第19話 変装
6月19日土曜日──俺は夢を見た。
真っ白な空間に一人で座り込み、紙に一生懸命何かを描いていた子供の夢を。
暫くして一人の大人が真っ白な空間に入ってきて、子供に笑顔で話しかけていた。
子供は紙に一生懸命書いた何かを、部屋に入ってきた大人に必死で見せている。
大人は笑顔で子供と楽しそうに話をしている。だが内容は聞き取れない。
そこで目が覚めた。
「またこの夢か」
気づけば目から出た涙が綺麗に頬を伝っていた。
「誰なんだろうな」
子供が誰なのか、笑顔で子供に話しかける大人が誰なのかはわからない。
だが妙に懐かしさを覚えた。
「余韻を壊しやがって」
俺は横にあるスマホを覗くと、親友から1通のメッセージが入っていた。
『よう朔夜。急で悪いんだけど俺とデートしようぜ』
俺は冗談とわかっていても気持ち悪さでドン引きした。
『気持ち悪い冗談を言うな。吐きそうになったわ』
ストレートに本音を繰り出す。
『冗談だって。そう怒るなよ。ちょっと買い物付き合って欲しいだけだ』
なら最初からそう言え。
朝から吐き気を催さなくちゃいけないこちらの身にもなれ。
『いいぞ。どこで待ち合わせ?』
『駅の東口集合な』
『OK』
珍しいな。悠斗が買い物に誘うなんて。
親友だが、二人きりで買い物は数えるほどしかした事ない。
「変なことに巻き込まれないといいけど」
俺は心配しつつ、身支度をした。
────
「よう朔夜。悪いな急に」
「別に暇だしいいよ」
待ち合わせ場所に行くともう既に私服姿の神代悠斗が先に待っていた。
ゆるくセットした金髪に、ラフな白Tの上から薄手のパーカーを羽織っていた。
細身のダメージデニムにスニーカー、耳元には小さなピアス。
軽いノリの服装だが、不思議と様になっているのは顔がいいせいに違いない。
「で、どこに買い物行くんだ?」
「取り敢えず駅前のショッピングモールに行こうぜ」
駅前にはセントラルモール東都と呼ばれる建物が建っている。
大型ショッピングモールで、休日は学生や家族連れで賑わっている。
飲食店から映画館まで揃っており、取り敢えずここに来れば大抵の事は済ませられる。
「何買うんだよ?」
「妹の誕生日プレゼント」
「あー氷華ちゃんの」
悠斗には妹がいる。
名前は神城氷華。兄とは反対に落ち着いた雰囲気を身に纏っており、美人で綺麗な黒髪が特徴的だった。だったと言うのは、少し前水色に染めていたのを悠斗から聞いたからだ。
数回しか会った事はないが、どこか近寄りがたく、苦手な存在だ。
「何あげたらいいかわからんから、頼むわ親友」
「無理に決まってんだろ。俺は男だぞ。しかも好みすら知らねえのにどうしろってんだよ」
「そこを何とか。あいつの機嫌を損ねると色々まずいんだよ俺も」
「知るか。自分で選べ」
とんでもない無茶振りしやがって。
そんな重大な責任負えるか。
「つーかクラスの女子やそれこそAIにでも聞けよ。俺より遥かに有意義なアドバイスしてくれるぞ」
「そんなのとっくに試してるつっーの。あいつらありきたりなアドバイスしか、してくれねえんだもん」
「じゃあ俺はそのありきたり以下だぞ」
教えてもらっておいて何て言い草だ。
ていうより、ありきたりでいいのでは?
「いらない物プレゼントされるよりマシだろ」
「甘いな朔夜。氷華は普通じゃない。ありきたりな物を貰ったら最後、俺の命は消える」
どんな妹だよ。そんなわけねえだろ。
どんだけわがままなんだよ。
「まあいいや。来たからには見て回ろうぜ」
「さっすが親友」
調子のいいやつめ。
────
俺たちはショッピングモールで神代氷華のプレゼント選びに頭を悩ませていた。
「くっそー。どれが喜ぶんだあいつ」
「知らねえよ。事前に好きな物くらいは把握しとけよ」
「正論は耳が痛い」
物理的に耳を塞ぐ悠斗。
そんな悠斗を見て呆れる俺。
「そう言えば、あいつミラアスはプレイしてたな」
「じゃあミラアスのマスコットキャラ『ミラリス』のグッズでいいんじゃねーの」
「なるほど天才かお前」
「一々言い方うぜえな」
ショッピングモールの4階にあるアニメグッズ専門店『アニライク』に向かう。
「初めて来たけど、案外普通だな」
「そりゃそうだろ。今時一般人でもグッズくらい買うぞ」
昔と違い、今やオシャレをしたカップル達ですらこういう場所にやってきたりする時代だ。
「悪い朔夜。ちょっとトイレ行ってくる」
「ああ、わかった。適当に見てるわ」
「すまん」
悠斗がトイレに行ってしまい、仕方なく一人でグッズコーナーを散策する。
「へー、やっぱりミラリスめっちゃ人気だな」
可愛らしい手書きPOPの下に大量の『ミラリス』グッズが並べられている。既に殆どが完売状態だ。
「俺も買おうかな───」
視線を横に落とした瞬間、挙動不審の女性が目に飛び込んできた。
「? どこかで見たような」
慌てた彼女は俺に勢いよく近づいて、口元に人差し指を当てて、必死に「しー、しー」と言っている。
「白鷺美月?」
「だからしー、しー」
あーなるほど。変装中か。
有名人も大変だな。
「ちょっと移動しよ」
そう言って俺の腕を引っ張って、人が少ない休憩コーナーの椅子へと誘導する。
「悪い、つい驚いて」
「バレたら騒ぎになるから、困るんだよね。気をつけてね」
少しだけ怒った様子の白鷺美月。
その姿すら神々しい。
「悪かったな。じゃあ俺はもう行くから」
「えっ、何で? 折角会ったんだし、一緒に見て回ろうよ」
「嫌だね。それに男と歩いてるところ見られたら、終わりだろうが」
白鷺美月は今をときめく女子高生カリスマモデルだ。
浮いた話は御法度だろう。
「えーつまんない。いいじゃんちょっとくらい」
「嫌だ。巻き込まれたくない。スキャンダルになったらSNSで叩かれるのは、一般人の俺だからな」
今の時代炎上なんて日常茶飯事。
一般人相手でも容赦なく叩いてきやがるからな正義マンは。
リスクはできる限り回避しとかねえと。
「ふーん。じゃあ今snsに君の事あげちゃおうかな」
「は? 何言って」
白鷺美月の雰囲気が変わった。
思わず背筋が凍る。
「私に付き纏ってくる同級生がいますってsnsにあげたらどうなるんだろうねー」
「それは脅しか?」
「違うよ。ただの興味だね」
とんだ性悪女め。
紫苑と同類? いや紫苑よりタチが悪い。
「はあー。わかった。一緒に見て回ろうぜ」
「素直でよろしい」
白鷺美月は悪魔みたいな笑顔を浮かべて、椅子から立ち上がった。
「じゃっ、行こうか」
「ああ」
何が目的かは知らないが、最悪の1日だ。
凄く嫌な予感がする。
帰りたい。
「はあー」
俺は白鷺美月に感づかれないように、小さくため息をついた。
そして地獄の始まりを覚悟するのであった。




