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【完結】いきものたちの国〜生き物に変身できる国で、ラプトル少女とハチドリ少年が出会った話〜  作者: きろみりぐらむ
第二章 庭と渓谷

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第15話 玄関先の男

 その日、ナラは自室で本を読んでいた。

 窓を開けて心地よい風を感じていたが、ふと表の方が騒がしくなっていることに気付く。

 何事だろうかと正門へ向かうと、門の向こう側で男女が言い争っており、対応した使用人が困惑しているのが見えた。

 その男女のうち女性がテオの母だと気付き、ナラは近寄ろうとした。

 しかし、もう一人の男の様子がおかしく、足を止めて物陰に隠れた。

 ━━男の身なりは小汚く、無精髭が生えた顔は土気色をしているのに、目だけはギラギラとしている。

 テオの母は必死で男を止めようとしているようだった。

 それを無視して、男は叫んでいた。


 「ここにあいつがいるんだろ!」

 「あいつがまだいるから、君はあんなこと言ったんだ!じゃないとおかしいだろ!」

 「あいつは施設に預けたら良い、そしてまた仲良く暮らそう!俺ももっと君に尽くすから!」

 「あいつがいなかった頃、俺達幸せだったじゃないか!」


 ……一方的に、ずっと、そんなことを叫んでいた。

 ナラは気分が悪くなってきた。

 テオの母は男の声を聞いて、顔が真っ青になっていた。

 ナラが胸を押さえていると━━

 背後から現れたナラの父が、ナラの肩に触れ、前に出た。


 「やれやれ、うちの使用人は忙しいのに、仕事を増やすものじゃないよ」

 

 そう言いながら父が正門へ出ると、「誰だ、お前!」と男が飛びかかってきた。

 父は殴ろうとしていた男の手を取り、そのまま後ろに回して男を拘束する。


 「君、そちらのレディから接近禁止令が出されていただろう?それがどういうことなのか分かっていないようなら、しっかり理解してもらわないとねぇ」


 悶える男に対し、至って冷静な口調で父は言った。

 これでひとまず安心か……と、ナラが胸を撫で下ろしたのも束の間。

 人が去った気配に気付いて、ナラははっとなった。

 気配の後を追って見えたのは、テオの後ろ姿だった。


*****


 夕食を乗せたトレーを手に、ナラはテオの部屋の扉をノックした。

 返事はなかったが、一言声を掛けて中に入る。

 ━━暗い部屋の中で無表情のテオがベッドの上に座っていた。

 テーブルの上にトレーを置くと、テオが口を開いた。

 「慰めるとか、やめてね。親から愛されてるナラにおれの気持ち、分かるはずない」


 ナラが何も言えず固まっていると、テオはこちらを見ないまま、うつむく。


 「……もう、どうでも良い……やっぱりいなくなった方が良いかも」


 感情のない声にナラは胸が締め付けられた。


 「テオの気持ち、分からないかもしれないけど……私にはあの男の人がまともじゃないって思ったよ」


 このまま立ち去るのが良いのだろう。

 そう思う一方で、ナラは意を決して口を開いた。


 「あと、私はテオがいなくなったら……嫌だと思う」

 「だから、そういうの良いって」

 「……逆に、」


 緊張しながらも、ナラは続けた。


 「テオは私が急にいなくなったら平気?」


 一瞬、時が止まったような、間が流れた。

 テオは大きく目を見開き、それからまた何も言わなくなった。


 「良かった。流石に平気って言われたらちょっとショックだったかも」


 なるべく軽い口調でナラは言った。

 ━━こう思うのは、おこがましい考えじゃないかと不安には思っていた。

 一緒に過ごしてきた時間は、そう長くはないかもしれない。

 それでも、その時間の中で生まれた感情の積み重ねが、全くなかったとは言いたくはなかった。


 「……多分、テオがいなくなって良いって思ってないの、私だけじゃないと思うよ」


 相変わらずテオに反応はない。


 「ごめん、ご飯食べれそうなら食べて」


 そう言うとナラは部屋から離れた。



*****


 リビングへ戻ると、ナラの母が落ち着かない様子で立ちながら待っていた。

 そこでナラはテオの母が一時保護施設で保護されたこと、そして彼女の元夫が警察に拘束されたことを知った。


 「テオの様子は……大事ないかしら。何か言ってた?」


 母は訊ねた。

 ナラの脳裏には先程のうつむいたテオの姿がよぎる。


 「『どうでも良い』って言ってた……」


 そんなことはないのに、とナラは思う。

 本来なら彼を守るべき人間に、あそこまで悪意をぶつけられるなんて━━あってはならないはずだ。


 「なんで?なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろう」


 ずっと積もっていた苦しい気持ちが溢れ出し、ナラはこぼすように母に呟いた。


 「テオも、テオのお母様も悪くないの。……でも、やるせないわね」

 

 母もまた、悲哀に満ちた表情で目を伏せている。

 テオの母とも交流のある彼女なりに、思うことがあるのだろう。 

 母は真っ直ぐ、ナラの目を見た。


 「大人の都合に巻き込んでしまってごめんなさいね。貴方にまで、悲しい気持ちにさせてしまった……」

 「私のことはどうでも良いよ」


 そう言ってうつむくナラに、母は優しく背中に手を添えた。

 母はほんの少しの間、まぶたを閉じる。

 ━━自分のことはどうでも良い。

 ……奇しくも二人が同じ言葉を口にしたことに、おそらくナラ自身気付いていないのだろう。


 

 


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