第10話 コスプレ大会前編
現在6月12日、土曜日。
俺はVRMMO『ミラーアースオンライン』――通称ミラアスにログインしている。
「遅え……」
はじまりの都、冒険者ギルド。
一人、苛立ちながら待ち続ける。
なぜこんなことになっているのか。
――それは一日前。
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「アージェント君、明日レアイベントあるの知ってるよね?」
「コスプレ大会だろ?」
「うん。一緒に出ようよ。朱城君ももう誘ってあるから」
「は?」
思わず顔が引きつる。
「もしかして、私と二人きりが良かったのかな?」
「死ね。勝手に人の気持ち作るな」
「えー、こんなに想ってるのに」
相変わらず意味がわからない。
――が。
最近は、そんなやり取りすら日常になっていた。
少しだけ、居心地がいいと思っている自分がいるのも事実だ。
「なんで朱城誘ったんだ?」
「親睦を深める必要があると、私の直感がね」
「親睦?」
「君は坊やだね」
「同い年だろうが」
「精神年齢の話だよ」
うぜえ。
「……で、まさか俺は出ないよな?」
「大丈夫。全部任せて」
「それが一番不安なんだが」
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――そして現在。
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「やあやあ。待った?」
「……」
「い、痛いって! ほっぺ引っ張らないで!」
「反省しろ」
1時間遅刻。
軽く頬を引っ張ってやる。
横で見ていた朱城レイナが少し驚いていた。
「俺の1時間返せ」
「「すみませんでした」」
意外と素直に頭を下げる二人。
「スカーレットノイズ、かっこいいな」
「だろ? そっちもアージェントいいじゃん」
「センスはある方なんでな」
「ほんとかよ」
レイナと軽く盛り上がる。
「……仲いいね、君たち」
割り込んでくる紫苑。
「強敵だね」
「何の話だよ。まさかまたPKする気か?」
「しないよ。ほんと鈍感だね」
なんで憐れみの目で見られてるんだ。
「で? どこでやるんだよコスプレ大会」
「大丈夫。全部任せて」
「だからそれが不安なんだって」
「じゃあ――優勝しようか」
話聞けよ。
「……」
「……」
「返事は?」
「おー」
「おー」
強制参加である。
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「嫌だ! 離せ!」
「大丈夫、絶対似合うって」
「なんで女装なんだよ!」
場所は教会。
神聖なコスプレ大会の会場。
「全部計算通りさ」
「その計算式言ってみろ!」
「強情だなあ」
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「……着るから一人でやらせろ」
「えー照れてる?」
「死ね、出てけ」
無理やり追い出す。
「はあ……」
このイベントは、実際に服を“着る”必要がある。
「運営に変態いるだろこれ」
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用意されていたのは、白いワンピース。
胸元の小さなリボン、ふわりと広がるスカート。
淡い光のエフェクトが重なり――
まるで物語のお嬢様みたいな仕上がりだった。
「……恥ずかし」
鏡に映る自分は、
どう見ても清楚系の美少女だった。
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「最っ高だよアージェント君!」
「近い! 落ち着け!」
「これ見て落ち着けるやついないよ!」
「いるだろ!」
紫苑が明らかにテンションおかしい。
「朱城は?」
「着替え中。……覗きたいの?」
「んなわけねえだろ」
「安心した」
何にだよ。
「つーかお前は?」
「恥ずかしいからいいかなって」
「ふざけんな!」
「私のあんな姿、みんなに見られてもいいの?」
「……っ、お前ずるい」
一瞬、想像してしまった。
そしてそれを否定したくなる自分がいた。
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「来たよ」
振り返る。
そこにいたのは――
「……誰だお前」
執事姿のイケメン。
「何だよ」
「いや、似合いすぎだろ」
「そっちもな。可愛いじゃねえか、才能あるんじゃねえの」
「その才能いらねえよ」
まさかの朱城レイナの男装。
少しだけ、ときめいたのは内緒だ。
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「じゃ、私も着替えてくるね」
結局着替えるのかよ。
「早くしろよ」
「浮気はダメだよ?」
「黙れ」
優雅に去っていく紫苑。
俺は内心不安とドキドキの両方を抱えていた。
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「ねえ君、めっちゃ可愛いね」
「は?」
チャラ男が絡んでくる。
「フレンドいい?」
「いや俺は――」
「俺っ子? いいねタイプ」
腕を掴まれる。
(まずい)
「――ちょっと」
低い声。
「その子、僕のなんだけど」
空気が一変する。
「……っ」
男は顔を引きつらせて去っていった。
「助かった」
「どうよ。演技うまかったろ?」
「……ああ」
やっぱ演技か。
認めたくないが、少しだけ、残念だと思った自分がいた。
「それにしても目立ってんな、私ら」
「やめろ……」
スカートを押さえる。
さっきより、恥ずかしさが増している。
「……早く来いよ、ファントムローズ」
⸻
そして――この後。
さらに面倒なことになるとは、
まだ知らなかった。




