第14話 お泊まり後編
シャワーを浴びながら、常に紫苑の事を考える。
「あいつ本当に何もしてないよな」
猛烈に不安に襲われる。
そもそも何でこんな状況に陥ってんだ。
恋人でもないのに。
「早くあがろう」
俺はいつも以上に急いでシャワーを浴びた。
────
「浴び終わったぞ」
「裸じゃないんだね」
「お前は俺を何だと思ってるんだ?」
「変態」
「そのやり取りさっきしたぞ」
軽く面白そうに笑う紫苑。
パジャマ姿の紫苑が思った以上に可愛くて、目のやり場に困る。
「残り香は楽しめたかな?」
「シャワーだけしか浴びてねえよ」
「ええ!? ひどいよ。お湯にしっかり残したというのに」
「気持ち悪い言い方やめろ!」
まじでこいつと話してると疲れる。
我ながらよく耐えてるな俺。
「それより何もしてねえだろうな?」
「ウンシテナイヨ」
「おい、何で急にカタコトになった」
「ダイジョウブ、ナニモシテナイヨ」
すぐに部屋中の異変をチェックする。
しかし特にこれといって、おかしなところはない。
「おい紫苑、正直に言え」
「何もしてないって。ちょっとベッドで朔夜君成分をスーハースーハーしたり、君のスマホに私の恥ずかしい画像を送ったりしただけだよ」
「十分してんじゃねえか!」
ベッドは⋯⋯ 一旦置いておいて。
スマホをすぐに確認する。
「どんだけ送ってきてんだ」
「壁紙にしてほしいな」
「いやに決まってんだろ」
「朔夜君想像してみなよ。ホーム画面とロック画面にいつでも私がいる事を」
「最悪だ。もうスマホ開けない」
「ひどいよ朔夜君。いくら私でも傷つくよ」
俺のスマホに大量の紫苑のバニーガール姿の画像が送られてくる。
しかもそれ以外にもパジャマ姿の自撮りも送られてきてる。
「あれー削除しないの?」
「つっ──うるせえな」
「削除したらもう二度と見られないかもしれないもんね」
「削除するに決まってんだろ」
口ではそう言ったが、実際に俺はスマホの画像を保存してしまった。
なぜか削除ができない。
「つーか流出したらどうする気だ。危険だぞ」
「見られて困る姿ではないからね。あくまで健全なコスプレだからね。それとも朔夜君は見られて困る理由があるのかなー?」
「つっ──ねえよ。あくまで一般論だよ」
「ふーん、そっかそっか」
「そのにやけ顔やめろ」
だが実際自分でもわからないが、紫苑のバニーガールは兎も角パジャマ姿ですら、他の人には見られたくないと思ってしまった。
俺は独占したいのか?
「まあこのメッセージアプリはとんでもなくセキュリティ機能高いから大丈夫だよ」
「まあ確かに」
実際メッセージアプリ『ミラリン』はセキュリティは非常に強固だ。
「それにいざとなったら君に泣きつくよ」
「いや泣きつかれられても困るんだが」
「大丈夫。朔夜君の服をびしょびしょにするぐらいだよ」
「いや、最悪じゃねえか」
怒涛のボケとツッコミを繰り返す俺と紫苑。
「それで何で保存したの?」
ちっ、バレたか。
「気まぐれだよ」
「ふーん、そっかそっか。まあいいけどね私はね」
「何だよその意味深な顔は」
「年頃だもんね。おかずは必要だよね」
言葉の意味が理解できた俺は、瞬時に顔を赤くして、恥ずかしがる。
「つっ──ちげえよ! ただ可愛かったし、せっかく俺のために着てくれたから、残しとこうと⋯⋯ ⋯⋯ 」
「あれー? 可愛いのは認めるんだ?」
ニヤニヤと揶揄うように顔を覗き込んでくる紫苑。
心臓の音が破裂しそうなくらい高鳴る。
「別に可愛いのは否定してないだろ」
「そ、そうだよね」
「急にしおらしくなるな」
俺の言葉に戸惑ったのか、紫苑は少しだけ照れた表情を見せる。
可愛らしい仕草と声に、思わず喉を鳴らした。
────
「そろそろ勉強しようか」
「突然だな」
「期末テスト近いからね。赤点だと夏休み遊べなくなっちゃうし」
「ナチュラルに遊ぶ事前提なのやめてくれる?」
「それは決定事項だよ朔夜君」
夏休みも紫苑と一緒だと思うと、憂鬱になる。
しかし、決して嫌ではない。そう思い始めていた。
(まっ⋯⋯ 疲れるからそういう意味では嫌なんだけどな)
お互いテーブルに向かって教科書とノートを開く。
勉強してる紫苑を横目でチラチラと見る。
(学校と違うな)
「何見てるのさ。エッチ」
「見てたのはお前の顔だ」
「もっとエッチだね」
「何でだよ。発想が飛躍しすぎだろ」
学校での夜桜紫苑は姿勢も綺麗で、いつも真顔で真剣に授業を聞いている。
一方目の前の紫苑は姿勢は悪く、気が散りながら、楽しそうに勉強している。
「こういうのも悪くないな」
「急にどうしたの? 気持ち悪いよ」
「お前人がせっかく気分よく」
「冗談だよ。私も悪くないよ」
紫苑は目の前で楽しそうに笑っていた。
なぜだろう。暫くその笑顔が脳裏に焼きついたままだった。
────
現在夜0時00分丁度。
事件発生中。
「俺の部屋のベッド使っていいって言ってるだろ」
「無理だよ朔夜君。一人で寝るなんて怖すぎるよ」
「嘘つけ。普段誰と寝てんだよ」
「朔夜君のぬいぐるみ」
「え? 怖いからやめて」
俺のぬいぐるみってどういう事だよ。
怖すぎて寝られないんだが。
「わかった。俺は布団で寝るから。だったらいいだろ」
妥協して空き部屋ではなく、同じ部屋で寝る事を選ぶ。
「いやそれだとおばけに食べられちゃうよ」
「何言ってんだお前? ガキかよ」
「兎に角一緒のベッドで寝ようよ」
「無理に決まってんだろ。常識的に考えろ」
「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことらしいよ」
「それ前回も聞いたわ。兎に角無理だ、諦めろ」
頬を大きく膨らませて、不貞腐れてベッドにくるまる紫苑。
俺は大きくため息をついた。
「じゃあ電気消すぞ」
「怖いよう」
「電気消すぞ」
「そんな怒らなくてもいいじゃん」
俺は子供みたいな紫苑に呆れつつ、消灯する。
真っ暗な部屋にカーテン越しの月明かりだけが僅かに部屋を照らす。
「ねえ起きてる?」
「当たり前だろ。そんな早く寝れねえよ」
「お話ししようよ」
「いいけど、何の話?」
「そうだね。子供の名前とか」
「寝るわ。おやすみ」
「嘘だよ朔夜君。まだ早いよね」
「まだじゃなくて永遠な」
暫く無言が続く。
「ねえ、ちょっとだけどそっち行ってもいい?」
「はあ? 無理」
「一瞬だけ。お願い」
必死に可愛らしい声で頼み込んでくる紫苑。
何度もお願いされて、ついに折れてしまう。
「ちょっとだけだぞ。くっつくなよ」
「うん」
めっちゃ嬉しそうに布団に入り込んでくる紫苑。
思った以上に密着していて、心臓が高鳴り続ける。
「安心するね」
「そうだな」
「朔夜君嘘はいけないよ。めっちゃ心臓の音が聞こえてるよ」
「お前だって、めっちゃバクバク言ってるだろ」
めっちゃ近い距離で目と目が合う。
少し視線を下に落とせば、大きな膨らみが二つ目に入る。
「おい、もう終わりだ。ベッドに戻れ」
「あと10秒」
「おい、抱きつくな。離れろ」
「眠くなってきた」
「ふざけんなお前」
密着してるからか、お互いの息遣いがもろに感じる。
暗くてよく見えないが、心なしか紫苑も赤面してる気がする。
「どう、胸の感触は?」
「いいから離れろ」
強引に引き剥がす。
息が荒くなり、心臓も乱れまくる。
「仕方ないな。次の機会までお預けだね」
「二度とねえよ」
暫くしてベッドに視線を移すと、嬉しそうに、でも安心した表情で眠りについていた。
思わず俺は軽く微笑んだ。
「全く手間のかかる女だ」
俺も目をゆっくり閉じた。
だが寝られない。
先ほどの感触が思い出される。
シャンプーのいい匂い、何より紫苑のいい匂いが鼻腔をくすぐったままだ。
「何で俺なんだろ」
俺は別に他の男より優れてるとは思わない。
なのになぜ紫苑は俺を特別扱いするのだろう?
紫苑なら男なんて選び放題なのに。
「でも、なんか嫌だな」
他の男と親しくしている紫苑を想像して、嫌な気分になった。
別に好きじゃない筈なのに、どうしてこんな気持ちになるんだ?
「誰か教えてくれないかな」
この日の俺の夜は永遠とも思える長さだった。




