第3話 呼び出し
アラームが鳴り響く。
何度目かの音で、ようやく目を開けた。
「……ふぁあ」
時計を見ると、6時ちょうど。
「もうこんな時間か……」
体を起こし、ふらつきながらカーテンを開ける。
差し込む朝日が容赦なく目を刺した。
「……学校、行きたくねえ」
一昨日の夜。
VRMMO『ミラーアースオンライン』で、執着の悪魔──《ファントムローズ》への復讐は完了した。
だが同時に。
その正体が、同じ学園の夜桜紫苑だと判明した。
「……あり得ねえだろ」
才色兼備、品行方正。
完全無欠と称されるあの女が、俺を執拗にPKしてきた張本人?
「……とりあえず、関わらない」
それが最適解だ。
――――
「おはよう」
「おはよう、朔夜くん。今日は寝不足じゃないのね」
「いい子だろ」
「そんな良い子にはママのぎゅーを──」
「いらない」
「ひどーい」
いつものやり取り。
紫乃さんは、昔からこうやって距離を詰めてきた。
閉じていた俺の心を、こじ開けるみたいに。
「朔夜くん、澪ちゃんまだ寝てるから起こしてあげて」
「了解」
――――
「澪、起きてるか?」
反応なし。
ノックを重ねても、無反応。
「……完全に寝てるな」
ドアを開ける。
「おーい、朝練遅刻するぞ」
「……ポーション、もうないよ……」
「ゲーム脳かよ」
「……お兄ちゃん?」
「6時20分」
「……やば」
一気に目が覚めたらしい。
「だろうな。だから早く寝ろって言ってんだ」
「だってゲームが……」
「……ゲーム?」
珍しい。
澪はオタクではあるが、ゲームはそこまでやらなかったはずだ。
(……後で聞くか)
――――
朝食を済ませ、家を出る。
蒼嶺学園。
百年以上の歴史を持つ名門校で、才色兼備が集まる場所だ。
制服は紺のブレザーで統一され、落ち着いた雰囲気が漂う。
……まあ、その中に俺もいるわけだが。
「行ってきます」
「気をつけてね」
――――
教室に入るなり、声が飛んできた。
「おはよっ。土日何してた?」
「ゲーム」
即答。
「ぶれねえなーお前」
神代悠斗。
オレンジの髪が目立つ、軽いノリのムードメーカー。
だが、妙に勘が鋭い。
「……で?」
「何がだよ」
「なんかあっただろ」
(……こいつマジで勘いいな)
「寝不足なだけ」
「ふーん」
完全に疑ってる顔だった。
その時。
「おはようございます」
空気が変わる。
夜桜紫苑。
艶やかな黒髪に、整いすぎた美貌。
蒼嶺学園の生徒会長であり、才色兼備の象徴。
──完璧な女。
(……こいつが、あのファントムローズ?)
信じられるか。
「……はあ」
「お前マジでどうした」
「何でもねえ」
だが、視線が合うたびに心臓が跳ねる。
(……なんで俺がビビってんだよ)
――――
昼休み。
弁当を持って屋上へ向かおうとした、その時。
「白銀くん、少しいいかしら」
「……は?」
振り返る。
夜桜紫苑が、立っていた。
教室がざわつく。
「じゃ、俺飯行ってるわ」
「おい待て!」
悠斗はニヤつきながら去っていった。
(裏切り者が……)
「ここじゃなんだから、屋上行きましょう?」
「は?」
拒否権はなかった。
腕を引かれる。
「おい、離せ──」
「黙って」
鋭い視線。
逆らえない。
――――
屋上。
風が吹く。
「……で?」
「写真、保存したでしょ」
「っ!?」
一発で核心。
「ふーん、やっぱり」
にやり、と笑う。
「アージェントくんって、私のこと好きでしょ?」
「ねえよ」
即答。
「つーか、お前やっぱ知ってたのか」
「うん、知ってた」
あっさり。
「なのに、あんなことしてくる?」
「酷いのはお前だろ」
「まだ怒ってるの?」
「当たり前だ」
距離が、近い。
フェンス際まで追い込まれる。
「ねえ、なんで写真保存したの?」
「……念のためだよ」
「何に使うの?」
「どうでもいいだろ。それより近い」
「私の写真で、あんなことやこんなこと?」
「しねえよ」
「ほんとに?」
じりじり詰めてくる。
顔が、近すぎる。
(……顔だけはマジで完璧だな)
「連絡先、教えて?」
「断る」
「じゃあ盗撮って言いふらす」
「は?」
「私と君、どっちが信じられると思う?」
「……っ」
詰んだ。
夜桜紫苑の影響力は絶対だ。
ここで逆らえば、俺の人生が終わる。
「……わかった。教える」
「ありがと、アージェントくん」
「その名前で呼ぶな!」
「じゃあ、朔夜くん」
「やめろ、誤解生む」
――――
こうして。
俺は、完全に嵌められた。
連絡先交換。
最悪だ。
「……終わった」
俺の平穏な学園生活は、この日をもって終了した。
そして同時に。
新たな地獄が、始まった。




