
「すんごい褒めてくれるじゃん!そう言われたら嬉しいんだけど」
地味に背中が痛いな、とナラは思っていた。
ふと、カレアの顔を見ると、彼女は綺麗な微笑みを浮かべていた。
「……けど、そだなぁー、また心折れた時は慰めてもらおうかな?」
カレアの発言に、ナラは両手を広げる。
「うん、私の胸ならいつでもお貸しします」
「もう、ドヤらないでって!」
日頃はあまり冗談に乗らないナラに、嬉しくなったのだろう、カレアは再びナラの背中を強く叩いた。
「……ありがとうね」
本人には気付かれないよう、小さな声でそう呟いたカレア。
「なぁに?」
「なんでもないよー」
そう言うと、カレアは「早く帰ろ!」と笑って校舎の方へ走り出した。
━━カレアの背中が眩しいな、と思いながらナラはその後に続いた。




