第52話「発電所運転試験」
危ないところだった。人は死ぬと冥界で適性に応じた神やその使徒のもと仕事を与えられると言うけれど、今の私程度の実績じゃあ下働きくらいしかさせて貰えないだろう。
散らばるクレーンの残骸を見下ろしながら、私は安堵のため息をついた。
「クレーンは永続建築物じゃなかったんだね……」
理解に苦しむけど、当時の人たちの論理ではそうだったんだろう。
「発電機を見てくる」
肩を落としながらアトミールが円筒状の装置に歩み寄る。遠目には大きな機械だなという印象しかなかったが、あの大きな彼女の背丈の倍はある。こんこんと叩いたり制御盤などあちこち撫でさすったり。点検するうち彼女の足取りは軽くなっていく。
「外装は今の事故で少し痛んでいるけど動きそう。電気系統も深刻な劣化はないかな。ちょっとここで待っていて」
すたすたと行ってしまいそうになるアトミールをつい追追って足を踏み出すと、彼女は怖い顔をしてこちらを見る。
「水車室の様子を見てくる。待っていて」
じいっと目線を交わす。お互いの言い分は口にするまでもない。やがて私の視線に耐えかね天井を見上げたアトミールは小さなため息をついた。
「めんどくさい使用者!」
言葉面に反して嬉しそうなのは何故だろう。それきり彼女は文句を言わず、私を気にしながらさらに下層への階段を下りていく。辿り着いたのは先程見た発電機の真下あたりだ。発電機の下には練岩で作られた円筒状の部屋が作られていて、環状の取っ手が付いた重厚な扉によってこちらと隔てられている。取っ手を回せば開きそうだ。
「上の装置が発電機。その下、ここが水車室。中がどうなっているかわからないから気をつけて。湖の水が噴き出してくるかもしれない」
湖とこの場所の間の高低差を考えてみる。多分相当な落差だ。その距離を通って落ちてきた水が噴き出せば、ぞっとしないことになるだろう。その勢いを受け止める水車を格納するには、なるほどこれだけの大きさの部屋が要るはずだ。これと比べれば私が作った水車の発電機構なんて、遺物から取り出した赤ちゃんの拳くらいの電動機を歯車を介して水車の出力軸へ繋げるようにしただけの子供の遊びみたいなものだ。参っちゃうな。
「電波でも見えないの?」
「筋金岩は電波を通しづらいから。電波の目を逃れたければ金属が目隠しになる。覚えておいて」
「水みたいなものなのかな」
アトミールと身を寄せ合って監視を逃れた船上の夜を思い出す。あのときは見つかりやすいアトミールを隠すため、私の体という水袋を使ったのだった。
「半分正解。水は電波を吸収するけど、金属は電波を反射する」
面白いな。性質の違いは何に起因しているんだろう?
「……金属は硬いから反射して、水は柔らかいから……いやいや」
明らかに違いそうだ。この論では電波が通り抜ける材質のことが説明できない。
「でも、まあ――」
そう言うなり彼女は水車室の外壁を左手で触れると、もう一方の拳で殴りつけた。鈍い音と共に殴られた場所の表面が砕け散る。
「反響がある。空気の層はあるから、最悪の事態は考えづらいかな」
涼しげに言っているけれど、彼女の拳は練岩の反撃を受けてささくれ立って傷ついている。真っ白な肌から灰色の液体が滲んでさえ見えた。。
「……大丈夫?」
返事はわかっているけれど、聞かないという選択肢はなかった。
「大丈夫。すぐ治る」
知ってた。今までの話からすると、装甲層という内側にある殻のような部分より外側はどれだけ傷ついても彼女にとって大きな問題ではないようだ。見てる方がびっくりするからあんまりやらないで欲しいんだけどな。でも、私の安全を慮ってやってくれたことだ。こう言った方がいいだろう。
「ありがとうね。じゃあ、行こう」
肩をぽんと叩く。彼女はそんな私を見てこそばゆそうに言った。
「クロエって本当に私を人間扱いするよね」
「そう見えるもん」
「全然違うよ? 体の構造も情報処理の仕組みも。それでも?」
「うん」
「論理的な説明はできる?」
聞かれてみると思いのほか難題だった。いろいろ考えてみるけど、どれも論理に穴がある。考え込んだ末、私は降参することに決めた。
「厳密に考えるとできないかも……」
ふふ、と笑い声を漏らした彼女が今度は私の肩を叩く。
「感覚として私を受け入れてくれてるんだよね。嬉しい。ありがとう。でも、逆のことをするときは気をつけてね」
彼女が言いたいことを正確には捉えられなかったけど、ぼんやりとはわかった気がした。
私から離れた彼女が扉に手を掛け、回す。水が噴き出す様子はない。水車が壊れていないといいな。
†
壊れていた。
「これは……厳しい」
床にはいくつもの羽根が転がっていた。断面が焼きなまされて鈍く虹色に光っているから、何らかの方法で焼き切られたのかもしれない。かつて羽根のあったところを取り巻くように三つの噴射口があり、そこから噴き出した水が桶のような形の羽根に当たって水車を動かしていたらしい。飛んだしぶきは床に敷かれた金網を抜けて下へと落ちていく構造のようだ。想像していた水車とは随分雰囲気が違うが、これなら水を節約できる。古代の工夫だろう。
「クロエ」
しばらく黙り込んでいたアトミールが口を開いた。
「相談したい。二つ方法がある。一つは、クロエがこの部屋を出てしばらく何も見ず何も聞かないでいる。私が中から扉を開けたときには、不思議な力でピカピカの発電水車が蘇っている」
「なるほどね」
あんまりやりたくないんだろうな、というのが言葉の端から感じられた。彼女の信念を考えれば当然だと思う。
「もう一つは?」
「発電システムを部分的に作り直す。高圧水管を通す水の量は弁を調整すれば減らせるから、その先に現代の技術で作れる水準の水車を設置する」
「それ、上の発電機は使えないよね」
「推奨できない。繋げることができるか、繋がったとして動かせるだけの力を掛けることができるか、不確定要素が多すぎるから。一応、発電機自体は健全なようだけど……」
「じゃあ、現代の技術でこれを直すのは難しい?」
「無理だよ。できるとしてもこの場にある技術じゃ無理。ここまで曲がっていると叩いて直すと割れそうだし、交換となるとこの大きさの部材を一体成形する技術が要る」
「うーん……。独立大学連合の古代工場だったら……」
未だに稼働する古代工場を抱えていることこそが独立大学連合の独立を保障している。滾々とエネルギーの湧き出る質量転換炉と古代の自動整備装置に支えられた古代工場と古代兵器群は諸外国の軍事的・経済的圧力を受け付けない。技術的な限界から設備の力を最大限発揮することはできないけれど……既に形のわかっている水車を作り直すくらいなら可能性はある。
「その古代工場というものがあるとして……動員できる? 生産したものをここまで運んできて取り付ける必要もあるけれど」
「うーん……うーん……」
これは痛い質問だった。独立大学連合のあるネプスタミアからここまで運ぶとなると、海路でアミリス・オナーまで運んでアストーセに陸送、さらにここまで運んでくる必要がある。莫大な投資だ。それに、独立大学連合からすれば、ある国への技術協力は単なる商売ではなくて政治の領域だ。製造を引き受けてくれるかもわからないし、引き受ける対価がどれほどになるかもわからない。その対価を誰が支払う? とにかく新しい水車を製造することの初期投資と不確実性が大きすぎるんだ。ここを圧縮できればうまくいくのに。
私の中で一つの考えが纏まり始めた。これなら彼女の信念を曲げることもなく目的が果たせるんじゃないだろうか。
「アトミール案で上の発電機を使えないのは不確定要素が大きかったからだよね。ちょっとずるをするんだけど……」
彼女にはそれだけ言えば十分だった。
「ああ、なるほど。それなら、私は問題ないと思う。材料を持ってくるね」
†
アトミールは外へ飛び出していき、私が部屋のスケッチを終えるよりも早く材木を抱えて帰ってきた。
「お待たせ。これでやってみる」
アトミールは剣を器用に使って木を切り分けていく。粘土か何かみたいに木を削り出していく様子は非日常的もいいところのはずだけど、まあ、アトミールだもんな。最近慣れてきちゃった。床には次々と木製の羽根が積み上がっていく。
「これでちゃんと動けば見通しがよくなるね」
実際に動く状態まで持っていくのには彼女の力を借りる。けれどあくまで現代の技術で管理できる範囲のもので。アトミールが現代にない技術を供給することを恐れるのは、彼女の力に私たちが依存して、結果として世界が自分のものになってしまうことを嫌っているからだと思う。だから、私の意志で、事後に彼女の世話が要らない形の作業をお願いする分には問題ないはず。殺人機械の排除や遺跡調査のお手伝いのような一過性の分野には抵抗がないことからもわかる。
うんうん。完璧な計画だ。作った羽根に金属の補強板を取り付けているアトミールの背中を見ながらのんきに考えていた私は突然不安に駆られた。何かとんでもない勘違いをしていないか?
発電機から延びる軸をまじまじと見る。たくましい男性の腕みたいに太い金属の円柱が水車を貫いて金網の下にある軸受けへ繋がっている。うん。なるほど。私が何を不安に感じていたのかがわかった。
「あのさ、アトミール。これ……もしかして発電機を持ち上げないと駄目?」
水車は軸受けと発電機で挟まれている。さっき崩れたクレーンは発電機を持ち上げるためのものだったらしい。やな感じだ。前提が成り立たない気がしてきたぞ。
「ああ……大丈夫。ちゃんと考えてあるよ」
アトミールは据え付けられた水車のそばにある制御盤らしいものに触れた。どこかで電動機が唸り声を上げ、水車が少しずつ上へ持ち上がっていく。
「発電機ごと動かすことはできないけど、軸の上の位置関係なら調整装置があるのを見つけてあったんだ。これで持ち上げてしまえば下に水車を取り付けられるでしょ」
「でも取付はどうしよう。軸に挟み込むやり方だと遠心力の釣り合いが取れなさそうだよね」
「大丈夫。水車はそんなに回転数が高くないし、適切に設計すればね」
「その設計は?」
「私が。ここばっかりは仕方ないと思う。ほら、あれ、崩れたクレーンの残骸だったもの」
眩く輝く金属製の円盤が床に置かれていた。いつのまにこんなものを。
「一応……現代の技術水準から極端に逸脱しないように工夫してる。当面はディスクにはめ込む羽根さえ作れれば維持できるよ」
まじまじと円盤を見つめる。中心には溝がいくつも掘られた穴があり、ここを軸に嵌め込むもののようだ。四分割の構造で、組み合わせた後鋼板を当ててねじ止めしてある。
「図面さえあれば確かに……。ねじはちょっと難しいけど、ちゃんとしたとこだったら再現できそうだね。ん、図面? 誰が?」
アトミールは何も言わず、意地悪な神の使徒が浮かべるような笑顔を向けてきた。
「はーい。わかりました。描きますよーだ」
正確な寸法を把握している人に監督されながら復元図面を描く仕事は気楽だと思っていたけど、違う種類のプレッシャーがあるということを私は知った。とはいえ作業自体は順調に進み、水車の取付もその日のうちに終わった。
翌日以降は村の人にも手伝って貰って発電所までの簡単な道を作り、破壊された中央制御室に頼らない制御方法も確立した。方法を調べ、文書化し、あっという間に二週間が過ぎた。
今、私は村の人たちを前にしてダムの上に立っている。ちょうど、あの日捕まっていたときにいたあたりだ。
「えー、こほん。リーヴルタリス・アストーシィの皆さま」
今日は大一番だ。私たちがいなくてもきちんと発電機が動かせるということを示せなければ実用的な発電所としては失格だから、しかるべき筋から投資を引き出すためにはどうしたって私やアトミールに頼らない管理方法が必要になる。
「このリーヴルタリス・アストーシィ水力発電所実用稼働試験にご協力をいただけることに対し私クロエラエール・ヒンチリフ三等地方政務官はヒンチリフ行政区を代表して深く御礼申し上げます。そもそも――」
アトミールが脇腹をつつく。
「長い。虚礼は村の人たちの負担」
我がパートナーは大変端的で手厳しかった。
「こほん。この実験がうまくいけば、皆さんの村の経済に大きな恩恵をもたらすことができます。皆さんへの約束を守るため、どうか力を貸してください」
頭を下げた私を温かな拍手が包み込んだ。
「さあ! 掛かった掛かった。こいつが正念場だぞ。今こそ我らを悪の道からお救い頂いた大恩に報いるときだ」
ホリスさんの掛け声で皆が散っていく。私も持ち場であるダム内の歩廊へ下りよう。
幸いに個別の装置の制御装置は生きていたし、今までの試運転で充電もできている。複雑な手作業はないので、始動に大切なのは正確な順番通りに装置を動かすことだ。だから、手旗を目印として順番に作業を進める手順を作った。
神殿区域の歩廊に辿り着くと公服姿のホリスさんが待っていた。彼の手に握られている青と赤の手旗は、それぞれ動作の開始と停止を表す。
「準備はできています。いつでもおっしゃってください」
「ありがとうございます。……成功させたいですね」
正直、ここまでの作業については村の人たちの持ち出しだ。この実績に基づいてアストーセとヒンチリフに交渉し、本格的な事業化を進める。失敗したら。いや、始動できないだけならいい。事故が起これば取り返しが付かない。
「ヒンチリフさまの献身的なお力添えは村の誰もが存じ上げています。穀倉を荒らす羽虫の類さえ成功を疑ってはおりません」
「ホリスさん、本当に語彙が豊かですよね。あっ、すみません。嫌味とかじゃないんですけど」
慌てる私を手で制して、ホリスさんは自嘲げに笑った。
「腰を低くして役割に徹することでしか自分と村を守ることができなかった哀れな男です。ヒンチリフさまのようなお方が最も参考にしてはならない類の老いぼれですよ」
「そんなこと――」
ない。台本通りに立ち居振る舞うことは私のような立場の人間に最も求められていることの一つだ。私が今このようにしているのは、これが正しいと信じてやっているというよりも、これしかできないという開き直り半分なのが正直なところだ。みっともないからあんまり人には言えないことだけど。
本当に凄い人は両方ともできるんだろうな。まわりに目を配りつつ、やるべきこと、やりたいことは流されないでちゃんとやる。
まあでも、開き直りだろうとなかろうと、結局私は私にできることをやるしかない。空を見上げてその青さ高さに押し潰されるより、きちんと地面を踏みしめよう。
「ホリス吏代! 発電所始動準備!」
背筋を伸ばして声を張りあげる。ホリスさんも私に倣い、赤い旗を掲げる。
各所から中継されてくる信号旗が私たちの眼下で二度上げ下げされ、再び掲げられた。おおむね正位置赤色。異常なく停止中ということだ。一番と四番の旗だけが逆さに持たれているのは、何か異常があることを示している。
「信号旗確認。継電器、入口弁、調速機……発電機、水車、電力監視いずれも確認。一番四番異常あり」
「見てきます」
足早に消えていくアトミールの背中をホリスさんが不安げに見つめた。
「実は……どの装置も少しだけいたずらしてるんです。全部異常が上がってこないとおかしい」
「おお……。なるほど。我々の慢心を戒めるための深遠なご配慮。畏れ多い限りでございます」
しばらくしてアトミールが戻ってきた。
「想定内の異常のみでした。全て復帰済。異常を検知できなかった運転員の方にはもう一度講習が必要ですね」
こほん。まあ、ここまでだいたい予想通り。今運転員をしてくれている人たちは、事業化の暁には指導要員として頑張って貰う人たちだ。今この場限りうまく回ればいいというわけではない。
再準備の号令を掛け、今度こそ綺麗に赤旗が揃った。
「始動開始、青旗上げ!」
一番二番と青旗が翻り、水の流れが発電機へと流れ込み始める。私たちが固唾を呑んで見守る間、旗を持つ信号員の人たちもそわそわと落ち着かなさそうだ。そして、ついに――。
「電力監視青旗確認。正常に発電中!」
「やった!」
飛び跳ねる代わりに二人と拳骨を打ち合わせる。金網のような足下に負担を掛けるのは怖かったので。
その後の異常対応試験と停止試験も無事終わって、私たちの組み立てた作業手順が成立することを示すことができた。長期的な維持管理の問題は残るけど、そこは貴族の仕事だ。古術学と行政の仕事は一端背景に下がって、これから先は政治の仕事。めんどくさいなあ。でも、やらねば。ごめんね、フェリ。また面倒ごとを押しつけることになりそう。




