第17話 『オニヤンマ』少年の事件簿(後編)
オニヤンマの男子は『妖精さん』の正体を聞いたその足で、ナラがいるクラスを訪れた。
そこで初めてナラの姿を目にして、男子のボルテージは最高潮に上昇した。
声のイメージと同じで、慎ましやかで奥ゆかしそうだ。
━━しかし、彼女の周りは派手めなクラスメイトが囲っているのである。
特に、恐ろしいほどの美人が常に彼女の隣にいて、腕を組んでいた。
非常に、非常に!声を掛けにくい!
まごまごしていると、日は無情にも過ぎていった。
男子は何度もナラのクラスの様子を伺っていたところで、友人達と離れ彼女が一人で歩み出していたのが見えた。
それを後から追っていた男子は、どぎまぎした気持ちを抑え、こういう時は勢いだ!と彼女の前に飛び出した。
*****
友人達と離れ、ナラはいつものように個別授業の教室へ向かっていた。
もう少し手前の教室なら良いのになぁ……と思いながら歩いていると、突然目の前にもの凄い勢いで見知らぬ男子が躍り出た。
「すみません!『妖精さん』ですよね!?」
「ひぃぃっ!」
「ごめんなさい、驚かせてしまって!『妖精さん』ですよね!?」
「違いますっ!!」
これは関わっては、いけない人間だ!
ナラはパニックになっていた。
その瞬間、背後から勢い良く四足歩行の獣が前に出た。
━━ハイエナだ。
それがルゥの形に変化する。
「なんだ、オマエ……」
今まで聞いたこともないドスの聞いた友人の声に、ナラは一瞬心臓がヒヤリとした。
「ナラ、どうかしたの?」
更に背中を軽く叩かれ、エメが現れた。
「この人知り合い?」
「ち、違うよ!」
「ふぅーん?それじゃあ何か用なのかなぁ?」
そう言って、エメはにこにこと男子を見た。
軽い口調ではあるが、その笑顔に圧を感じる。
「違うんです!先日自分、体調悪くて……その時に彼女から水貰ったんです!そのお礼がどうしてもしたくて!これ、その時のボトルです!」
「ありがとうございました!」と言いながら男子はナラに紙袋を差し出した。
「……あ、あの時の……」
多少心当たりがあったナラが紙袋を受け取ると、中には確かに自分のボトルと小さなお菓子が入っていた。
「よろしければ……その、お友達になれたらなぁーっと……」
もじもじしながら男子は言った。
それを怪訝そうな目でルゥが見ている。
エメは、少し悪い笑顔になって言った。
「そんなこと言ってー、下心あったりするんじゃないのー?」
「……」
「あ、あるんだ」
「ちがうちがっ!今のナシです!無し!」
必死に首を横に振る男子。
またルゥの雰囲気が凶悪になりかけているのを察して、ナラは前に出た。
「あの、こっちが勝手にやったことなので、お礼は良いです。……あと、このことは内緒にして欲しくて」
「え、何で?」
「あんまり人に知って欲しくないんです」
男子はポカンとしていたが、やがて自分の中で納得したらしく、「なるほど」と呟いた。
「……友達が増えるのは嬉しいんですけど。でも私なんか…」
「本当!?やったー!!」
ナラの言葉を最後まで聞かず、男子は喜びの声を上げた。
ルゥは隣で舌打ちをしていた。
それには気付かず、男子は嬉々としてナラに近付く。
「というか、人助けだけじゃなくて、人の恋実らせたり、痩せるの手伝ったりするんですね!そういう『ギフト』?」
「……え?」
一瞬にして小宇宙に引き込まれたナラに、エメが不敵な笑いを浮かべる。
「ふふふ、そうだよ。恋愛成就、合格祈願、家内安全、何でも叶えてくれるんだ。君もナラに祈りを捧げると良いよ」
「ちょっ、ちょっと」
「うわぁぁぁ、なんかありがたい気がしてきたぁぁ!」
「何で!?」
誤解を解く前に予鈴が鳴り響き、再びパニックになりながらも、ナラは教室へ急いだ。
*****
「なにそれー!ナラ『妖精さん』になっちゃってるんじゃん、面白すぎるって!」
「笑いごとじゃないよ……」
ランチの時間になり、カレアやミアも加わってオニヤンマの男子の話をすると、カレアはお腹を抱えて笑い出した。
「というか、おまえら何で別れた後すぐこいつ助けられたんだ?……ずっと見てたのか?気持ちわりぃ」
ミアが真顔でそう言うと「たまたまだし!」と
ルゥは動揺し、エメは「ひどーい」と大袈裟に傷付いた素振りを見せた。
「こーら、あんま言い過ぎないねー」
それをカレアが止めた上で、ルゥとエメに向き合う。
「でもさ、要は自分らの推しにファン候補が増えるようなもんでしょ、独占欲拗らせるより喜べば良いのに」
急に何の話をしているのだろう、とナラは思ったが、カレアは更に続ける。
「仮に拗らせるにしてもさ、エメは良いよ、分かる。でもルゥはアウトでしょ。ちょっとは反省しなね」
「なっ!」
その言葉にとどめを刺されたらしい。
うなだれるルゥを尻目に「おまえもけっこう言うよな」とミアが呟いた。
エメは満足気にしている。
「あのー……さっきから何話してるの?」
ナラが話の輪に入ろうとすると、カレアは笑って答えた。
「いいのいいの、気にしない!」
ルウの背中をばしばしと叩きながら「これ、いじめじゃないからね」と言った。
「それよりさ、ナラ最近元気なかったでしょ?ちょっとは気分転換になった?」
ナラはほんの少し動揺した。
ナラの感情の機微に、カレアはいつも聡い。
「……どう、なんだろうね」
答えた頭の隅で、テオの顔がちらついていた。
━━気にかけてもらっているのは、ありがたい。
そう思いつつも、ナラは複雑な気持ちになった。




