64.物事には理由がある
私がエルフさんの首を切った瞬間、地面から大量の黒い手のようなものが一斉にエルフさんを捕まえていた。
「ひっ」
何が起きたかわからない私を置き去りにして、一瞬で顔がゆがんでいるエルフさんを跡形もなく地面に引きずり込んでいった。
静寂。
もうここの空間にはエルフさんが生きていた形跡などどこにも残っていない。私が持っている刃物にも彼女の血液は残っていなかった。
こういうことなのか。捕まえて、天界に渡すということは。
「え、なに、もう終わったの」
くやしいけれど、聞きなれてしまった男の声が聞こえた。
私は刃物を消しながらそれにこたえる。
「終わったよ。ていうか、見てたでしょ」
「あらー、気づかれてたか。ま、いいけど」
私と真っ黒い吸血鬼は同じ場所に足を向ける。
そこには、真っ赤な血だまりがあった。
ヒュー、ヒュー……と危ない呼吸音が聞こえてくる。どうしよう。助けたい。でも私には煉璃さんみたいに治癒能力など持っていない。助けられない。
血だまりの前に私がつっ立っていると、キリトがすっと私の前を横切り、エルフさんに傷つけられた女性の隣に憐れむかのように座った。何をするつもりだろうか。
「痛かったね。でも大丈夫。もう楽になるよ」
そう言って、彼女の傷口に手を当てる。口ではなく、手を。
「なっ……」
私は驚く。信じられないというように。だって、あいつは。あいつは……。
でも、間違いじゃない。今起こっていることは現実だ。
この吸血鬼は、治癒能力も使えるのか。
「ねえ、来て。源」
凛和って呼ばないんだ。そう思いながら私はただ寝ているだけの女性をキリトと挟む形の場所にしゃがんだ。
私が彼女の近くに来たことを確認すると、彼は私にこう願い出た。
「転がってる彼女の血を消してくれないかな」
「できるの? そんなこと」
「できると思う。前の異界者殺しはそれをやってたから」
「ふぅん……」
前の異界者殺し……ねえ。
私は恐る恐る女の人の周りにたくさん散らばっている赤い液体を触る。そして──
「消えた……」
時間を巻き戻す能力を発動させると、それは瞬く間になくなってしまった。
あー今まで体力と時間を無駄にしてたことが分かってしまった。能力を使えば一瞬で血液は消える。覚えとこ。
血液を消した私はそのあとに彼女の服にさわり、同じように能力を発動させ、服をきれいにする。もう、エルフさんに殺されかけていた女性はただ道端に寝ているきれいな女性となった。
「よし、これで終わり! 源ちゃんお仕事お疲れ。手慣れている感じでとても怖かったよ!」
「うん。手慣れてるからね」
「え?」
「ん? ああ、そういえばそれは見えてなかったんだっけ。私が能力を発動している時」
私は凛和に戻りたいと願う。願ったら私に戻った。服もそのまま。学生服の凛和だ。
諦めたことを話すように、もう、昔々のことだと笑い飛ばすように私はキリトの疑問に答える。
「お兄ちゃん……閏さんや、お義母さん、もとは……お義父さんとか、煉璃さん、武藏さん。みーんなヒーローの関係者だからね。そんな格好のエサ、狡猾な方たちが見逃すはずないじゃん。それに、助けてくれないなら、自分でやるしかないし」
「俺に捕まってからのことしか知らないけど、その時は随分お兄ちゃんにすがっているように見えたよ?」
「だって、捕まっちゃったんだし、異世界に行っちゃったぽかったし、だったらたぶん閏さん来るだろうなーって思ったし、来たし。それからはあの人たちに私が魔族の人たちに襲われることがあるってわかっちゃったから、わかられちゃったから、縋るしかなかったんだよ」
「一人で倒せるのに?」
「そう」
「ただの人間だって思ってた時はどう倒してたの?」
「今もただの人間だよ。あの、空気を切ったときに花が舞ったやつ見た?」
「みた。すごーいって思った」
「それで魔族を切るとね、跡形もなく彼ら、消えていなくなるんだよ」
少しの沈黙。矢っ張り魔族だから、同胞を殺したということで怒ったりするのだろうか。
すこし、私はおののく。だがそれは杞憂だった。
「なるほど」
キリトはそう言って笑った。怒ってない、納得したようだった。
「じゃあ、質問多くなってごめんね、俺に殺される前、何回殺された?」
ふふっと私は微笑む。
「さーて、何回でしょう」
一回ごときじゃない。
そうキリトは受け取ったんだろう。彼はあきれるように「凛和ちゃんは嘘つきなんだね」そう私に言ってきた。
あはは、と、心の中で笑う。否定できない。
「うん、私は嘘つきだよ。大ウソつき。みんなみんな、私にだまされてる」
「そう」
「うん」
「そこまでしないと、君は壊れちゃうんだね」
私はキリトを見て、それから横たわっている女性を見る。うん、もう彼女の顔色もいいし大丈夫そうだ。私は立ち上がり、彼らを見下ろして、ぽつりとつぶやいた。
「違うよ、キリト」
数歩、まるで跳ねるかのようにかけて彼から距離をとり、振り返る。女の人の隣にはもう彼はいなかった。彼も数歩、動いてきたのだろう、私と彼女の間にキリトがいるのが視界に入る。
つれない奴だな。
「私はもう、とっくに壊れているんだよ」
突き放すように、そう私は言った。そして、私の真後ろに黒い水たまりを出す。
「じゃあ、私戻るね」
そして、くるりと体を回転させ、そこに向けて足を差し出す。
「時間止めてくれてありがと。お疲れ様」
私は体がそれに埋まるか埋まらないかのタイミングでそんなことを言って、その場を後にした。
「……気づいてたのか、嘘つきめ」
場所は変わり、トイレの個室。
そんな言葉が水たまりの上から聞こえたような気がした。




