第51話「ヴィロメンタの神殿」
週間ランキング入りしたりめちゃめちゃ感想を頂いたりしてとても嬉しかったです。これからもどうかお楽しみください。
アミリス隧道以来の暗黒を切り裂いて私たちは下っていた。一歩を下りるたび、アーチ状の斜行隧道に取り付けられた金属製の階段が金属的な反響を返す。殿をつとめるアトミールが持つ前照灯に照らされた私たちの進路は真昼より明るい。闇と名の付くもので存在が許されているのは、私たち自身の影だけだ。
「いやはや。これほど明るい灯は見たことがございません。本来ならば私めが先導すべきところを代わってくださるばかりかこのようなわざを目にすることができるとは! ホリス家末代までの語りぐさとなること間違いございません」
先頭をゆくホリスさんが発した声が練岩に囲まれた狭い階段の中に響き渡る。全周からこだまするおべっかを想像してみて欲しい。とっても居心地が悪いから。
「全然錆びてないですね。特殊な金属なのかな」
話を逸らしついでに階段へと目を向ける。鈍い銀色を放っていて、数百年の時を経たものとはとても思えない。
「伝承の限りではいにしえよりこの建物の金属が朽ちた例はございません。場所柄、世界神さまの恩寵が賜ということもあるかもしれません。さあ、到着です」
終点に至って右へと抜ける扉が開かれると、金属の骨組みで作られた黄色い渡り廊下が見えた。
「ようこそおいでくださいました! 我らリーヴルタリス・アストーシィの民が誇りとする礼拝堂をどうぞ存分にご堪能ください!」
渡り廊下を数歩進んだ私は目を回しそうになった。城の尖塔がすっぽり収まりそうなほど高いアーチ天井。差し渡しは百歩以上ありそうだ。奥行きは比較的小さいにせよ、二十歩ほどはある。天井の方にある開口部から差し込む陽差しと蝋燭とに照らされた荘厳な雰囲気も相まって、普段は装飾過多なホリスさんの言葉が今この瞬間は現実よりも貧相に見えた。
「中空だったんだ……!」
湖水をせき止める壁が中空構造だなんて、誰が想像するだろう? 頑丈であるべきものなんだから、必要最小限の点検用通路などを除けばぎっしりと練岩が詰まっているとばかり思っていた。でも、考えてみたらそんな必然性はないよね。ある種の板金鎧が表面を波立たせることで強度を高めるように、構造を上手く工夫すれば少ない材料でより大きな強度を得ることができるのかもしれない。
渡り廊下から身を乗り出して景色を堪能している私の耳に、ホリスさんの咳払いが聞こえた。
「……こほん。私はリーヴルタリス・アストーシィの独立吏員ですが、本礼拝堂の司祭でもございます。ようこそ。人のわざの作りし神の家へ。当礼拝堂は旅人の礼拝を歓迎いたします」
渡り廊下の中央に立ち厳かに両手を広げる彼の姿は今までとは別人だった。
「この遺跡が礼拝堂としてのみならず、新たな形で我らに恵みを与えてくださるというお二方のご提案はまこと嬉しい限りでございます。さりながら、家へ足を踏み入れる者はあるじへの礼儀を欠かすことまかりならぬということもまた当然のこと。主たる世界神さまへの礼拝を願いたい。構いませんでしょうか」
「もちろんです。礼式に特段の定めは?」
「お心のままに」
そういうことなら、普段教わってるやり方でいいな。
「偉大なる天地を産み統べしヴィロメンタよ。アストフォルト・ヒンチリフが次女にして三等地方政務官クロエラエール・ヒンチリフここに罷り越したり。差す陽が我らを灼かず、吸う息が我らを蝕まず、降る雨は大地を潤し我らが糧を育む。これ全て畏れ多くも汝が恩寵の賜なり」
うんぬん。家祭神や私祭神ごとに定型句があって、向き合っている神さまごとに決まった賛辞を交えながら願い事を述べるのが祭礼の基本だ。ヴィロメンタのように五神に数えられるような神さま相手の定型句だったら子供の頃に暗記させられている。創意工夫が要求されるのは願い事の部分だ。今回の場合、神殿として使われているところを産業のために使わせて欲しいという頼みなのだから、定型的な文句には納めづらい。
「我らこの館に立ち入るは、我が私祭神理神が導きによりて和をもたらし我らが呪いを打ち消さんとする試みのためなり。必ず汝神意にも沿うべし。どうか我らを見守りたまえ」
(神さまたちも虫の良い眷属を作ったものだよね。何かわがままを通したいときはすぐ神代の因縁を持ち出すんだから)
こんなこと考えたってキリがない。私の中の皮肉屋な部分が心の中で囁くのを黙らせて、私は神殿の奥へ向けて野外の礼をした。
皆が黙り込むと、外界から隔絶されたこの空間は異様な雰囲気を醸し出した。遠くどこかで注ぐ水の音が空間を跳ね返り、自分達の心の中に水が流れ込んでいるようだ。空洞部の一端に取り付けられ燭台によって照らされたヴィロメンタの紋章と相まって、さほど信心深くない私の中にすら宗教的な気持ちが否応なく満ちてくるのを感じる。
「……ヴィロメンタさまは必ずやあなたの願いを聞き届けるでしょう」
ホリスさんが厳かに宣言した。
祈りは終った。あとは宣言通り行動するのみ。生命全てに掛けられた呪いを解く自信はないけれど、この村に掛けられた呪いくらいだったら私にも手が出るかもしれない。
†
ダムを捜索しているうちにようやく辿り着いた制御室は惨憺たる有様だった。
「破壊されていない装置を探す方が難事業かもしれない」
アトミールがこぼすのも納得だ。窓もなく薄暗い部屋を照らすと、部品の欠片のようなものが床に散らばっている。壁に取り付けられていた装置が、何者かによっ叩きき壊されているようだ。
「盗むためとかいたずら目的ではここまで徹底的に破壊しないと思う。敵にエネルギーを使わせないため発電設備を破壊したと推定するのが自然」
「良い案だと思ったんだけどな……。神殿で待ってるホリスさんになんて説明しよう」
頭を抱える私の肩をアトミールが叩いた。
「クロエはもっと諦め悪いでしょ? まだ打つ手はあると思う」
アトミールの案はこうだ。そもそもダムが溢れていないということは、水位を保つ部分は生きている。水位を保つには溜まった水をどこかから逃がさなくてはいけない。その部分を見つけて新たに水車を取り付ければ、ダムに支えられた強力な水車を作ることができる。a
「確かに、そのほうが村の人にも維持しやすいかもしれないね。さすがアトミール。ちゃんと考えてるんだ。あとは放水経路に水車を付けることができるかどうか、かな」
「あなたの全自律無人機だからね。放水経路の課題については多分大丈夫。もう見当は付いてるから」
アトミールは胸を張る。私は居心地の悪さに思わず前髪へ手が出た。
「おんぶに抱っこだね。どうにも……」
「私もどこまで介入すべきなのかは手探りだけど……。現代の要素技術を組み合わせて、さほど苦労せずに実現できる範囲に収める。これくらいが限度だと思う。それにしても、ふふっ」
「なに?」
真面目な話をしていたはずだったから、急に漏れた笑い声に驚いた。
「ごめんね、クロエ。もう一回おんぶされてもらうから」
「うわーーーーーーーー!?」
落ちる。神話によれば、理神さまの使徒の一人は生前、とっておきの果実酒を入れた瓶がテーブルから転げ落ちるのを見て運動の法則を見いだしたという。今、私はアトミールに背負われた瓶だ。
発電設備は多分外だと言われてダムから連れ出された私は、あのアトミールが突き落とされた崖まで連れてこられた。何もないよ、と首を傾げる私に、すぐにわかるよとしゃがみ込むアトミール。言われるままにおぶわれると、アトミールは虫のように軽快に崖を飛んだのだった。
「死ぬ! 死んじゃう! まだ召されたくない! うおおおおおおお!!!!!」
貴族のたしなみとか全部恐怖で吹っ飛んだ。目の前にある手がかりを無闇矢鱈と抱きしめてから、それがアトミールの首だと気付いた。人間だったら殺しちゃってたかも。
ガツンと衝撃音が何度も走って体がアトミールに押しつけられる。
「もうすぐ止まるよ。スパイク出して減速してるから」
衝撃音の周期はだんだん短くなり、連続した減速音に変わって、やがて私は再び重力の腕の中へと戻った。た、助かった……?
「ちょっと、もー! こんな無茶して! せめて先に説明してよ!」
「ごめんね。驚愕でマスクされて恐怖が薄らぐと思ったんだけど、そういうものでもないのかな。でも、ほら、着いたよ。あれがたぶん発電設備」
え、どこ? アトミールが指差す先にはボロボロの何かがあった。あちこちから草木が突き出していて、発電設備という未来的な言葉の響きから最もかけ離れた存在にすら思える。建物であるかどうかすら怪しく思える。
「ふふ、好奇心のほうがマスキング効果は高いみたい。落とされたときの記憶を辿ったら建造物らしいものを見つけたんだ。位置関係からすると発電設備なんじゃないかなって。ほら、行ってみよう」
さっきまで怒っていた自分はどこへやら。アトミールに導かれるまま目指した残骸は、近付いてみると次第に建物らしくなってきた。建物の材料だったらしいものは殆ど土に還りつつある。自然が人間に奪われた領域を奪い返そうとしているのだろう。
「発電というか……何だろうこれ」
首を傾げている私に向けて、アトミールは地面を指差した。
「地下に空間がある。水力発電所はよく地下に作られるって読んだことがあるよ。たぶん地上部分は点検に来た人が休むための場所。ほら、あそこが多分入口だよ」
なるほど、一角に練岩でできた箱状の部分があって、ここだけは文明の輝きを保っている。そこに取り付けられた丈夫そうな扉を開くと地下への階段が口を開けていた。ダムにあったものと同じような金属の朽ちない階段。アトミールが入ったのを追って私も地下へと足を踏み入れた。
地下空間に漂うのは土埃と水のにおい、そして嗅ぎ慣れない鈍いにおい。やや考えて、機械油のものだと気付いた。思えば一昨日から遺跡づくしだ。遺跡の上で縛られ、遺物の爆弾を解体し、遺跡の中で礼拝し、別の遺跡に今足を踏み入れている。えへへ。この村は凄いところだよ。何も売り物のない寒村ですなんてとても言えない。
「アトミール。聞いていい?」
「なに?」
「アミリス隧道もダムも全然朽ちてないでしょ。さっきの建物との違いは何なんだろう」
「永続建築物と一時建築物という概念が当時はあったの。永続建築物は、時代の変化によらず社会を支えるために必要なもの。傷を自分で埋める練岩とか、溜まった泥を自然に浚渫するように制御された水流みたいな沢山の技術と資源を使って作られてる。一時建築物は、時代の変化によって要らなくなったり作り直したりする建物。こちらはむしろ積極的に風化するように作られてる」
「どうして? 全部を永続建築物にしちゃっても良さそうなのに」
「古代はね。生産力は有り余っていた。だから、作ったものが無駄になることよりも、作りすぎて世界にものが溢れることのほうが危険だったんだよ。だから、なるべく早く自然に分解されるように作っていた」
「必要な分しか作らないというわけにはいかないの?」
「誰にも十分なだけ資源が行き渡るようにするには、必要な量よりも多く作らないといけない。そして、欲しいと思っただけの量をいざ揃えてみると、実際にはそこまで必要じゃなかったりする」
こつんと爪先が床に触れた。
「さあ着いた。たぶん……ここが発電機室」
アトミールが私のために照明を振って照らしてくれた天井に、黒々として長い影が見えた。
「竜!?」
アトミールが笑った。
「あれはクレーン。設備のメンテナンスに使うの」
クレーン、クレーン。思い出した。荷物を吊り上げたりする機械だ。照らされた姿を書きとめようとしたけれど、薄暗くって歯がゆい。せめてできる範囲で観察しておこう。ドーム状の天井に骨組みが渡されていて、その上にクレーン本体らしい装置がある。丈夫そうな綱が垂れ、先には鉤が揺れている。え、風もないのになんで?
「危ない!」
金属のひしゃげる金切り声、轟音、迫る瓦礫。飛び出してきたアトミールが私を壁に押しつけた。
刹那、鉄の跳ね回る音が地下空間に木霊する。飛んできた破片のいくつかがアトミールの背中に当たり、灰色の液体と一緒に飛び散った。
「……終わった?」
アトミールは柔らかく微笑んで頷く。
「怪我はない?」
頷きかえすやいなや強く抱きしめられた。
「良かった。こんな脆弱な体で……」
「アトミールこそ大丈夫? なんか、嫌なものが飛んでた気がするんだけど」
「この程度の破片。表面層が幾分えぐられたくらい」
「えぐ……!?」
「大したことないよ。ほら、装甲層は健在でしょ」
アトミールが見せてきた彼女の背中には大穴が空いているように見える。傷口からは灰色の液体が滲み、その奥には鈍い銀色をした板状の部品が見えた。彼女の言う装甲層というのはこの部品のことなのだろう。
「大したことあるでしょ……。人間だったら痛くてのたうち回ってるよ、その傷」
「いいでしょう? クロエも人間辞めてみる?」
見る間に傷口が癒えていくのを目の当たりにしながら聞く言葉としてはかなり刺激的な冗談だった。




