第53話「きしむ連邦」
諸事を引き継いでくれたホリスさんたちを残してリーヴルタリス・アストーシィを後にした。当初の目的である受信設備も怠りない。都合の良いことにダムには元々通信設備を設置する空間があったので、受信設備をさりげなく置くことは簡単だ。もともと設備のあるところに置く分には大きくても目立たないので、一台当たりの性能を上げることができる。一仕事終えたアトミールも満足げだ。
その後もフェリの用意してくれた巡察仕事をこなしていったが、流石にリーヴルタリス・アストーシィほどの大事件は起こらなかった。ついでに受信設備を置いてまわり、いよいよ全てを終えた私たちが業務完了報告をすべくフェリの執務室の扉を叩いたのはさらに翌月のことだった。
アトミールの助けて手早く仕上げた報告書に目を通すうちにフェリエスの顔色が怪しくなっていく。
「……やりすぎた?」
「私ね。クロエを出した時点で何か起こるんじゃないかって薄々思ってたの。クロエだもの。でもねえ……」
フェリの鋭い眼差しが私を貫く。
「自由革命軍? 質量転換爆弾? 水力発電所の再稼働? 一月少々で大型案件の盛り合わせを持って帰ってくるとは思わないわよ……」
なるべく恐縮して見えるように首を引っ込めた私を無視してフェリはティーカップへ手を伸ばした。
「まあ、でも、感謝してる。自由革命軍ね。あの連中がそんな大それたことをやろうとしていたなんて。これは警備部の失態だわ」
苦虫を噛みつぶしたような顔だ。よほど悔しかったに違いない。
「どういう人たちなの?」
「まあ……クロエが見てきた通り。身分制度ごと国家を解体して生まれる混沌とした状況から理想的な社会が生まれるという稚拙な思想を掲げている。実質的に山賊や他の有象無象と大差ないから重要視はしていなかったんだけど、うかつだったわ」
「ただの山賊が質量転換爆弾なんて持ってないよね。使い方がわかるとも思えないし」
「それよ。背後関係が――」
ぽんと手を叩いたフェリが机から身を乗り出してきた。
「未知敵対者! ヒンチリフの襲撃事件とよく似ていると思わなくって?」
未知敵対者。私たちを狙う古代技術を持った何者か。
確かに。本来そんなものを持っていそうにない類の人たちが古代兵器を活用しているという意味では似ている。現場に遺跡があるのも似ている。
「念のため。あそこにダム以上のものはなかったよね?」
隣のアトミールに訊ねる。
「調べた限りでは。でも電力源はそれ自体戦略的価値が高いから」
たしかに。古代の強力な技術を使うには大きなエネルギーが要る。発電所を直して運用できれば未知敵対者にとって有利なことは疑いない。
「ですがフェリエスさん。このことが直ちに両者への関連を裏付けるものではありませんよ」
「もちろん。でも、考慮には値するわ。クロエはどう思う?」
ううん。フェリの見立ては説得力がある。でも、フェリは賛同を求めて私に意見を求めたわけではないと思う。他に考えられるとしたらそれはどんな仮説だろう。
「……思った以上に統治がまずい状態、というのはどう。大したことのない悪党が質量転換爆弾なんかを手に入れられるくらいには」
フェリの目がぎろりと私へ向けられた。
「根拠は?」
人によっては怯えてしまう目線だけど私は知っている。これは、「面白いから詳しく話せ」という意味だ。期待に応えなければ。受けた視線をまっすぐ返す。
「リーヴルタリス・アストーシィの状況。水源で、しかも遺跡まであるような集落でも経済的に困窮して自由革命軍の甘言に乗せられそうになるんだよ。他にも同じような場所は沢山あるはず。フェリ、言ってたよね。『他の有象無象』って。つまり、似たような勢力が他にもいるってことでしょ?」
フェリは驚きの表情を一瞬浮かべた後、黙って頷いた。
「そのどれかが支配した地域に未発見の強力な遺物が眠っていてもおかしいとは思わない」
「社会の変化に対応し切れていない連邦各地では民心が離反しており、未発見の遺跡などから遺物が反体制派へ流出している、と。その見立ての中に未知敵対者や条約軍司令部、エータをどう位置づける?」
そこは考えていなかったな。流石フェリ。理解も早いし突いてくるところも的確だ。
「ええっと……。その中の有力勢力という線。それらの勢力の同盟であるという線。特に関係ない独立な勢力という線。ううん。あんまりはっきりとした結論は出せないな」
気まずくって前髪をいじる私の手を優しく掴んだフェリは微笑んでいた。
「まあ、それは仕方ないわ。発想を出すという意味でクロエの仕事は十分。あとは私の仕事。それぞれ裏付けを進めていけば自ずと可能性は絞り込まれてくるでしょう?」
「最初からそう言ってくれれば良かったのに」
「だって、クロエってそういうの苦手じゃない。はい、今から発想出しをします。こういう条件で意見を述べてください、みたいなやつ」
「むむむ」
なんだよもう。私のことなら理解してますみたいな顔をして。本当だから何も言えないけどさ。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、フェリは腕組みをして得意そうにしている。
「ふふふ。クロエのことは高く買ってるんだから。まだまだ私のために働いてもらうからね」
え? 働く? フェリのために?
「なあに。その怪訝な顔は。まさか、アストーセ地方監部管内の優等生行政区であるヒンチリフ行政区を統べる家系の者が、これだけ大きな仕事を押しつけておいてそのままさようなら、なんてことはしないわよねえ」
あ、フェリが悪い顔してる。逆らっちゃいけないときの顔だ。
「アストーセに公務滞在中のクロエラエール・ヒンチリフ三等地方政務官に対しフェリエス・ノアラ三等政務官が地方監部警備部員の職権において命ずる。北辺帝国に対するアストーセ北部における国境警備体制の現状についての年次報告書を作成せよ。その間に小官は警備部の本来業務外であるリーヴルタリス・アストーシィに関する貴官の依頼事項を遂行するものである」
わざとらしくしゃちほこばった表現で命令するフェリのにやついた顔。このままだとやりこめられたみたいで癪だ。形だけでも抵抗してやるぞ。
「行政区自治権に対する横暴だー! 我々地方政務官は行政区に属している以上、連邦政府に属する政務官から直接の命令を受ける法的根拠はない!」
「政務官は、連邦政府およびその附属機関が直接施政下に置く地域において下級のあらゆる官吏に対して指揮命令権を有する。ここアストーセは地方監部直轄地! 他の地域ならともかく、ここでその理屈は通用しなくってよ!」
「ふっふっふ。フェリ。都合の悪いところを省略しちゃ駄目だよ。その定めは命令相手方の指揮命令系統を尊重することが前提だよ。アストフォルト・ヒンチリフ地方政務長官の命令でここに来ている以上、機械的に適用することはできない」
「ぐ……案外詳しい……。クロエはこの辺疎いと思ってた……」
「権限周りのことは覚えさせられるんだよ。行政区の仕事の一割は中央からの無茶振りをのらりくらりとかわすことだから」
って、ロラン兄さまが言ってた。
「今のは聞かなかったことにしてあげる。……じゃあ、命令はやめましょう。お願いなら聞いてくれる?」
「もちろん。恩義もあるし、友達だしね」
嬉しそうなため息というものがあることを、私はこのとき初めて知った。




