第11話 『ミミズ』の少女
「水余ってるし、こっちの方も水あげよっか」
そう言ってエメは、花壇の隣にあった畑の方へ近付いた。
「あぁでもそっちは……」
ナラが声を掛けようとしたところで。
地面の中から、勢い良く手が飛び出した。
━━人間の手である。
「うわぁっ!」
エメは飛び上がってナラの腕を掴んだ。
ナラも目を見開いて固まっている。
地面から出たその手は伸びて腕となり、そこを起点にぼこぼこと人の身体が地面から現れた。
「あ、どうも。こっち水は良いですよ」
━━女の子だった。
制服を着ているので、この学園の女子生徒だろう。
女子は制服に付いた土を払った。
そして近くに置いてあったバッグから眼鏡を取り出し、バインダーに挟んでいた紙に何かメモをしている。
「……えっと、何してるの?」
エメがその光景を無視できず声を掛けると、女子は顔を輝かせた。
「実験結果まとめてるんです!私ミミズの『ギフト』なんですけど、ミミズ体でどのくらい干渉するのが効率良く土を豊かにできるか、調べてるんです!」
よくぞ聞いてくれました、とばかりに女子は語り出した。
「つまり、今土に潜って土壌を豊かにしてた、ってこと?」
「そうですそうです!ちなみにどうやって豊かにしてるかは、乙女の秘密ですからね!」
「そ、そっか。研究熱心だね」
あまり人に対して態度を崩さないエメが、動揺を隠せずにいた。
「はい!私この『ギフト』活かしたくて!」
それを気にする様子もなく、何かスイッチが入ったらしい女子は嬉々として話を続けた。
「私、同じ『ギフト』の兄がいるんですけど、兄はもっと華やかなのが良かったってがっかりしてたんです。……でも、私の『ギフト』もミミズって分かった時、私はそういう風に思わなかったんです。だってミミズって、凄いじゃないですか!」
最後の言葉に、ナラは目の色を変えた。
女子は特に誇張しているようにも、見栄を張っているようにも見えなかった。
心の底からそう思っているのだろう。
「だから私、今から色々研究して、それで卒業後は農業ビジネス専攻して『億万百姓』目指そうと思ってるんです!そして兄も私のファームで雇ってやるんです!」
『億万百姓』、ちょっと面白い響きだな、とナラは思った。
エメは最初こそ戸惑っていたが、今では穏やかな表情で彼女の話を聞いている。
「……そっか、応援してるよ」
エメの言葉に、女子は拳をぐっと握った。
「はいっ!それじゃあ私また土の中に戻ります!」
土の中って気持ちいいんですよ、たまにモグラにつままれそうになるけど!
━━と、笑いながら女子は土の中へ戻っていった。
嵐のような一時は過ぎ去り、再び穏やかな午後の光射す、静かな時間が戻る。
「なんだか……初めて会ったけど、熱い子だった」
二人残されたところで、ナラはやっと口を開いた。
「うん、きっと常日頃から思ってるんだろうね」
いつも胸に灯っている情熱が溢れ出ているんだろうと、エメが続ける。
「そうだね。……凄いな、あそこまで自分の『ギフト』、ポジティブに受け取ってるの」
女子が入っていった地面を眺めながら、ナラは呟いた。
*****
個別授業で、ナラはラプトルへの変化を試みていた。
本日の授業もこれまでと何ら変化は見られない。
上手く形を変えられなかったり、途中で意識が飛んでしまったりを繰り返していた。
付き合ってくれる教師に申し訳ないと思いながら、何故過去二回上手くコントロールできたのか、ナラは考えた。
オークションと、マーケット。
共通していたのは、気持ちが昂ぶっていたこと。
強い感情。
いずれにしても、と思う。
━━あの、風を切る感覚、嫌いじゃないな、と。
それを自覚したところでナラは、はっとなった。
思うようにいかない、この『ギフト』にこんな前向きな感情を持っているなんて、自分でも知らなかった。
そう思うナラの頭に、昼間の女子の姿がよぎる。
━━土の中に潜っていく彼女の瞳の煌めきが、ナラには強く印象に残っていた。
間隔が少し狭いですが、次は二話ほど幕間が入ります。
お付き合いください。
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