第7話 寝落ち通話
「電話するのに10分もかかってたよ、朔夜君。緊張してたのかな?」
「黙れ。だったらお前からかけて来ればよかっただろ」
「図星かな? 焦ってるね」
(くそ……)
絶対ニヤニヤしてやがる。
「なあ、普段何時に寝てるんだ?」
「“お前”じゃなくて、“紫苑”って呼んでほしいな」
「……っ、紫苑は?」
「だいたい一時くらい。朔夜君は?」
「バラバラだな。寝不足気味かも」
「あー、悪い子だ」
「お前が言うな」
名前で呼んだ途端、妙に嬉しそうになるのが腹立つ。
「ねえ、今どんな格好で通話してると思う?」
「は? 急に何だ」
「ほら、早く答えて」
「パジャマだろ。ジャージとか」
「ざんねーん。全裸でしたー」
「はあ!? お前何言って――」
「冗談だよ。あれー? 想像しちゃった?」
「死ね。通話切るぞ」
スマホをベッドに放り投げる。
切ってはいないが、声は出さない。
「もしかして怒った? ごめんって。じゃあ特別に――写真送ってあげようか」
「いらねえ。送ってくんな。流出したらどうすんだ」
「冗談だよ。真面目だね」
「本当に切るぞ」
「……でも、心配してくれて嬉しかったよ」
(……っ)
急にそういう声出すな。
調子狂う。
「夏休み、もうすぐだね」
「そうだな」
「予定ある?」
「特にない」
「じゃあ一緒に遊ぼうよ。私のスケジュール、全部朔夜君で埋まってるから」
「怖いわ。何一つ約束してねえだろ」
「夏休み、会おうよ。どうせ暇でしょ?」
「……いいけど」
「え!? いいの?」
「お前が言ったんだろ」
「断られると思ってたから」
「どうせ脅すだろ。断れねえし」
冗談っぽく言ったつもりだった。
だが――
沈黙。
「……おい、大丈夫か?」
「朔夜君は……私のこと嫌い?」
「は? 急に何だよ」
いつもと違う声。
少しだけ、弱い。
「嫌いだな。PKされてたし」
「そっか……」
「おい、本当にどうした?」
「でも、通話してくれるし。一緒にゲームもしてくれるし……優しいね」
「脅されてるだけだ」
そう言いながら、ふと考える。
(……本当にそれだけか?)
「まあ、嫌いだけど」
言葉を選ぶ。
「憎んでるわけでもないし、無関心でもない」
「え……?」
(何言ってんだ俺)
「だから、安心しろ」
「……ふふっ」
少しだけ、笑う声。
「もしかして、慰めてくれてるのかな?」
「違えよ。お前がそんなだと調子狂うだけだ」
「優しいね、朔夜君」
「だから違うって言ってんだろ」
慌てて否定する。
何やってんだ俺は。
「好きの反対は無関心、だっけ?」
「……」
「じゃあ、君は私のこと好きなんだね」
「黙れ。絶対ねえ」
「えー、それは安心できないな」
「は? どういう意味だよ」
「教えなーい」
(……戻ったな)
少しだけ、ほっとする。
「……そろそろ眠い」
「愛の言葉、囁いて?」
「死ね」
「冗談だよ。じゃあ、何か喋ってて」
「はあ……特別だからな」
他愛もない話を続ける。
今日のこと。
くだらないこと。
ただ、声を繋いだまま。
やがて。
「……すぅ……」
微かな寝息。
「……ほんと、世話の焼ける女だな」
通話を切ることもできた。
だが――
なぜか、そのままにした。
耳元に残る、微かな呼吸音。
さっきまで騒がしかったのに。
今は、やけに静かで。
……心地いい。
「……何なんだよ、この感じ」
分からない。
さっきまで跳ねていた鼓動も、今は落ち着いている。
それなのに。
どこか、満たされているような――
「……」
そのまま、俺も眠りに落ちた。
この寝落ち通話が。
確かに、俺の何かを変えた。
だが――
こんなのは、まだ序章に過ぎない。
ここから先。
俺の平穏は、完全に壊されることになる。




