第13話 お泊まり前編
「あら紫苑ちゃん、お料理も上手なのね。何でもできるのね」
「いえ、普通ですよ。人並みにできるよう教えてもらっただけです」
「あらあら。朔夜君には勿体ないかしらね」
「私の方こそ、朔夜君にはいつもお世話になっています」
キッチンで、紫苑と紫乃さんが楽しそうに会話している。
……猫被りやがって。
なにが“お世話になってます”だ。微塵も思ってないくせに。
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「お兄ちゃん、ちょっと」
澪に呼ばれ、隣の収納部屋へ移動する。
「お兄ちゃんにあんな綺麗な彼女いたの!? 聞いてないんだけど」
「彼女じゃねえよ。友達……だと思う」
「女心わかってなさすぎ。異性の家に泊まりに来る“友達”なんて普通いないよ?」
「じゃああいつが異常なんだろ」
澪は大きくため息をついた。
「はあ……最悪」
⸻
──2時間前。
「じゃあ帰れ」
「? 泊まるよ」
「え?」
「え?」
数秒、思考が止まる。
「……意味がわからないんだが」
「大きな荷物持って夕方に来る人は、泊まり前提でしょ?」
言われてみれば確かに。
……いや納得できるか!
「帰れ」
「ひどいなあ。か弱い乙女を夜に放り出すの?」
「迎え呼べ」
即答。
「身も蓋もないね君は」
紫苑が一瞬真顔になる。
「大丈夫だよ。さっき紫乃さんに許可もらったから」
「は!?」
外堀が、埋まっていた。
「私はいつだって用意周到だよ」
「死ね」
俺はその場に崩れ落ちた。
「お泊まり、楽しみだね」
「くそが……!」
⸻
「どうだった? 私の手料理」
「普通に美味かった。文句なしだ」
「さすが朔夜君の女」
「いや違うよ」
「全てが完璧だね」
「性格以外はな」
「急に刺すね!?」
悔しいが、料理は完璧だった。
「本当に泊まる気か?」
「? 明日休みだよ」
「いやそうじゃなくて……異性の家だぞ?」
俺は視線を逸らす。
紫苑は少しだけ笑った。
「大丈夫。君は変なことしないでしょ」
「何の話だ!」
「違うの?」
「そうじゃなくて、お泊まりって恋人同士がするもんだろ。詳しくないけど」
「じゃあ付き合う?」
「却下」
「即答!?」
紫苑がわざとらしく、しょんぼりする。
くそっ可愛い。
「ところでお風呂どうするの?」
「は?」
「一緒に――」
「入るか!」
即座に否定。
「冗談だよ。まだ早いしね」
「“まだ”って何だよ」
────
紫苑が風呂へ向かう。
静かになった部屋。
さっきまで座っていたベッドを見る。
「……落ち着け」
深呼吸。
「勉強でもするか」
期末テストも近い。
ノートを開く。
――が。
「集中できるかこんなの……」
頭に浮かぶのは紫苑のことばかりだった。
胸の高鳴りが止まらない。
好きじゃない。
……はずだ。
でも、特別なのは確かで。
「……なんだよこれ」
思考がまとまらない。
俺は深く何度も深呼吸をした。
「レイナに相談でもするか」
⸻
「朔夜君、戻ったよ」
「服着てるな?」
「君は私を何だと思ってるの?」
「変態」
「ひどい」
振り返る。
紫苑はピンクのだぼっとしたパジャマ姿だった。
少し大きめのサイズなのか、袖が手の甲まで隠れている。
普段の余裕は薄れ、どこか無防備で――それでも、視線だけは変わらない。
「……何見てるの?」
「別に」
嘘だ。
目が離せない。
「可愛いでしょ」
「まあな」
紫苑は少しだけ照れた顔を見せた。
俺もつられて恥ずかしくなる。
「ところで浮気の匂いがするね」
「警察犬かお前は」
「レイナとやり取りしてたでしょ?」
凄いなこいつのセンサー。
「それは普通だろ」
「立派な浮気だね」
「話聞け」
────
「俺も風呂入ってくるから、変なことすんなよ」
「変なことって?」
「大人しくしてろってことだ」
「へえ」
ニヤニヤしている。
嫌な予感しかしない。
不安だ。
「じゃあ行ってくる。本当に余計な事すんなよ」
「そっちこそ残り香で変なことしないでね?」
「するか!」
勢いよくドアを閉める。
「……大丈夫か?」
嫌な予感が、消えない。
⸻
そしてその予感は――的中する。
まだ、波乱は終わらない。




