第10話 校庭で水やり
「おはよう!」
「おはようっ、エメ!」
「エメ、おはよー!」
生徒達がすれ違うたび、エメに声をかけていく。
「はーい、おはよー」
それにエメはにっこりと手を振りながら答えている。
まるでいつか見た舞台俳優のようだと、ナラは思った。
エメが通学するようになってまだ久しいが、今ではすっかり学園に溶け込んでいる。
溶け込んでいる、という表現は正しくないのかもしれない。
エメがその場にいると、周囲がざわつき色めき立つ。
女子達の黄色い声援、それにエメは輝かしい笑顔で答える。
男子達の輪にも自然に入り込み、気がついたら輪の中心で盛り上がっている。
この学園にも、華やかな存在は元からいたはずだが━━言ってしまえば、次元が違っていた。
そのような存在が隣にいて、最初は居心地が悪かったナラだが、やがて諦めることにした。
これは自分ではどうにもならないと思い、なるべく存在感を消すことに努めた。
━━しかし、それでもどうしようもない場面に遭遇する時がある。
今まさに、目の前で複数の男子生徒が、ダンスを披露している。
縦一列になり、エメに向かって一人ずつソロダンスでアピールしては列の後ろに並び━━を繰り返している。
ナラは猛烈に逃げ出したかったが、がっちりホールドされたエメの腕がそれを許さない。
やがて、求愛ダンスで知られるマイコドリの『ギフト』の男子が、情熱的なアピールをしてエメの前に手を差し出す。
「キミもぜひ、ダンス部に入部しないか!」
「あ、いいです、間に合ってまーす」
満面の笑みでエメは瞬殺し、膝から崩れ落ちたマイコドリの男子。
「お前はよくやった!」と、他の男子に囲まれ、肩を叩かれながらその場を去っていった。
「なんか、今朝は一段と激しいな……」
「おー、ルゥおはよ」
「おぅ」
後ろから見ていたらしいルゥが声を掛けた。
エメが挨拶すると軽く手を挙げて答える。
その後ろにいたミアも、呆れたように話しかける。
「おまえの周りはいつも騒がしいな」
「仕方ないよー、みんなボクの美しさに黙ってはいられないんだから。ねぇ、ナラ」
「え……うん」
何と答えたものかとナラが困っていると、ルゥが「あんまナラ困らすな」と、くっつくエメを引っ剥がしてくれた。
「ちょっとちょっと、出遅れたー!上から見てたけど、さっきの何、なに?間近で見たかったんですけどー!」
後から遅れてやって来たカレアが目を輝かせて近寄ってきた。
「あーもう良いから。早くしないと遅れるぞ!」
ルゥがカレアを遮り、校舎へと促す。
物言いたげなカレアだったが、遅刻しては元も子もないと、先を急いだ。
*****
学園敷地内の一角に、よく手入れされた庭園がある。
そこには芝生が敷き詰められたスペースがあり、昼休みになると変温動物系の『ギフト』保持者が日向ぼっこする憩いの場になっていた。
人の形のまま、ベンチに座っている者もいれば、ワニやイグアナの姿で寝転がっている者もいる。
━━その様子が見える、近くの花壇で。
ナラは花に水遣りをしていた。
「こっちも終わったよー」
「助かるよ」
別の花壇に水を遣っていたエメが一仕事終え、近寄ってきた。
「というか、クラスで花育ててるとか、珍しいねー。庭師も園芸部もあるのに」
水で潤った花びらを、かがんでまじまじと見つめながらエメは言った。
「『花まつり』っていうこの国でも大きな祭りがあるんだけど。そのお祭りで、お供えする花を各クラスで育ててるんだよ」
ナラは続けて、カレアが所属している歌唱部でも、祭りで披露する歌を今練習してると説明すると、「へぇー」とエメは答えた。
「それはそうと……手伝ってくれるのはありがたいけど、私とずっと一緒じゃなくて良いんじゃないの?他の人達とも仲良くなってるんだし……」
ふと、ナラが思っていたことをこぼした。
クラスの中でも、そこそこ話している相手がいるのを目にすると、四六時中自分と一緒じゃなくてもいいのでは、と感じてしまう。
それにエメは最初、目をぱちぱちとさせていたが、やがて穏やかな微笑みを浮かべた。
「確かに、他の子達とも話すようになったけどね」
少し間を持って、エメはまた口を開いた。
「ボクはナラと過ごす時間が好きだから、一緒にいるんだよ」
心地良いんだ、と目を細めるエメの髪を涼やかな風がさらう。
ナラは固まってしまった。
何と言っていいか分からずにいると、エメは
「ボクがただ、そう思ってるだけだから。ナラは何も意識しないで良いよ」
と、笑うばかりだった。




