第13話 渓谷へ(休憩)
「たまにね、さっきみたいに落ちる子がいるからねぇ、本当大事なくて良かったなぁ」
「でもねぇ、やっぱり今後は気をつけてねぇ」
「……すみません、ありがとうございました」
管理センターでナラは、先程エメを助けてくれたカワウソと話をしていた。
彼は渓谷を管理する職員の一人らしい。
そんな彼はカワウソの姿のまま、水かきのある小さな手でナラに袋を渡す。
「一応濡れたお洋服、脱水しておいたからね。まだ濡れてるけど。……それより、お嬢様のお連れさんなんだから、着替えの代金いらないんだけどねぇ」
「いえいえ、そんなことしたら祖母にも怒られますから!」
祖母の名を出したとたん、納得したらしいカワウソは「それなら仕方ないかぁ」とうんうん唸った。
カワウソ……ちょっと愛嬌あるなと思いながら、ナラは管理センターを後にした。
*****
川の近くに、開けた休憩スペースが設置されてる。
そこのベンチに、エメは一人で座っていた。
大きめで袖も余っている服に着替え、頭にはタオルを被っている。
ナラは声を掛け、近くの売店で買ったジンジャーティーをエメに渡した。
湯気がまだ残っているお茶を口にして、「温かいね」とエメは微笑む。
その様子を見て、ナラは言うべきかどうか迷っていたことを聞くことにした。
「さっきの……気を悪くしたらごめん、なんだけど」
「なぁに?」
「ああいう場になったら、誰でも咄嗟にそうするんだろうけど……正直、エメがテオ助けたの、意外だって思ってしまって……」
意を決して、ナラは話を続けた。
「エメはテオと距離を取ってる気がしていたから……」
口にしてしまうと、妙に緊張感があるなとナラは思った。
エメがコミュニケーション能力に優れているのは言うまでもない。
いつの間にか人の懐の内に入り込んでいる器用さがうかがえる。
そんなエメがテオと接する時の微妙な距離感を、ナラは何となく感じていた。
エメは動きを止める。
それは一瞬だけで、再びお茶を飲んで余裕がある表情を見せた。
「だって、本人があんまり関わってほしそうにないのに、無理には近寄れないでしょ」
「えぇー」
自分にはグイグイ来てるのに……と内心思っていると、それを察したらしいエメが「ナラは特別!」と笑った。
「でも、そうだな。罪悪感があるから、かもね」
「罪悪、感?」
「……ボクはほら、『例のオークション』で彼を売る側の人間だったし」
「え、でもそれは……」
エメも被害者側じゃないとかとナラは言いかけた。
それを遮るように、エメはナラの服の裾を引っ張る。
「それよりさ、隣座って」
まだ、言いたいことはあったが、ナラはそれを飲み込んだ。
納得したわけではないが、おずおずと隣に座る。
エメは満足気に遠くに目をやった。
目線の先には、友人達とテオがパスボールしている姿があった。
売店でボールを見つけたミアが「こぞう、球蹴りするぞ」と、半ば強引にテオを連れて行ったのである。
嫌がっていたテオだったが、ルゥのサポートもあって、上手くボールを相手に向かって蹴ることができるようになっていた。
「三人がついて来たのって、ナラが『十歳くらいの男の子と、どうやったら仲良くなれる?』ってカレアに聞いてたからだよね」
遠くを眺めながら、エメが言った。
「……多分そうだと思う」
「だよね。本当、みんな良い友達だね」
カレアの大きな笑い声が響いた。
自分が蹴ったボールがあらぬ方向に飛んでいったからだろう。
「私もそう思うよ」
汗をかきながら、一生懸命にしているテオの姿を見て、ナラの胸に静かな温かい気持ちがこみ上げていた。
*****
さっきまではしゃいでいたカレアが、ナラに駆け寄って来た。
「ボール、立入禁止区域に入っちゃった!がんばれば捕れそうだけど、入っちゃダメかな?」
「あ、駄目だよ!入らない方が良いよ!管理人さんに声掛けてくるから待ってて!」
慌ててカレアを制止して、ナラは管理センターの方に駆け込んだ。
先程のカワウソとは別の人に頼んで、ボールを取ってもらう。
カレアの言う通り、比較的手前で止まっていたボールは、管理人の手によって難なく救出されていた。
管理人を見送ったところで、カレアがナラに話した。
「思ったんだけど、ここって立入禁止区域の方が広いよね。入れるとこってほんの一部なんだ」
皮肉という訳でもなく、カレアはただ純粋な疑問としてナラに話したようだった。
「うん、私も普段公開されてない所だったら、儀式で使われる祭壇ぐらいしか入ったことないかも。特に奥は禁足地になってるし……」
「そっか」
ボールも無事戻ったところで、二人は友人達の元へ戻ることにした。
先程まで目の前にあったフェンスが、遠くなっていく。
そのフェンスの向こうにはな鬱蒼と茂る緑が広がっていた。




