67.巡り合わせ
「え、何これおいしい。これが母の味……」
目の前にある食べ物を食べて感動して独りごちた紀異さんのことばに友見さんが反応する。
「ふふ、そう言ってくれてうれしいわ。月詠紀異さんっていったわよね。紀異ちゃんって呼んでもいい?」
「はい。喜んで。えっと、優人さんのお母……さん?」
「んー、もっと親しみを込めて友見って呼んでくれて構わないわよー」
何と呼べばわからなかったのか、恐る恐るそう紀異さんがいうと、さも当たり前のように友見さんが笑ってきたので、彼女は隣にいた私をちらりと見て、目で何かを訴えてきた。
たぶん名前呼びのこと……だろうなぁ。うん、向こうがこう呼んで? と言ってきたからそうしている。まあ、親しいっていえばそういう関係でもあるんだけれど、でも相手側から言われなければ、そんな知り合いの親を名前呼びなんてしない。
「えっ、あっ、では……友……見……さん」
「きゃー! ありがとう! やっばり若い子から名前で呼んでもらうっていいわねー!」
その反応に何かを酷く思ったのか、無言で私の太ももを紀異さんが叩いてくる。やめてほしい。
優……はだめだ。このテンションに慣れすぎてこれに慣れていないやつの気持ちが把握できない。ふつうにおいしそうにご飯食べてる。
そうしてピンクブラウンの胸まである髪の毛を楽しげに思う存分揺らした後、友見さんは紀異さんに言った。
「あ、そうだ! 紀異ちゃん、お母さんの味が恋しくなったらいつでもおいでね」
夕食が終わり、時計の長い針が7という数字に届くか届かないかくらいの、あいつの動きが活発になる時間になった時、私たちは優人の家から、名残惜しくおさらばした。
そして帰り道。
隣には優人がいる。紀異さんは先程わざとらしく、家から出た瞬間に電話に出てお使い頼まれた! 店が閉まるといけないから行くねと言ってどこかに駆けて行ってしまったのでいない。
そして優人はというと、友見さんがこの時間に女の子一人にしてはいけない、ましてや凛和ちゃんを! とありがたい、そして申し訳ないことをいって見送り要員として送り出されたのだった。
「んー、ありがとね」
「え? なにが?」
「ごはん、誘ってくれて」
「あれは母さんが言ったことだから気にしなくていいよ」
「うん、友見さんの作ってくれたご飯おいしかった。それに顔も見れたし」
「そういえば母さん、いつにもましてハイテンションだったなー」
楽しい記憶をたどるようにしながら優人が笑う。
うん、あのテンションはついていけなかった。まあ、それがよかったんだけれど。
なんだかんだ自分の家よりものびのびできた気がする。もう少し居たかったな。まあ、うん、そんなことしないけれど。
「いやー、楽しかった」
「明日も楽しいぞ」
「そうだね」
そうだといいな。
でも、やっぱり優人は笑っても目つきのせいで怖いな。夜道だからなおさら。
「あ」
そんなことを話していたらもう家が見えてしまった。
うーん、楽しい時間はあっという間だな。早い。
「じゃあ、ここで。また学校で。今日はありがとう」
「おう、じゃあまたな」
そう言って私は軽く優人に手を振ってから自分の家があるマンションにはいり、エレベーターに乗って自分の家がある階に行き、玄関扉をくぐる前に外を見ると優人の姿が見えたので、少しだけはにかみながら大きく手を振った。
ああ、こんな時間が続けばいいのに。そんな淡い願いが胸にちらついたが見なかったことにして、それでも笑顔を作って彼に別れを告げて私は家に入った。
学校終わり。公園。
まさかの図書館休館日だったので、半笑いしながら私は終業のチャイムを聞いた瞬間に学校を出てやった。いやまあ、だって、いたって意味ないなと思ったんだもん。でも行く場所もちょっとなかったから公園にいる。
今、隣にいるぼたんちゃんはやさしく、いたわるように花たちに水をあげていた。
優しい世界。
「うわー、きれいだなー」
「え」
「っえ?」
そんな世界に入り浸っていたのに、まさかの人物の登場で私たち二人の動きが一瞬止まり、世界が壊れていく。よかった。いま、彼女に耳としっぽは生えていない。
私は軽くぼたんちゃんを隠すようにして、赤い髪で黒い服の女性の意識を私に向かわせるように声をかける。
「あ、界流さん。どうしたんですか、こんなところで」
「んー、仕事してたら甘い香りに誘われて……」
「花、きれいでいい匂いしますもんね」
「そう! すごい綺麗! 色とりどりででも整ってて……いい匂いもする」
ひざを曲げて花に顔を近づけて顔をほころばす界流さんをぼたんちゃんは無害だとふんだのか、踏んでしまったのか、おずおずと声を出してきた。
「あのね、このお花、ハツユキカズラっていうの、すごくきれいでね、私、だいすきなんだ」
そういって赤紙の女性の顔の近くにある白い花をちょんと指で触れる。すごく、愛おしそうに。
「へー、そうなんですねー。初雪かー、いまの季節とは真逆……」
「ははは……」
「あ、この紫色の花はなんていうんですか?」
「それはね、キキョウっていうんだよ!」
「へー、ききょう……ですか……」
「?」
「あ、なんでもないです。なんか、懐かしい響きだなって思っただけで」
そういってから界流さんはききょう……ききょうか……とまるで大事なものを胸の内にしまうように小さく反芻する。
そんな彼女をぼたんちゃんがまじまじと見つめる。
「ふーん。そう……なんだ」
「ふふ、そーです」
……なんかいい雰囲気だな。
2人で見つめあってニコニコしてるし。これは見守っていて心安らぐものではないだろうか。
ふと思った矢先だった。
あの、不吉な音が鳴り響いたのは。
「ひえっ」
「ぎゃ!?」
その音に私以外の二人が反応する。一人は音におびえ、一人はただただその大きい音に驚いていた。
……やばい。
私はぼたんちゃんに手を伸ばす。
「いやー、やらかした。サイレントモードにするの忘れてた。これ閏さんたちにばれたらまた怒られる。いやー、すみま……」
へらへらした界流さんの言葉が止まる。
間に合わなかった? まだ彼女の体には……
「凛和ちゃん」
「おねえちゃん……」
2人の声が聞こえる。ああ、やばい。まって、お願い。それ以上言葉を話さないで。
でも、そんなときほど願いなど叶いやしない。
叶ってくれないんだ。
「こちら、焔班界流紅。現在地点にて魔族と遭遇。……弥生閏の妹である弥生凛和を洗脳し、味方にしている模様。救出に向かいます」




