第14話 庭先の女性
ナラの家にて。
シンプルながら整えられた庭には、小規模ではあるが丈夫な
造りの温室がある。
その中で、ナラとエメは水遣りをしていた。
「今更だけど」
水差しを動かしながらエメが話し始めた。
「この花、学校でも育ててたのと同じだよね」
エメが水をかけたプランターには、手の平の中にすっぽりと収まりそうな大きさの、白い花が咲いている。
その楕円形の葉に水滴が滴り、つやつやと輝いていた。
「この花はこの国にとって大切な花だから……『花まつり』でも、メインでお供えするような花なんだよね」
こういう話があるんだけど━━と、ナラはこの国の、古い言い伝えを語り出した。
「昔々、父なる男神様と母なる女神様が海の向こうからやって来て、水面を掻き混ぜてこの国を作りました。そうしてできた国で最初の子どもが生まれたのですが……」
途中、切れそうになった呼吸を整えてナラは続ける。
エメは黙ってナラの言葉に耳を傾けていた。
「その子はすぐに亡くなり、亡骸から様々な穀物や豆等が生まれました。そして最後に心臓から生まれたのが、白い花でした。以後、神様達はこの花を愛でられ、この国にとっても大切な花となりましたとさ……っていうお話」
「……へぇ、神話っぽいお話だねぇ」
「神話だからね」
エメは感心したようだったが、とぼけたようなことを言った。
それにナラは真面目に答える。
「この花とか、家を象徴する花や植物を各家で育てることが多いかな。そして育てた花を『花まつり』で身に着けたり、奉納したりするんだよ」
「なるほど、だからどの家でも花育ててるの見かけるんだね」
合点が入った様子のエメに、その通りだとナラが答える。
エメは少し自慢げになって「もっと褒めていいよ」と笑った。
*****
一仕事終えエメは庭に隣接した、屋敷を囲む塀に目をやる。
そこに設置された小さな扉に気付き、指差した。
「ここから出れるんだね」
何も考えぬまま、ナラは施錠を外し、扉に手を掛けた。
「そうそう、あんまり使ってないけど、ここ裏口になってて……」
扉を開くと、塀に手をやり頭をスカーフで隠した女性が立っていた。
ナラはその女性と目が合い……一瞬、間があって。
女性は慌てて逃げ出した。
「あ、ちょっと!」
咄嗟にナラは追いかけた。
エメも慌てて後に続く。
女性は特別速いという訳でもなかったので、ナラはあっという間に距離を詰めて、彼女の手を取った。
「すみません、違うんです!」
何が違うのか分からないが、女性が訴える。
「もー!またそうやって怪しい人すぐ追いかける!危ないって!」
エメが大きな声を上げながら後ろから駆け寄ってきた。
「とりあえず警察呼んだ方が良い?」
「待ってください!私、その…」
エメの口から「警察」のワードが聞こえたところで、女性は慌てて頭を覆っていたスカーフを取って、隠していた目元を現した。
「私、お宅でお世話になっているテオの母親なんです」
申し訳なさそうに目を伏せる女性は、顔立ちの整った美人で、目がテオにそっくりだった。
ナラとエメは戸惑いながら顔を見合わせる。
「……えっと、テオのお母様がなんでここに?」
恐る恐るエメが訊ねると、暗い表情のままテオの母は答えた。
「今は会わないのがお互いのためっていうのは分かってるんです。……それでも、遠くでも良いから一目見たくて……」
ナラは胸に痛みを覚えた。
言葉が尻すぼみになりながら話す母の姿は、切実さが滲み出ていた。
テオがナラの家に来て、数ヶ月が過ぎようとしている。
子どもの自分が母の気持ちを全て理解するのは難しい。
しかしテオの母はある日突然息子と離れ離れになった。
その後会えずして今日を迎えているのなら、それは耐え難いことだとは想像できた。
「……その、判断するのは私達ではないので、私からテオに会わせることはできないんですけど……」
たどたどしく、ナラはテオの母に声を掛ける。
「……テオは元気にしてます。なかなか心を開いてくれないので、気持ちを汲んであげられていないこともあるかもしれませんが……」
それを耳にして、テオの母は少し安心したようにナラを見つめた。
「貴方はナラさんよね?」
「え?」
「……あ、ごめんなさい。私貴方のお母様と手紙のやり取りをしていて、娘さんがいるって聞いていたから……」
自分の母と手紙の交換をしていたのかと、ナラは内心驚いていた。
しかしそれを口に出すのはためらわれて黙っていると、テオの母は続けた。
「どうか、テオをお願いね」
それだけ言うと、彼女は去っていった。
「なんだか、すごく疲れた顔してたね」
角の向こうにテオの母が消えたのを確認して、エメが呟く。
エメの言う通り、彼女の目の下にはクマが濃く刻まれ、血色も健康的だとは言いがたかった。
━━胸の奥が、ざわめくような姿だった。
「良かったのかな……」
やるせない気持ちを押さえながら、ナラは呟いた。




