第32話「激突」
リャナンシーの錆びた杯からおびただしい程の量の水が零れ落ちる中、クラークはもう一度、引き金を引こうとして思いとどまった。
頭を撃ち抜いた。心臓も撃ち抜き、殺した。
油断する事なく、慢心もなく。
それだというのに何事もなかったのようにしているという事は、さっき殺したリャナンシーは幻………、恐らくは幻術とかいうものだろう。
下手に攻撃すれば何が起きるか分からない。
だから攻撃を思い留まった。だというのに………
「撃て、撃て!よく分からねえが、この人数で撃てば次は確実に倒せる!!」
「馬鹿、待て!!」
「…………ちっ!!」
独断で誰かが銃を撃とうとするのを、クラークは咄嗟に止めようと声を荒げた。
アインスもそれに気付き、空中で力場を作り、それを蹴って更に加速。
しかし、その静止も加速も虚しく、何人かのレジスタンスが引き金を引き、無数の弾丸が獲物を貫くべく襲いかかった。だが…………
「『Prevent』」
『なっ!?』
たった一言。リャナンシーが告げた言葉に従い、零れ落ちた水は壁のように広がり、迫りくる銃弾の全てを難なく受け止めた。
壁の向こう、リャナンシーは呆れたように目を細める。
「侮辱でもしてるのかしら。私をその辺の雑魚どもや後ろで転がってるガラクタと同じと思って?一度目は気まぐれに通してあげた。けど、二度目はないわ。ほら―――――」
「な、なんだよ………」
「まさか………」
水壁に止められた銃弾がレジスタンスの方へと向きを変え、ぴたりと止まった。
ぞわり、とクラークの背筋に怖気が走る。
「全員、伏せろぉっ!!!」
「『return』」
叫びながら咄嗟に地面へと身を投げるクラークの怒鳴り声と、リャナンシーの無慈悲な言葉が重なるのと同時、動きを止めていた弾丸が金属が軋むような音を立て、弾け飛ぶようにレジスタンスを襲う。
「がっ?!」
「づ…………っ、あぁああああ!!!」
「ひ、ぃぎゃああああ!!?」
跳ね返された銃弾は一つも漏らすことなく、それを撃ち放ったレジスタンス隊員を正確に捉えた。
腕、脚、腹部、肩、掌、と………吸い込まれるように穿っていく。
無事だったのは撃たずに遮蔽物に隠れたアラン達や、クラークの様に身を伏せた者だけだった。
「動ける隊員は全員下がれ!出来るだけ遠く、早く!!」
「う、うわあぁぁぁあああああっ!!」
「て、撤退、撤退ぃっ!!」
アランはリーズィヒの影から無線を通じて全員に怒鳴りながら、クラークやチェスター、ロジャーと一緒に負傷兵の方へと走り、レジスタンスは叫びながら散っていく。
しかし、リャナンシーは今倒したレジスタンス隊員達にも、負傷兵達を救助しようとするアラン達に欠片も興味を示す事なく、くすくすと喉を鳴らす。
寧ろ、その場から外野が退くことを喜んですらいた。
そんなリャナンシーの身体を袈裟懸けに漆黒の刃が斬り裂いた。
リャナンシーの腕、胴体が宙を舞う。
そんな状態でも、リャナンシーは愛しい想い人からの攻撃に歓喜し、笑った。
「待っていたわ、処刑者」
血飛沫すら飛ばさないリャナンシー。
そんな彼女の言葉に応えるかのようにアインスは再び刃を構え直す。
その瞳に、金色の牙の紋様を輝かせながら――――。




