66.優人と凛和の昔話
「じゃあ、まず俺と凛和の運命的な出会いから始めるか」
優人が自分の家の方向に歩を進め始めると同時にそう少し余計な言葉を出してきた。
「運命的ではないと思うけれど。じゃあ、話始めるとしたらあの図書館か」
「図書館? もしかして、凛和ちゃんと優人さんが図書館で勉強しているのって」
それに関係したりしているんですか? と優人と私の隣で歩を進めている紀異さんが首を傾げた。すぐさま優人がそのしぐさに反応して首を横に振る。
「あれはなんていうか成り行きで始まったものだから、あんまり関係ないよ。中学2年の頃、学校の図書館で俺らは出会って、いつの間にか図書館が集合場所になってた。それで俺がそこで勉強しながら待ってることが多かったんだけれど、問題がわからねーってなってるときに凛和が教えてくれて、それが誰よりもわかりやすくていつのまにか図書館の勉強会をするようになったんだよ」
「へぇー、そうなんですか……」
紀異さんはわかったような、わかっていないような、そしてつまらなそうな顔をしてから時間をあけて、自分がとても気になっていることを、私たちに投げかけてきた。
「それで、優人さんたちは図書館でどうやって出会ったのですか?」
とてもわくわくしたよなかわいい顔を簡単に口を割りそうな優人に向ける。そして優人はとんでもないことを口に出してきた。
「ほら、凛和ってちっさいだろ」
「…………は」
「はい、そうですね。小さくてかわいいです」
紀異さん、言葉を綺麗に直したって言っている意味は変わらないです。本当に、本当に。
「中学の頃はこれよりもっとちっさくてどうやっても本棚の高い場所にあった読みたい本が取れなかったんだよ。それで俺が取ってこいつに渡したの。それが出合い」
「あんとき学年でリボンの色違ったのに一年に見間違えられた恨みは今でも忘れてないからな」
「だってあんなちっさかったら一年かなって思うじゃん」
「でも!! それでも! 気づいて欲しかった!」
「まあ、今でも高1ですか? って身長だよね、凛和ちゃん。で、ちなみにそのころの身長は」
「132.4センチ」
歯軋りしながら私は紀異さんにそう答える。この悪魔……。
「優人さん無罪」
すぐさま紀異さんがそう判決をくだしてきた。
「だよな」
「くっ」
わかってた。わかってたけどつらい。
あの時、あの時もすでに魔族に狙われてたりして怪我を負ってたりしてたから、成長が遅くなってたんだよ。いまが11ってことは、本当に、何もなかったら、身長は140センチを余裕で超えてたんだ。
マジで恨んでも恨みきれない。
「でも、失礼かもしれませんが、それがきっかけってだけで2人のこんな仲が出来上がるとは思えないのですけれど」
彼女が心底申し訳なさそうにそういってきた。まあ、それもそうか。ただただ今の話聞いたら図書館でたまたま知り合って、普通に勉強をする中だったっていう情報しかないもんな。私を知っている紀異さんならたぶんこれだけで私がここまで心を開くだなんて思わないだろうし。
「ああ、うん。俺、凛和と勉強会するようになってから少しした後、自殺しようとしたんだよ」
「えっ」
紀異さんの歩が止まる。
まさかこんなことを言われるとは思っていなかった顔だ。
それに優人が少し困惑したように、彼女に安心させようと言葉を続ける。
「ああ、今はそんなことしようと思ってないから気にしないで。もう昔の話だから」
「命は一つなんですよ、本当に。あの、その、昔の話とおっしゃるのなら、そうしようとしたわけを教えていただいてもよろしいでしょうか……」
紀異さんが歩くのを再開する。私たちは歩くのを止めていなかったので、少し速度を落として彼女が追いつきやすいようにした。
「うん、ごめんね。俺ね、中学のころでもこういう見た目だからいじめられてたんだよ。小さなからかいから大きくなったって感じのやつ。それで居場所がなくなって、学校がつらくなって。凛和の存在ができたとき、もうすでに周りが見えなくなり始めてた時で。俺には必要としてくれる人なんていないって思いこんじゃって。凛和や母さんがいたのにな、それで……」
「自殺を……」
「まあ、学校の屋上から体を投げた瞬間に凛和に手をつかまれて肩の脱臼だけで済んだんだけど。いやー、あの時はびっくりしたわ」
「びっくりしたのはこっちだよ……窓から向かいの校舎が見えたと思ったら、お前が屋上のフェンス乗り越えようとしてるんだもん。全力で走ったわ」
本当に、本当にびっくりした。いつもの図書館に優人の姿が見えないと思ってふと窓を見たらそこの奥にあった5階建ての校舎の屋上に優人がいてフェンスによじ登り始めたんだから。意味が分からなかったけど、理解するより先に体が動いてた。本当に誰に何言われようがあの時は本当に全速力で廊下を走った。
でも本当に間に合ってよかった。ぎりぎりだったけど。
あの時のおかげで優人のお母さんと仲良くなったんだよな。懐かしい。
「あの時のお説教は胸に響いたよ」
「そうかい、よかったよ」
あれはお説教じゃなくてただの私のわがままだったんだけどな。
まあ、言わないけど。
「で、そのおかげでなかよくなったと」
ほー、と紀異さんが納得したようにうんうんと頷いている。
弥生凛和が助けたイコール心を開いていたと解釈したのだろう。うん、あってる。
「うん。あと、凛和も嫌がらせ受けてて、こいつの場合は3階のトイレから地面にダイブして、それを俺が見ちゃったもあるかな」
「凛和ちゃん!?」
あ、余計なことを。まあ、いいんだけどさ。
私が弁解しようとした瞬間、優人が慌てて彼女を鎮めようと補足してきた。
「あ、紀異さん、凛和を責めないで。悪いのは凛和の大事なもんを外に投げた奴らだから」
「そうなのですか? で、その投げた人たちは?」
殺気がすごいな。
思ってくれるのはとてもありがたいけれど、もう済んだ出来事だからあまり何も思わないでほしい。
私は彼女の問いに答える。
「かかわってるだけ無駄だからそれからのことは知らない」
「……。そう、なんだ。で、なにを投げられたの?」
「家族写真」
ぶっきらぼうに私はそれだけ答える。
「弥生家の?」
「そんなものだったらむしろどうぞ溝にでもお捨てくださいだよ」
「え、凛和ちゃん今の家族嫌いなの」
「好きだよ。大嫌いだけど。あ、でも小父さんは大好きだな」
元治小父さん。あの人はとてもいい人。そして、いまだにお義父さんって呼ぶのに慣れない人。
「じゃあ、もしかして……」
「投げられたのは、私の本当のお父さん、お母さんとの写真が入ったペンダントみたいなやつだよ」
「投げた人には人の心はあるの……?」
魔族がこんなこと言うのはどうかと思うが、本当にあの時のあの行動はどうかと思う。まあ、でもやっている人たちってただただ面白いからっていう理由でやっている人が多いからなー。あの人たちもそうだったし。
まあ、私が外に迷いもせずに飛び込んだ時に一瞬見えた顔は笑いものだったけど。
「知らん。で、その事件のおかげで俺のお母さんと凛和はさらに仲良くなったから、一概に悪かったといえないんだよな」
「まあ、結果オーライって感じだね」
わははと私たちが笑いあうと紀異さんはもう過去話は聞けない、もしくは聞かなくていいとふんだらしく微笑んできた。
「それでそのあとに優人さんは彼女さんを凛和ちゃんにくっつけてもらったりしたんですね」
「うん。そう。そして今に至るって感じだな。いやー素晴らしいドタバタ人生」
しみじみと優人が昔を思い返すように遠い目をしている。でもそうだな、結構忙しい日々だったな、あのころ。
「人間的に結構ハードですね」
「だろ。我ながら誇れる」
あ、と優人と私はある建物を見つけて着いた。と同時に呟いた。まあまあいい感じのタイミングか。
ベランダで待機していた女の人が私たちの姿を確認し、ぶんぶんと腕を振っている。
「あらー、とってもかわいい子が来たわねー! いらっしゃーい! さあ、あがって上がって! 美味しいものをたくさん用意しておいたから!!」
「ただいま母さん!」
「友見さん! お久しぶりです!」
その光景にどん引いている紀異さんをよそに、私と優人は元気にそのサイドテールの女性に言葉を返した。




