第1話 復讐開始
一度ログアウトした俺は、ベッドに仰向けになりながら深く息を吐いた。
「まさかユニークアイテムの効果があんな凄いとはな……」
スマホで時間を確認する。
午前7時30分。
昨日、アイテム鑑定士を出現させるために10時間ログインし続けたせいで、そのまま朝を迎えていた。
カーテンを開けると、差し込んだ朝日が視界を白く染める。
「……休日で助かったな」
今日は土曜日。
そして、執着の悪魔が現れる時間帯も、おおよそ決まっている。
──次は、今夜。
ゲーム内の準備はほぼ整っている。
最終確認に一時間ほど使うとしても、時間は十分にある。
「……よし、寝るか」
睡眠不足で挑むのは論外だ。
フルダイブ中に眠ってしまえば強制ログアウトされる。それだけは避けなければならない。
顔を洗い、歯を磨き、紫乃さんの用意してくれた朝食を軽く済ませる。
「朔夜くん、今日は研究所に行かないといけないの。家を空けるわね」
少し申し訳なさそうな表情で、紫乃さんが言う。
「大丈夫。休日だし、どうせ寝てる」
「あら、また徹夜したわね。若いからって無理しちゃダメよ?」
「ごめん。次から気をつける」
「なら、よし」
ぽん、と頭を撫でられたかと思えば、そのままぎゅっと抱きしめられる。
「ちょ、紫乃さん……苦しい」
「もう、照れちゃって」
「照れてないから」
柔らかい感触と、ふわりとした甘い香り。
無理やり距離を取って息を整える。
「それより、紫乃さんこそ無理すんなよ。体壊したら意味ないだろ」
その言葉に、一瞬だけ彼女の表情が揺れる。
だがすぐに、いつもの柔らかな笑顔に戻った。
「子供はそんなこと心配しなくていいの。自分の人生をちゃんと生きなさい」
軽く頷くと、もう一度優しく抱きしめられる。
「じゃあ行ってくるわね。澪にもよろしく」
「いってらっしゃい」
見送った後、食器を片付けて二階へ戻る。
澪の部屋の前で足を止めるが、気配はない。
(……まだ寝てるな)
まあいい。メモは残してある。
「……さ、寝るか」
ベッドに倒れ込んだ瞬間、意識は途切れた。
――――
アラーム音で目を覚ます。
ぼんやりしたままスマホを手に取り、時間を確認する。
「……17時か」
夕方。
「……そうだったな。今日は復讐の日だ」
ぼやけていた意識が一気に引き締まる。
ふと、妙な違和感が残る。
白い空間に一人、何かを書いていた夢。
だが思い出せない。
気づけば、頬を涙が伝っていた。
「……ドライアイか?」
軽く目をこすり、息を吐く。
「よし……最終確認だ」
――――
ユニークアイテムの効果、問題なし。
誘導場所、問題なし。
装備、アイテム、スキル、すべて準備完了。
「……よし」
時刻は19時30分。
奴が現れるのは20時30分前後。
あと一時間。
「……めっちゃ緊張してきたな」
この作戦は一度きり。
失敗すれば、次はないかもしれない。
「……絶対に、失敗しねえ」
そして――
20時30分。
空気が変わる。
微かな違和感。
耳に残るノイズ。
(……来たな)
背後に、気配。
「今日も無様な姿を見せてね、アージェントくん」
歪んだ声が、耳元で囁く。
振り向く暇すらない。
死神のような大鎌が、背後から振り下ろされる。
──だが。
「――反鏡の王権、発動」
「……え?」
次の瞬間。
振り下ろされた刃は、そのまま“反転”した。
「っ!?」
自分の攻撃が、自分へと返る。
大鎌はそのまま、奴自身の首へと叩き込まれた。
「残念だったな、ファントムローズ」
俺は振り返る。
「やられっぱなしでいるわけねえだろ」
一撃。
そして、発動する第二効果。
ステルス無効。
「……っ、まさか」
「終わりだ」
姿を現した《執着の悪魔》を、即座に拘束アイテムで縛り上げる。
「……アージェントくん、そういう趣味だったんだ?」
「ねえよ」
冷たく言い放つ。
「でも、これからそうなるかもな」
ゆっくりと近づく。
「二度と俺を狩らないって誓えば、解放してやる」
「それはそれで……」
楽しそうに笑う女。
(……マジで狂ってやがる)
だが、関係ない。
「いいぜ……」
俺は静かに武器を構える。
「今までの分、全部返してやる」
これは復讐だ。
――そして。
狩られる側だった俺が、初めて“狩る側”に回る瞬間だった。




