第31話「妖将・再来」
『…………………………』
全員の沈黙が重なった。
牽引のための準備は終わり、後はリーズィヒ級を持ち帰るだけ。
車のエンジンは掛かっている。運転手は全員、車に乗っている。
だというのに、作業をしていたメンバーは誰も車に乗り込もうとしなかった。
否、動くことが出来なかった。
空は晴れている。それなのに、雨が降る時に生じる特有の匂いがいつの間にか辺りを支配していた。
静寂はなく、エンジン音、緊張からくる荒い息遣い、ワイヤーの軋む音、そして……上空で羽ばたくツヴァイのリズミカルな翼の音と、低く唸る声。
音は溢れている。それでも、彼らはまるで音一つない静寂の中に取り残された薄ら寒さを覚えた。
その中で、いつでも動けるようにアラン、ロジャー、チェスターが身構えた。
クラークはこれまでの経験と勘から音もなく胸の拳銃に手を伸ばし…………、
アインスは鋭くした視線をリーズィヒ級の周囲へと向けた。
姿は見えない、気配はない。
だが、間違いなく周囲に何かがいる。
その何かを探そうと全員が視線を彷徨わせた時だった。
「ふぁ………重労働ご苦労さま。見ていて退屈だったわ」
『っ!?』
心底つまらなそうな欠伸混じりの女の声がリーズィヒ級から響き、全員が各々武器を構えながらそちらの方へと振り返った。
アインスの攻撃によって半分ほど抉れた頭部……。
朽ちた翅を揺らし、妖精の女がこちらを見下ろしていた。
「リャナンシー………!」
ライフルを構え、アランがその名を叫ぶと、リャナンシーは不愉快そうに目を細めた。
「貴方に名乗った覚えはないのだけど?というより、誰の許しを得て―――――」
重たい、渇いた音がリャナンシーの声を遮り、その頭部が破裂したスイカのように弾け飛び、鮮血が飛び散った。
撃ったのはクラークで、彼の手に握られた大口径の回転式拳銃からは硝煙が揺らめいていた。
「呑気すぎるよ、君。許し云々の前に、君の話を長々と聞いてるほどこっちも暇じゃない」
彼は物言わぬ骸となったリャナンシーへと、容赦なくシリンダー内の弾丸を撃ち放った。
ジェネラル級ですら易易と貫く銃弾の一発一発がその肉を、翅を抉り、血で染め上げ、紅の花が咲く。
ぐらりと血塗れの骸が地面へ落ちると同時、クラークはシリンダー内の薬莢を捨て、新しく弾丸を詰めなおすと何事もなかったかのようにそれをホルスターへと納めた。
「………相変わらずおっかねぇな、お前」
「敵の言葉を待ってるほど余裕なんて無いでしょ、俺らは」
チェスターが思いっきり引いていたが、クラークは気にした様子もなく返した。
しかし…………
「彼の言う通りよ、揃いも揃って雑魚なんだから容赦なく敵を殺しなさいな?まあ、できればの話だけれど」
「…………………!」
「は……?!」
クラークが死体の方へと銃を抜き、周りもそれに続く。
銃口の先、死体はなく、そこには杯を片手に、クラーク達を見下す様に笑うリャナンシーが佇んでいた。
「少しは骨がありそうだから、名乗ってあげるわ。私は『殲滅者たち』………四魔将の一人、妖将・リャナンシーよ。さあ、おいでなさいな。皆まとめて、苦悶の夢へと誘ってあげる」
美しく、妖しくリャナンシーはその名を謳い上げる。そして………
「――――行くぞ、ツヴァイ」
「ギャアゥッ!!」
開戦を告げるように竜を駆り、急降下する処刑者を見上げ、リャナンシーはその存在を渇望するかのように笑みを深め、それを迎え撃つかの様に杯をゆっくりと傾け、鼻腔をくすぐり、思考さえ痺れさせる無色透明な雫を垂らした。




