第2話 身バレ
VRMMO『ミラーアースオンライン』には、プライベートルームという機能がある。
他のプレイヤーから完全に隔離された、干渉不可能な空間だ。
「ねえ、何をするのかな?」
床に拘束されたまま、うつ伏せでこちらを見上げる《ファントムローズ》。
「お前の嫌がることだな」
俺は椅子に腰掛け、静かに言い放つ。
「一つ聞く。なんで俺だけを執拗に狙う?」
ずっと引っかかっていた疑問だ。
無差別ならまだ理解できる。だが、これは明らかに“個人狙い”だ。
「へー。やっぱり聞くんだ」
「当然だろ」
「アージェント君には教えなーい」
挑発するように笑う。
悪魔のアバター越しでも、その表情は腹が立つほど余裕だった。
(……冷静にいく)
「だったら、これならどうだ」
「……!?」
俺はアイテムを取り出す。
──戯弄の羽筆。
名前だけは一級品だが、使い道不明の謎アイテム。
「ひゃっ……!?」
「なんだ、弱点あんじゃねえか」
「……っ、外道」
「お前に言われたくねえよ」
第三者が見れば通報待ったなしの光景だろう。
だが、俺は至って真剣に復讐している。
「もう一度聞く。なんで俺なんだ」
沈黙。
なら──
「……くっ、卑怯だぞ」
「卑怯で結構。こっちは胃が痛くなるまでやられてんだよ」
「……え?」
「え?」
今度は、向こうが固まる。
「……なんだその反応」
「アージェント君……まさか、嬉しくなかったの?」
「は?」
思考が止まる。
「何言ってんだお前。嬉しいわけねえだろ」
「え……?」
今度は完全に固まるファントムローズ。
数秒の沈黙。
「……いやー、嬉しいと思って、つい毎日」
「は?」
「ごめんね?」
満面の笑みで謝られても、1ミリも納得できない。
むしろ、怖い。
(……こいつ、ガチでおかしい)
「……取り敢えず死ね」
「えー、酷い。謝ったのに」
「黙れ。二度と俺に関わるな」
「……あ、もしかして本気で怒ってる?」
「当然だ。死ね」
もういい。
話が通じないなら、これ以上の会話は無意味だ。
「――鏡界崩壊」
「……っ、それって」
「ああ。お前専用の魔法だ」
鏡界崩壊は、受けたダメージを蓄積し、一気に解放する魔法。
その対象には──精神的苦痛すら含まれる。
「どれだけ溜まってると思う?」
「……っ」
「全部、お前のせいだ」
解放。
瞬間、空間が歪む。
鏡が砕けるような音と共に、爆発的な衝撃が《ファントムローズ》を飲み込んだ。
轟音。
揺れ。
衝撃波。
その余波で、俺も床に膝をつく。
「……はあ、はあ……」
静寂。
「……終わりだ」
長かった。
何度殺されたかも覚えていない。
ようやく、終わった。
「……もう関わってくることはねえだろ」
立ち上がり、ログアウトしようとしたその時。
ピコン、と通知音。
「……メッセージ?」
珍しい。
カテゴリはプライベートメッセージ。
送り主を見て──
「……は?」
《ファントムローズ》
思考が止まる。
(……なんでだよ)
数秒後、震える指で開く。
そこにあったのは──
『アージェント君、また会おうね』
そして。
一枚の画像。
「……え?」
制服姿の、美少女。
「この制服……」
見間違えるはずがない。
「……俺の高校じゃねえか」
そして、その顔。
「……夜桜、紫苑……?」
学園No.1のクール美少女。
才色兼備、品行方正、生徒会長。
──完全無欠の存在。
(……嘘だろ)
《執着の悪魔》の正体が?
あの夜桜紫苑?
「……いや、あり得ねえ」
だが、現実は目の前にある。
とりあえず、画像を保存する。
その瞬間。
画像が消えた。
『ごめん、間違えた。もしかして見ちゃった?』
「……見たに決まってんだろ」
呆然と呟く。
──この瞬間。
俺の平穏は、完全に終わった。
原因は一つ。
夜桜紫苑。
あの“完璧な美少女”だった。




