第18話 歌と刺繍
早朝、ナラ達が教室に入るなり、何やら興奮した様子のカレアが駆け寄って来た。
「ちょっとナラ、エメ聞いて!私、遂にやっちゃった!」
「……え、何やったの……?」
眉間を力ませているナラの顔に、カレアは「ちがうよ、そっちの意味じゃないから!」と全力で訂正する。
「『慰霊祭』のソロパート……立候補しちゃった!」
「なぁに、それ?」
はしゃぐカレアに反して、エメは首を傾げる。
「ごめんごめん!」と言ってカレアはエメに話した。
「『花まつり』の一番最後に『慰霊祭』が行われるのね、そこで歌を捧げる儀式の中でソロパートがあるんだけど……」
「なるほど、花形だ」
「そうそう!で、そのソロパートを歌唱部で募ってて、それに立候補したって訳!」
理解したエメは「おー」と言いながら、軽く拍手をした。
ナラもそれに続くと、カレアは照れたように手を振り回しながら「立候補しただけだから!」と話す。
「他にも候補者いるから選抜戦になったんだけどね!……最有力候補はオウム『ギフト』の男子なんだけど、とにかく私やってみる!」
嬉々として宣言するカレアに、ナラは胸の中が温かい気持ちでいっぱいになった。
「うん、応援してるよ」
ナラが言うと、カレアは満面の笑みを浮かべた。
*****
「ナラが選んでたから、ボクも取ったんだけど……」
選択授業で移動した先の教室で。
エメが席に着くなり、ナラに声を掛けた。
「『刺繍』の授業とかあるんだ」
「うん。この時期になると選択できるようになるみたい」
話ながらナラは机の上に刺繍の糸を並べた。
色彩豊かな糸の広がりを見て、エメの瞳が輝く。
「綺麗だね」
「うん、好きに使ってね。……これ、要は『花まつり』で伝統的な衣装着るんだけど、その襟と袖飾りを仕上げるための授業なんだよね」
ナラは続けた。
『花まつり』で着用する伝統的な衣装は、白い無地の衣服に、襟飾りと袖飾りを縫い付けたものである。
そしてその飾りには、自分の『ギフト』の生物やそれぞれの家系で伝わるモチーフ、植物や花などを刺繍する。
「最近は業者さんに頼む人も増えてきているらしいけど、基本は家族のために縫うものではあるかな。……私はお祖母様から送ってもらう予定だし、テオの分はお母様が縫うと言っていたから、二人でエメの分仕上げよう」
「はーい」
二人はまず、デザインを決めるところから取り掛かることにした。
「家族のために、ねぇ。……つまり、ナラにとってボクは家族みたいってこと?」
ふと、エメが思いついたように話した。
茶化すような含みを持たせて言ったようだったが、ナラは首を傾げる。
「え、けっこう長く一緒に暮らしてるよね?」
エメは一瞬ピタリと動きを止めたが、「そっかー」とだけ言うと慌ててデザイン図の方に目を向けた。
ナラは、エメが何が言いたかったのだろうと不思議に思いつつ、自分も作業を続けることにした。
自宅から持ってきていた父の襟飾りを参考に、首の後ろのところにハチドリ、植物や花のモチーフなど決めて図に描き起こしていく。
配られたデザイン案の資料をめくりつつ、エメの好みも聞きながら配色なども決めていった。
デザインが決まったところで、下地の布を張り、いよいよ縫い付ける作業へと入った。
ナラは得意とは言えないながらも、真面目に一つ一つ丁寧に糸を縫い上げていった。
エメも最初こそ上手くできなかったが、徐々にコツを掴んでいるようだ。
それをナラが褒めると「こういう余計なこと考えなくて良い作業、好きかも」と返ってきた。
「そういえばオニヤンマの子、仲良くなったの?」
慣れてきたのだろう、エメが指を動かしながら小声でナラに話をしてきた。
ナラも作業をしている他の生徒の邪魔にならないよう、小さな声で返す。
「……うーん、あんまり話できてないかも」
「そっか」
お互い、糸と布とに目を向けたままでいると、再びエメが話しかけてきた。
「ねぇ、ルゥって付き合い長いの?」
「え?……えっと、カレアほどじゃないけど、長いかな。ミアが突っかかってきたのを止めてくれて、それから話すようになったね」
「そっかー」
話の内容が唐突だと思いながらも、針を通しながらナラが答えると、またエメは続けた。
「……ねぇ、ナラはルゥのことどう思ってるの?」
「どうって、好きだよ?」
「……」
返事の返ってこなくなったエメに、ナラは思わず彼の方に目線をやった。
そうして、エメの手元に違和感があることに気付いた。
「あれ?エメ今刺してるところズレてるよ?」
「本当だ!……ダメだね、余計なこと考えちゃったら」
そう笑うエメに、ナラは不安な気持ちに駆られた。
「……大丈夫?」
「大丈夫だよ!」
エメは作業に戻った。
「元に戻さないとね」とズレた糸を解く。
その様子を見ながら、ナラは胸の奥がざわざわとして落ち着かなかった。




