プロローグ
はじめまして。
本作は「ネトゲ×PK×ラブコメ」をテーマにした作品です。
気軽に楽しんでいただけたら嬉しいです。
現在2038年──ゲーム業界は熾烈さを極めていた。
かつて画面の前でボタンを操作して遊ぶものだったゲームは、五感そのものを仮想現実へと移す、いわゆるフルダイブ型へと進化し、その在り方を大きく変えた。
そんなフルダイブ型ゲームの中でも、2037年秋にリリースされたばかりの新作VRMMO『ミラーアースオンライン』は、群を抜いて人気を集めている。
現在のアクティブプレイヤーは4000万人以上。世界的大企業ラスト・ノヴァによって開発された、まさに時代の最先端を行くタイトルだ。
このゲームの魅力は、他にはない画期的なシステムにある。
ゲーム内でリアルマネーを稼ぐことができ、NPCは自我を持っていると錯覚するほど高度なAIで動いている。
そして何より──最大の特徴が、痛覚を再現したPKだ。
PKとは、他のプレイヤーを攻撃し、その命を奪う行為を指す。
ほとんどのオンラインゲームではPKは制限されており、ましてや痛覚の再現など炎上必至、通常なら規制されて当然の仕様である。
だが、このゲームではそれが“許されている”。
理由は不明。
一説ではラスト・ノヴァ創業者・夜桜院神夜の権力によるものだと噂されているが、真偽は定かではない。
そんな問題作でありながら神ゲーでもある『ミラーアースオンライン』に、リリース初日からどハマりし、人生を捧げている男がいる。
──俺、白銀朔夜だ。
退屈で色褪せていた人生に色を与えてくれたこのゲームに、学業以外のすべてを捧げていると言っても過言ではない。
だが同時に、俺は一つの問題を抱えている。
そのせいで、常にストレスで胃痛を発症している。
原因は──謎の悪魔アバターによるPKだ。
《ファントムローズ》という名でプレイしている極悪プレイヤーなのだが、なぜか俺だけを執拗に狙ってくる。
あまりにも狂気的なその行動から、プレイヤー間ではこう呼ばれていた。
──執着の悪魔
「……ふざけんな」
理不尽にも狩られ続ける日々。
だが、もう我慢の限界だ。
「絶対に許さねえ。復讐してやる」
俺はついに決意した。
このまま黙ってやられ続けるなんてごめんだ。
もっとも、相手はただのPKプレイヤーじゃない。
単純に“強い”。
今まで何度もやり返そうとしたが、すべて失敗している。
その理由は大きく分けて三つある。
一つ目はレベル差。
このゲームの最大レベルキャップは99。俺は80。対して執着の悪魔は99だ。
二つ目はジョブ差。
このゲームのジョブ、いわゆる職業は全部で七つ。
ブレイカー、ミラーナイト、スペルウィーバー、シャドウウォーカー、ガンナー、オラクル、ドミネーター。
俺はブレイカー。初心者から中級者向けの前衛アタッカーだ。
対して奴はシャドウウォーカー。ステルス性能に特化した暗殺系ジョブで、PK適性は最強クラス。
正直、逃げることすら難しい。
そして三つ目が、アイテムの差。
『ミラーアースオンライン』には20000点以上のアイテムが存在し、未だに判明していないものも多数ある。
レアリティは七段階。コモン、アンコモン、レア、エピック、レジェンダリー、ミシック、ユニーク。
執着の悪魔はレジェンダリーアイテムを多数所持している。
対して俺の装備はほとんどがエピック以下だ。
──いや、一つだけ例外がある。
ユニークアイテム。
この世界に一つしか存在しない、最上位のレアアイテム。
俺も一つだけ持っているが、効果が不明なため使えず、保管庫に預けたままになっている。
(……だが)
逆に言えば、それ以外──特にプレイヤースキルにおいては、俺の方が上だと自負している。
つまり、真正面から正々堂々と戦えれば勝てる可能性はある。
「さて……どうしたものか」
俺はベッドの上でタブレットを操作しながら、真剣に攻略法を考える。
奴のステルスを無効化できればいい。
こちらの土俵に引きずり込む必要がある。
「やはり鍵を握るのは……ユニークアイテムか」
そう呟いた瞬間。
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「お兄ちゃん、ご飯だって」
「わかった、今行く」
「入るよ」
「おい、何で勝手に──」
「入るよって言いました」
ドアを開けて入ってきたのは、俺の義妹──白銀澪だ。
パーカーにショートパンツというラフな格好で、黒髪のセミロングを適当にまとめている。
外では無表情が多いが、家の中では少しだけ表情が柔らかい。
無防備に素足のままベッドに腰掛ける姿は、年相応に可愛かった。
「そのゲーム、そんなに面白いの?」
「面白いよ。ただ、おすすめはしない」
「? 面白いのに?」
「だからだよ。リアルが疎かになる」
「お兄ちゃん、もうギリギリだもんね」
図星だった。
俺はこのVRMMOに人生の大半を捧げている。
学業はこなしているが、それ以外はほぼすべてゲームだ。
青春とは無縁の生活。
とはいえ、別にコミュ障というわけではない。ただ積極性がないだけだ。
そのまま一階のリビングへ向かうと、エプロン姿の義母──白銀紫乃がいた。
「手伝うよ」
「いいわよ。朔夜くん疲れてるでしょ」
「いや別に疲れてないから」
「えー、ぎゅーってしてあげようと思ったのに」
「いや、大丈夫だから。俺もう高校生」
近づいてくる紫乃さんの頬を軽く押し返す。
彼女は俺が養子として迎えられてから、ずっと実の子のように接してくれている。
俺にとっては、もう本当の母親と変わらない。
肩より少し下まで伸びた綺麗な黒髪。
柔らかく上品な物腰と、大人の色気。
ラフな格好でも様になっていて、距離が近いせいか、ふわりと甘い香りが漂う。
「もう、照れちゃって」
「照れてないから」
頬をすり寄せてくる紫乃さんをなんとか引き離し、席につく。
この家の家族構成は四人だが、義父は仕事でほとんど家にいない。
実質三人での生活だ。
「お兄ちゃん、飲み物どうする?」
「麦茶で」
「オッケー」
夕食は鮭のムニエルにホワイトソース。
三人で「いただきます」と言い、食事を始める。
「朔夜くん、お小遣い足りてる?」
「余裕。むしろ貰いすぎ」
「え、そうなの?」
「平均よりはかなり多いと思う」
紫乃さんは毎月三万円もくれる。
正直、多すぎる。
「ママ、私足りない」
「それは使いすぎです。朔夜くんを見習いなさい」
「むーっ」
不満そうにする澪。
だが実際には、紫乃さんは俺にも澪にも甘い。
それでも、ちゃんと愛情があるのは伝わってくる。
食事を終え、部屋に戻る。
エナジードリンクを飲みながら、再び攻略サイトを開く。
「……やっぱり情報がないな」
ユニークアイテムに関する情報はほとんど出てこない。
ならば、とさらに深く調べ続ける。
そして──
「……アイテム鑑定士」
それが鍵だった。
それが、ユニークアイテムの効果を明らかにする唯一の存在だった。
このVRMMO『ミラーアースオンライン』には、鑑定スキルが存在しない。
だが、ごく稀に効果が不明な“未鑑定アイテム”が存在する。
それを見極めるのが、特殊NPC──アイテム鑑定士だ。
ただし、普通にプレイしていては出会えない。
特定の条件を満たしたプレイヤーの前にのみ現れる。
その条件は、大きく分けて三つ。
一つ。ユニークアイテムの所持。
二つ。未鑑定アイテムの一定数所持とレベル60以上。
そして三つ目が──特定エリアでの長時間滞在。
(……全部満たしてる)
俺は静かに立ち上がる。
向かう先は、白の国家アルビオン。
一面が白に染まる幻想的なエリアだ。
そこでログアウトせず、ひたすら待つ。
フルダイブデバイス『シナプティア』にはセーフティ機能が搭載されており、一定時間を超えると強制ログアウトされる。
これは法律で定められた安全措置で、その上限は30時間。
つまり、条件となる“長時間滞在”はそれ以下のはずだ。
(……なら、10時間もあれば十分だろ)
そう判断し、俺はアルビオンで待機を続けた。
――そして。
「……10時間、経過」
ログを確認し、ゆっくりと立ち上がる。
宿を出て、白一色の街を歩き、人気のない路地裏へと足を踏み入れた。
その瞬間。
「……!」
視界の端に、何かが現れる。
気配もなく、そこに“いた”。
フードを深く被った、謎のNPC。
「未知なる物を持つ勇敢なるプレイヤーよ」
低く、静かな声が響く。
「お主の持つ“未知”を、鑑定せしよう」
「……お前が、アイテム鑑定士か」
「いかにも。儂がアイテム鑑定士だ」
ゆっくりと顔を上げるその仕草は、あまりにも自然で──
まるで、本当に意思を持っているかのようだった。
「初回は無料で鑑定してしんぜよう」
「……助かる」
俺は迷わずアイテムリストを開き、保管していたユニークアイテムを取り出す。
空間に具現化されたそれを、鑑定士へと手渡した。
「ほう……これはまた、とんでもない代物じゃな」
感嘆するように呟き、鑑定を開始する。
(……相変わらず、凝ってるな)
このゲームのNPCは、本当に人間と見分けがつかない。
その完成度に改めて感心する。
だが、その思考は次の瞬間、途切れた。
「……終わったようじゃ」
鑑定士が動きを止める。
「結果は、この中にある」
手渡されたアイテムを受け取った瞬間──
その姿は、まるで最初から存在しなかったかのように消えた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
どうやら一度鑑定を行うと、その場から消える仕様らしい。
だが同時に、メニュー画面に新たな項目が追加されていた。
『鑑定士召喚』
一定のゲーム内通貨を支払うことで、再び呼び出すことができるらしい。
「なるほど……そういう仕様か」
だが今は、それどころじゃない。
俺は、震える指でアイテム詳細を開く。
そして──
「……これ、は……」
思わず言葉を失う。
そこに記されていた効果は──
常識を、覆していた。
(こんなの、ありかよ……)
だが同時に、確信する。
「……勝てる」
執着の悪魔に。
あの、俺を狩り続けた最悪のプレイヤーに。
ついに──勝てる。
「待ってろよ、ファントムローズ」
口元が、自然と歪む。
これは復讐の始まりだ。
そして同時に──
俺の物語が、大きく動き出す瞬間でもあった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマや評価で応援していただけると励みになります。
次話もぜひよろしくお願いします。




