第19話 カレアの歌
気持ちが良い青空が広がっている昼下がり。
本日もナラは花壇の水遣り当番をしていた。
いつもはナラとエメ、二人でやっている花壇の水遣りだったが━━
今日はそれにカレアが加わっている。
というのも、歌唱部の顧問が本日は不在のため、昼練習がないからだ。
そうとは言えど、水を汲む時も、ナラが水をやってほしい場所を指示した時も、カレアはずっとそわそわしていて落ち着きがなかった。
「カレア、歌練習したいんでしょ?」
耐えかねてエメがカレアに声を掛けた。
「でもたまには喉休めないと、酷使するのは良くないよー」
「だよね、だよねー、分かってる」
自分にもそう言い聞かせながら、カレアは呟いた。
「カレア、そこもう水遣ってるよ」
「わぁっ!」
ナラに指摘され、カレアは持っていた水差しを落としてしまった。
エメは呆れつつ、水差しを拾ってカレアに渡す。
「……歌だったら、多少心得あるから聴こうか?」
その提案にカレアの表情は、ぱっと明るくなった。
「本当!?それじゃあ早速聞いてみて!」
切り替え早いな、とナラが感じたのも束の間。
カレアは、数歩距離を取りつつ、軽く咳払いをして、大きく息を吸った。
━━静かな空間を鳴らす鈴の音のように、綺麗な歌が響いた。
心の底から歌が好きなのだろう。
耳心地の良い歌声と、何より楽しそうなカレアの表情を目にして、ナラはしみじみと思った。
カレアは数フレーズ歌い、エメが軽く指摘する。
それを繰り返ししていたところで、休憩が終わる鐘の音が鳴り響いた。
*****
放課後になり、カレアは一目散に部室へと向かって行った。
慌てていたからだろうか、机には先程配られたプリントが乗ったままである。
「……届けに行こうかな」
「さんせーい!」
プリントを手にし、ナラとエメは歌唱部の部室へ、向かうことにした。
ナラは部室……もとい、音楽室の扉を開けて、中の様子を覗き込んだ。
数十人の生徒が個人であったり、グループであったり、各々練習している光景が広がっている。
カレアも、個人でパートの練習をしているようだ。
なるべく邪魔しないようにカレアに近付いたが、エメの存在に気付いた生徒が色めき立ち、かえって目立ってしまった。
「二人ともどうしたの?」
慌てて駆け寄るカレアに申し訳ないと思いながら、ナラはプリントを渡した。
「ごめん、これ忘れてたから渡したくて…邪魔しちゃったね」
「良いよ良いよ、わざわざごめんね!」
カレアに受け取ってもらえ、ナラは早々に立ち去ろうとした。
しかし、目の前に一人の男子生徒が立ちはだかり、阻止される。
「ごきげんよう、君達は入部希望者かい?」
身だしなみをきっちり整え、姿勢も大変よろしく、その態度から揺るぎない自信が滲み出ていた。
ナラがカレアに「誰?」と小さな声で尋ねると、「前言ってたオウムの奴」と答えた。
カレアは、オウムの男子に向き合った。
「この子らはただ、私に忘れ物届けに来ただけだよ」
それを聞いた男子は「なるほど」と言いつつ、再びナラ達の方へ顔を向けた。
「今は忙しいけど、『花まつり』が終わったら是非とも入部を検討してほしいね。そうだ、慰霊祭の時に歌唱部で献歌するから、参考に聴いてみてほしいな…代表者が歌う場面もあるから、是非にね」
そう言い終わると、今度はカレアに目をやる。
「君も結果は分かっているだろうから、そんなに力まなくても良いだろうに」
━━心臓が締め付けられるのをナラは感じた。
この男子、自分が選ばれて当然であると思っていそうな態度だったが…。
さらりと、突き刺す言葉を言い切ったのだ。
カレアはそれに動揺した様子もなく、はっきりとした口調で答えた。
「別に良いじゃん。本気でやった方が楽しいし」
「…そうかい」とだけ言うと、男子は踵を返して元の場所へ戻って行った。
ナラはカレアに目をやった。
カレアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ごめん、何か変な感じにしちゃったね」
やがてカレアから声を掛けられたところで、ナラ達は音楽室から去ることにした。
━━扉の前に来た瞬間、はっとなってナラは後ろを振り返った。
響き渡る、胸を揺さぶる音の震え。
━━空気が変わったのが分かった。
そして、その音の響きはオウムの男子から発せられたのが分かった。
言葉を失っていると、エメが無言でナラの肩に手を添える。
お互い何も声を発することなく、音楽室を出た。




