幕間 イリス③
下宿先にて。
イリスは怒っていた。
(セルディアスの奴らめ!)
━━淑女たるもの、感情に任せて乱暴な言葉を使ってはなりません。
母のその教えは、遠い昔に海の底へ沈めていた。
というのも、留学先の学園にてイリスが何かする度に、
「あらまぁ、イリス様はセルディアスのマナーがお上手なのですね」
「言葉もお上手ですわ」
「魔法も使いこなされて素晴らしいですわね、オホホホ……」
と、クラスメイトは褒めちぎるのである。
その裏には「異国人なのに」という見下しがチラついているのを、イリスはひしひしと感じていた。
(こっちは物心ついた時から、叩き込まれてますけど!!)
心の中で叫びつつ、手元が暗くなってきたのでデスクライトのスイッチを押した。
しかし、ライトは、ちかちかと点いたり消えたりを繰り返している。
投げ出したい衝動を抑えながら、イリスは部屋を出た。
隣接する談話室には、グレイが控えていた。
いつもだったら近寄りもしないが、興奮が抑えられないイリスは構わず迫った。
「すみません!ライト切れそうなので電球を取り換えたいのですが!」
グレイは最初面食らっていたが、気を取り直して答える。
「……それは俺の仕事ではないだろ」
「グレイさんが一番近かったので!大家さんいないみたいですし!」
そう言われて、グレイは渋々ライトを受け取った。
しばらくライトを回してあちこち見ていたグレイだったが、あることに気付き、ぼそりと呟く。
「……電球取り換えたところで、これつかないぞ」
「え、どういうことですか?」
「このライト、『魔鉱石』で動いてる」
「『魔鉱石』?」
「こういう『魔道具』の原動力になる鉱石のことだ。……今は採取されてないから、もう使えない」
「『魔道具』?……って、使えないということですか!」
よく分からない単語が出てきたが、それより使えないことがショックでイリスは頭を抱えた。
「……大家さんが帰ってきたら別のライトに交換してもらいましょう。……はぁ、とりあえず課題は談話室の方でやることにします」
とぼとぼと部屋に戻ったイリスだったが、ふと良いことを思いついたとばかりに課題を手に取って、談話室へ走った。
「すみません、課題付き合ってください」
一度話してしまえば怖いものはないと、イリスは突っ立っているグレイに声を掛ける。
「……それは俺に言っているのか?学友にでも付き合ってもらえば良いだろう?」
「そんなの、いたら頼まないでしょう?」
グレイは何も言わなかったが、目だけは強く訴えかけていた。
「何ですか、その哀れむような目は!……まぁ、気を取り直して、この魔法の杖の振り方なんですけど」
「……俺は無魔力者だ。魔法の使い方なんて知らない」
「えぇっ、それじゃあこれは一人でするしかないか……じゃあ、魔法ではない課題を」
「……ちなみに、学校も行ってないからな」
「ぐっ!だから、そういうのは早く言ってくださいって!……もう、それじゃあ練習台にこの木を持って…」
もはや意地だとばかりに、イリスは魔法の課題で浮かせる木の枝をグレイに差し出した。
そうしたところで、何も反応が返ってこなかったので、イリスはグレイの顔を見た。
顔半分しか見えないが、彼は無言でイリスを見つめていた。
「何でしょう?まだ何かありますか?」
顔をしかめるイリスに、グレイはためらったように答える。
「……普通、アンタのような身分の高い人間は、無魔力者で無学の人間を差別する。……近寄りもしなくなるんだが……」
「……はぁ?」
予想していなかった答えに、イリスは信じられないとばかりに声を荒げた。
「そんなセルディアスの事情を当然の様に言われても困ります!何なんでしょうかね、そんなの知るわけないでしょう!どうでも良いわーー!」
「セルディアスの奴らめ!お前達の基準がスタンダードだと思いやがって!」
と、イリスは心の中で叫んだ。
グレイは面食らったかのように、イリスを見ていた。
イリスはそんな彼に再度、木の枝を差し出した。
「で、はい。この木持ってもらっても良いです?」
「え、あー……あぁ」
グレイは言われるがまま、枝を受け取った。
━━その後、帰宅した大家。
彼は、嬉々として木の枝に魔法をかけて飛ばす少女と、床に落ちた枝を黙って拾う大柄の男……
という、異様な光景を目にすることとなった。
基本イリス編はこういった空気感です…
さて、次から本編に戻ります!
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