63.初めての任務
黒い水溜りに勢いよく飛び込んだ先には、青空が広がっていた。
青空が私の視界に飛び込んできたと思うと、ぶわっと勢いよく心地よい風が私を包み込んできた。
同時に私の体に違和感が生じる。
何事かと思い、取り合ず足と手を見ると、先ほどまで動きやすいスニーカーを履いていた足には黒く短いブーツ、手は少しだけいつもの形と違い、なんというか、整った形をしていた。それに先ほどまで制服の袖があった場所には、黒色の着物の袖らしきものが見える。
これだけでも私の体が何か変わった、というのがうかがえるのだが、一番の違和感は頭、細かく言うと髪の毛だ。なんかとても一部が長くなっている気がする。風の抵抗がすごい。何だろう、仕事をする前にすごく鏡で自分を見てみたい。今の変わりようを見てみたい。まあ、見れないのだが。
とにかく私は変わったんだ。願って、セツさんが言っていた、異界者殺し──源という存在に。
もう戻れない、そんな思いが込み上げてきたが、私は無視をする。後悔したってなにもならない。とにかくもう、始めるしかないのだ。魔族を、天界に送る作業を。
あいにくと言ってはなんだが、私は…………。
「あ」
私はにっと笑う。下を見たら、運がよかったのだろうか。
「見つけた」
ハギナさんに頼まれた魔族を一瞬で見つけることができた。
私は私の真下にまたあの黒い水溜りを作る。行先はその魔族の近くの建物の上。
自動販売機で優人の水を買っている時、ハギナさんから連絡がきた。
内容はあるものを天界に送ってほしいというものだった。
あるものとは魔族で、分類はエルフ。
犯した罪は人間を2人殺したというもので、これから先、また人間を襲い、殺そうとしている……らしい。
エルフというと、何かを守りながら住んでいる立ち位置で物語で多く語られているイメージの生き物だ。エルフ……いるんだ。
まあ、知っていたけど。あの人は元気にして……ないな。嫌なこと思い出した。忘れよう。
私は今思い出したあることを頭の奥底にしまい、そのエルフが今いる場所の近くにある建物の屋根に降りた。
「…………」
降りた?
何事もないように、先ほどまで命がけのスカイダイビングをしていたとは思えないくらい、まるで段差を一段だけ両足で飛び降りた時のように、ふわりと降りることに成功した。
重力ってなんだっけ。
え、怖い、この体怖い。
ハギナさんからいろいろ聞かされてわかった気になっていたけれど、わかっていなかった。前のあの着地したときに駆け巡っていた痛みはどこに消えたの。
嘘でしょ……? こんなことある? 力が最大限に引き出せるどころの話ではないのですが。でもまあ、人間が魔族相手に戦うとなると人間やめなくてはいけないということなんだろうな。まあ、私は人間なんですけど。
それよりも早くやらなければ。
先ほど上空にいたとき、その魔族を見つけた。そして、近くにほかの生き物も見つけた。それは──血を流した人間だった。
私はためらいもなく屋根から地上へと飛び降りる。彼女達がいたのは幸いにも人気の少ない小汚い路地裏だったので、何も問題なく、周りを気にせず私は物を振るうことができる。
本当に、本当に、ラッキーだ。
地面に何の問題なく着地した私は、足早にその見つけた場所へと向かう。血の匂いがする。
人が大量の血を流す姿を見るのはいつぶりだろうか。
……両親以来だな。いつしか、見慣れてしまう日が来るのだろうか。
私が魔族には物を振るうことを慣れてしまったように。
狭く、小汚い路地の角を曲がった時、彼女を見つけた。
人間もいた。呼吸は荒そうだが、まだ生きていそう。
エルフさんはきれいな白銀の髪を茶色い肌にかぶせるように垂れ流し、大量の赤い液体のようなものと少し土ぼこりをかぶったワンピースのような白い服を着ていて、人間のそばに座っている。
近くに倒れている女性は白いTシャツにジーンズといったラフな格好。でもいろんなところが切り刻まれていて服がとても個性的になっている。黒い短い髪もどこか少し赤くなって個性的。エルフさんの近くで横たわっている。
…………。
現実逃避をしてしまった。
「お嬢さん、なにみてるの。別に見世物じゃないわよ?」
女性の声が聞こえた。酷く澄んだ、まるで心をすべてえぐられるのではないかと錯覚してしまう、不思議な声。
ああ、これがエルフという生き物の声なのか。
「私も、見世物を見にここへ来たのではありません。ですので気にしないでください」
そう言いながら、私は刀を簡単に手に取れるであろう高さに作り出す。大きさは、そうだな、打刀くらいでいいか。
「そう、でも急に空中に長いものをだす人間なんて知らないわ。だから見なかったことにはできない」
私は刀を出したところに手を出す。ちょうど胸の高さくらいの場所に作ったから、やはり取りやすかった。
「そうですか。うーん、残念。こんな怖いもの見ちゃって、声もかけられて、おまけに見過ごしてもらうこともできないなんて」
私は左手に収めた刀をブンと一度だけ振ってみる。重さが腕に伝わる。うん、うまくできた。
「何を……するつもりなの?」
「そういうあなたは何をしていたのですか」
一歩、また一歩、エルフさんに近づいていく。それに伴い、女性の傷口も鮮明に見えてくる。一つ一つ、きれいな傷ではなく、何処か無理矢理搔き切ったような傷口。とてもグロい。
「私はね、お説教をしていたの」
「お説教?」
「ここを通る人間はみんな、何かを落としていくの。最初はただのオトシモノだと思って、その人に返していたわ。だけどね、気づいたの。人間は何かを落としていたんじゃない。捨てていたんだって。だからお説教することにしたの」
エルフさんは何かを悲しんでいるかのように、でも同時に楽しそうにそう答えてきた。
地面に目を泳がすと、建物のそばに小さい何かが落ちているのを見つけた。たぶん女性が落としたものだろう。
「でも、だとしても、やりすぎだと思いますよ。人を傷つけるなんて」
「? 何がいけないの」
「ただここの路地に物を捨てただけで殺していることですかね。しかも今回は、ただストラップを落としてしまっただけの人間を殺そうとしている」
へ? と間抜けな声が聞こえた。
私は歩いて、落ちていたストラップを拾う。
「これですよね、彼女が落としたもの」
「そうよ。それを、捨てたの」
まだいうか。まあ、いいけれど。
私は拾ったものを見る。かわいい、プラスチックでできた熊のキーホルダーだった。その熊をどこかに繋げていたであろう糸が切れている。たまたま、運悪くここで切れてしまったのだろう。とても使い古されているようなところを見るに、あの女性のお気に入りなのだろうか。
「まあ、捨てた落ちたはこの際どうでもいいです。問題は人間を二人殺して、今、人間をもう一人殺そうとしているということです」
エルフさんの眼が見開かれた。なぜ、それを知っているのか。そう声に出さずとも言っているように見えた。
「天界のひとに言われたんです。こういう魔族がいるよー、だからこっちに送ってねって」
「あいつらでは、ないのか」
あいつらって……、ああ、あの人たちのことか。
「はい、私はヒーローを名乗っている人たちの仲間ではありません」
それを聞くな否や、エルフさんは私に何かを投げるような動作をしてから、逃げた。
「嫌だ。天界は……! 天界だけは……!! あんな場所に行くんだったら奴らに殺された方がまし!!」
ああ、本当に天界って地獄なんだな。すごく必死で声を震わせながら逃げてる。
私は小刀を右手でちょうど持てる高さの場所に出現させ、投げつけられた何かに向かって戸惑いもなく切りつけた。
それを見た、見てしまったエルフさんは驚いたように再び目を見開く。
まあ、そうだよね、自分が投げつけた風がただの花びらになったら、物質を持たないものが、持つものに変わったら誰だって驚くよね。私も最初は驚いた。
私は用がなくなった小刀を消滅させ、彼女を追う。ヒッと嗚咽を漏らしてエルフさんがまた走って逃げる。だけれど、なんだか走り方が変で、遅かったのですぐ追いついた。彼女が私のあの行動を見てくれて少し助かった。それがなかったらもうちょっと手間取ったかもしれない。
そして追いついた私は。
何も言わずにエルフさんの首を刀で切り落とした。




