第16話 『オニヤンマ』少年の事件簿(前編)
空の世界は鳥達の独擅場ではなく、一部の昆虫類もまた、その生態を活かす場となっている。
オニヤンマの『ギフト』を授けられた男子生徒も然り。
彼は学園に到着し変化を解いて人に戻ったところで、激しい目眩と吐き気に襲われていた。
「……気持ち悪いぃ」
「お前さー、前は普通に飛んでたろ?」
一緒に登校していたカブトムシの『ギフト』の友人が、呆れたように声を掛ける。
「いや、だってこの前の授業でトンボは複眼だって習ったからさぁ……意識したらなんか気持ち悪くなっちゃって……」
「マジでダルいって。あー、どうする?保健室行く?」
「大丈夫……でもちょっと休んでから行くよ。先行ってて」
友人は、少し気になっている様子ではあったが、「じぁあ、先」と言ってその場を去った。
オニヤンマの男子は頭を抱えながら、近くのベンチに座った。
まだ目がぐるぐると回っている感覚が、離れてはくれない。
地面も揺れているようだ。
「……あの、大丈夫ですか?」
そうしていると、突然背後の方で声がした。
まだ物をはっきり認識はできないが、声からして女子だろう。
「あ、いや酷い乗り物酔い?みたいなものなので」
「……良かったら、これどうぞ」
そう言って手に触れたのは、ひんやりしたボトルだった。
中を確認したところ、入っていたのは冷たい水だ。
「すみま……」
男子がお礼を言おうと後ろを振り返ったが、そこにはすでに誰もいなかった。
狐につままれた気持ちで、男子は呆然と受け取ったボトルを眺めていた。
*****
「あぁー、それ『妖精さん』じゃない?」
「よう、せい、さん?」
カブトムシの友人に今朝起こったことを話したオニヤンマの男子は、想像だにしていなかったワードを耳にした。
「この学園に最近増えたらしい七不思議の一つ」
「え、七不思議って増えるの?」
「増えたり減ったりしてるらしい」
「えぇ……」と呟く男子に、友人は「こういうのはだいたいこうだから」とよく分からない理由を言った。
「それはともかく、最近何か困ったことが起きると、知らない間に解決してるってことがぼちぼち起こってるんだと。それは『妖精さん』が助けてくれてるから、っていう噂」
「へー、そんなのあるんだ」
━━ということは、と男子は考える。
目眩はしていたものの、今朝の女子の声は幻聴ではない(と信じたい)し、紛れもなく手元にあるボトルは存在してる。
つまり、他にもその『妖精さん』の事例を集めていけば、真実━━その正体に辿り着くかもしれない。
ボトルはきちんと持ち主に返したいし、お礼もしたい。
お礼はしないと落ち着かない。
━━あと、できればお近づきになりたい。
年頃の男子生徒としては健全な、邪な気持ちを若干持ちつつ、男子は調査を開始することにした。
*****
以下、学園内の生徒に尋ね聞いた『妖精さん』関連の事例である。
「花壇の水遣りを忘れて見に行ったら、すでに水遣りされた形跡があった」
「床に散らばったプリントが、気が付いたら集められていた」
「入学したばかりの頃、学園内で迷っていたら『こっち』と声が聞こえ、振り向いたら誰もいなかった」
「好きな人に告白したら、オーケーもらえた」
「『妖精さん』のおかげでプレゼンも成功し、五キロも減量できた」
━━つまるところ、困った時に姿を見せずに人を助け、恋愛成就、目的達成もアシストしてくれる存在らしい。
調査事例をまとめたメモを眺めながら、男子は顎に手をやって考え込んでいた。
……少々非現実的な事例も見られるのを考えると、本当に『妖精さん』なのでは?
そんな事を思いながら渡り廊下を歩いていたところで、「おーい」と頭上から声が聞こえた。
今まさに通り過ぎようとしてた木の幹から、カブトムシが飛んで来た。
そして、人間姿の友人に変化したのである。
「……え、何やってたの?」
「……間食」
「もしかして樹液?」
「……」
「やめなって、学園の樹液吸うの!」
「うっせ、コスパ最強だろ。肉食種は黙ってろ!」
「今の発言良くないって!というか、ダメだって!タダ飯食いじゃん!それライン越しちゃダメなやつだって!」
男子は強く訴えたが、友人は気に留めていないようだった。
「そんなことより」
男子にとっては「そんなこと」ではないのだが、友人は構わず続ける。
「『妖精さん』の正体、オレ分かっちゃったかも」
「えっ、マジ!?」
「それは俺がこの木で間食していた時のこと……」と、友人は語り出した。
曰く、いつもなら何も考えずに間食するが、男子が言っていることを思い出し、気がけて廊下を眺めていたらしい。
そしたら、何度か気付かれないようにしながら人助けしている女子生徒がいるのを見かけた、とのこと。
「あれは、ヴェイル家のナラ嬢だったと思う」
「うっわ、マジの有力情報だ!ありがとう、早速行ってみる!」
「あ、ちょっと待っ……」
友人が言いかけているのにも気づかず、男子は善は急げとばかりに、嬉々としてその場を去って行った。
「……でもあの子に声掛けるの、いろいろ大変そうだけどなぁ……」
残された友人はそう呟きつつ、男子の健闘を祈った。




