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41.なんか目の前が青いです

 私は何でもないかのように微笑んで、言葉を続けた。本当は言葉を続けるつもりはなかったが、目の前にいる真っ黒いやつの何とも言えない表情を見て、少しムッとしたというか、こんなことでいろいろ思わないでほしいので、続けることにしたのだ。


「では、これからよろしくお願いします。本当、私だけがこんなに一方通行で傷だらけになるのも虫の居所が悪かったから、丁度よかったです。これで溜まりに溜まってたストレスが発散できるし、一人当てもなくムカついてストレスが貯まることもなくなる」

 そういって私がニシシと笑うと、何とも言えない表情をしていたキリトがどこか私を嘲るような表情を向けてきた。これはこれでムカつくが、さっきよりはましだろう。


 そうしてひと段落したとき、ハギナさんが口を開いてきた。そして、後ろにいるキリトに視線を向ける。

「じゃあ、これは本当に源になってくれるってことでいいのか。じゃあ、早速だが、キリト」

「なんですか、ハギナさん」

 どうしてだろうか、とてもなんだが嫌な予感がした。

「ちょっと試しにうえに凛和ちゃんを連れてってみてはくれないだろうか」

 うえ、とはどこのところのことだろうか。ハギナさんは上という言葉とともに人差し指を上に向けていた。上に……上……。


 嫌な予感しかしない。


 それを聞いて理解したようなキリトはとても楽しそうに笑っている。私ははっとして後ろを見てみた。――セツさんはとてもかわいらし気に、まるでこれから楽しみなパレードが始まる前の子供のような無邪気な笑顔で私を見ていた。

「……嫌だ」

 そんな言葉が無意識に私の口から零れる。が、そんな言葉は事態を悪化させるための燃料でしかなかった。


「よし! 凛和ちゃん行くよ!」

 私の言葉でとてもじゃないやる気が出たらしい変態吸血鬼は私のもとに駆け足で迫ってきた。


「えっ、っう、あ、ふぁ!?」


 驚きのあまり、今から私の置かれる状況を理解したくないあまり、日本語にさえならない何語かわからない言葉が私の口から飛び出す。

 セツさんとハギナさんに救援を……って駄目だ。あの二人は止めるどころかむしろ乗り気、しかも一人はあの吸血鬼に命令を下しているのだ。止めるくれるはずがない。ならば、まだ救いがあるのはあと一人の……。


「凛、いっけー! ボクは君の勇姿に感激したよ!」


 だめだ、この人もだめだ。


「凛和ちゃん、諦めていって来て。これは源になったら慣れとかなくてはいけないことなんだ。というか、源になるための試練なんだ」

「いやでも、源という存在になることと、うえという場所にいく意味が繋がらないのですが……。それに試練って何ですか!?」

 私は必死に今から起きるであろう事柄を遠ざけようと、ハギナさんにたてつく。

「何事にも、慣れが必要だからな」

 が、そんなことは、私の気持ちなどは尊重はされないようで、段々とハギナさんのどこか怖いオーラが私の身を包み、私を畏縮させていく。


「いやでも……」

「慣れが、必要なんだ」

「でも、試練だなんて聞いてないですよ……」

「では今言うぞ。うえに行ったときに能力を使え。物を生み出す能力でループみたいなやつを作れ。それが作れて、ここに着地できたのならば、源になる素質が大いにあるということだ」

「いやでもそれなに……」

 そんなの聞いてないし、よくわからない説明で、さらによくわからなくなる。わかるのはハギナさんが今とても怖いということだけだ。


が、私の意見などさっき源になることを承諾してしまった私の身にはないらしく、ハギナさんの威圧はただただものすごく強くなっている。まさに鬼。鬼の何者でもない。


「作れよ」

 ハギナさんの言葉が、かわいい声なのにものすごく怖いドスの効いた声に聞こえてしまう。癒し声のはずなのに。

 めっちゃ怖い。

 私は、その威圧に負けて、小さく声を漏らした。

「…………ハイ」

「決まりだな、では頑張れよ。じゃあ、キリトよろしく」


 そんな声が耳をかすめたその瞬間だった。黒い影が私の景色を覆い隠し、それが過ぎたと思った瞬間に私の視界は真っ青に染まっていた。

 本当に青い。たまに白いものが見える。これは何なのだろうか。あれ、体が浮いているような。というか暑い!? なんだこれ、いやダメだ。理解してはだめだ。理解をしちゃ……。


 私の顔はだんだん青くなっていく。まるで私の周りの景色と同化するように。この、とてもきれいな大空のように……。


「いやああああああああああああああああああああああああああああ!! 高い! 高い! 高い! 高い! これは死ぬ! 本当に死ぬ! マジで死ぬ! ムリ、ムリ、ムリだよ! 無理ですよこれは!! 何でこんな高いの、え、なに、嫌がらせ? 私を殺したいのですか、ショック死させたいのですか!?」


 私は一瞬にして理解したくもない自分のおかれている状況を把握してしまい、悲しくも吸血鬼の前で目に涙を浮かべ、惨めにも子供のようにわめいてしまった。

 一生の不覚。でも、それどころじゃない、それどころじゃないんだ。


「うわあ! 凛和ちゃんが叫んで目に涙を浮かべてる。これは楽しい」


 私の体を掴み、笑っているやつがそう私にいってきた。

 この吸血鬼、太陽に弱いとか言っていたの嘘じゃないか。いま、さんさんと照り輝く太陽がいつもより近くあるのに、具合が悪いどころかいつもよりもとても元気に見える。なんなんだよこれ。

 というか、ヘラヘラ笑っているのが今の状況も含めて、気に入らない。


「キリトさんマジで何やってくれてるの!? 青いよ、空だよ、天だよ。まさに上だよ!? 無理! これは無理です。浮遊感半端ないです。さすがにこれは私、死ぬから、終わるから! キリト、ねえ、なにやってくれているですか!? というかお前太陽に弱いんじゃなかったの!?」


 私の必死の訴えに、ヘラヘラ笑ったままの吸血鬼が楽しそうに声を返してくれる。 

「大丈夫だよ。俺くらい、位の高い吸血鬼様は、太陽の光で一瞬にして燃えて朽ち果てるとかないから。ただ少し体力がなくなるってだけだよ。それに、たとえミスって地面と同化しちゃっても俺たち両方不死身だし。なんも問題もナッシング」

「ざっけんな!! 私は死にたくないんだよ!!」

「でも源になることを選んだじゃん、イコール毎日死が待っていると同じなんだよ? なのに何で死ぬことを嫌がるんだ」

「それとこれとは別だからだよ!」

「……あっそ。じゃあ手を離すよ」

 いま、この吸血鬼はさらっと何をいったのだろうか。

「…………え?」


 するとこの吸血鬼は私がすべて言葉の意味を理解する前に、有言実行でパッと抱き締めていた私の体を一瞬にして離してくれた。

 私は何が起こったのかわからなくて目をぱちくりする。

 ……どういうこと、これ。


「え、え、え、え? ちょっと、キリトさ……」


 完全に個体になった私。もう体には誰のても触れられていない。キリトがいる方を見ると楽しそうにリアルスカイダイビングを満喫していた。まるで私なんかどうでもいいように、一人で、楽しそうに……。


 待ってこれ、え、スカイダイビング? パラシュートなしの? 落ちたら完全にお亡くなりのサバイバルスカイダイビング?


「え、待って。待って待って! キリトさん!? これはマジで無理です。無理です!! さっきので私の心臓は口から飛び出しそうになっているなーって思うぐらい死にそうだったのに、これは無理です。私の許容範囲を越えています! いろんな意味で死にそうです」


 しかし吸血鬼はそんな叫びに耳を傾けようともせず、口笛を吹いてこの状況を楽しんでいる、ように見える。

 この人はもう私の助けにはなってくれそうにないということを私は悟り、さっきハギナさんに言われたことを実行しようとしたその時だった。


「あ、凛和ちゃん」


 吸血鬼がなにかを思い出したように私にいきなり話を振ってきた。

 そしてそのまま彼は話を続ける。顔を少しひきつらせていることから、たぶんハギナさんから直接いま何か言われているのだろう。


「ハギナさんからの特別ミッション。下にいる私たちを見つけろ。それと地上にすんでいる魔族を十人は見つけろというのが出されたぞ。それをクリアしなくては私たちは能力を発動させない。つまり、地面と同化だって。がんば」

「なん……だと……!?」

 とてもめんど臭いミッションが出された。

 というか、え、マジですか。それをクリアするには、今上を向いている状態から下に向いている状態に変えなくてはいけないということだよね。迫り来る地上を眼前に納めなくてはいけないと言うことだよね。ああ、死ぬな。


「…………やるしかないのか」


 迷っている暇はたぶんないと思うので、私は死ぬ覚悟をしてから、よっと掛け声をかけながら、さっさと体制をしたに向けた。空気が直接私の口に入ってくる。と思ったがそうでもない。なぜだろうか。

 普通ならばとんでもない顔になったり、顔の皮膚がやられたりするようなイメージがあったのに。それがない。

 私がそう思っていると、なにかを感じ取ったのだろうか、サバイバルスカイダイビングを楽しんでいたキリトが口を挟んできた。


「あ、源は体とか、体質とか、その他もろもろが特殊体質だから空気抵抗とか関係ないよ。そしえ俺に俺も関係ない! 完全に浮いているだけ! ヒャッホー! 楽しーい!!」


 いる情報と要らない情報が一緒に来たな。私は一応ぶっきらぼうに礼を言ってから本題に取りかかった。


 それは思ったよりも早く終わった。何故か、それは私が思っているよりも、私の体の機能は高性能だったからだ。


「セツさんたちは真下にいるね。というか、この高さで下の様子が見れるって私の視力はいくつなんだろ。まあいいや。

 そして魔族か。さっきあそこに来ると中までで結構会ったんだよなー。バスの中のお婆ちゃんとかも魔族だったし。あ、いたいた。というか結構いるな。あ、あそこに団体様発見。なんかの集会してるっぽいよ。うわっ」

 私がハギナさんの課したミッションを真顔でやっていると、キリトがいきなり私の手を取ってきた。

 吸血鬼はとても安心したような顔で、私に今言われたらしい言葉を言ってきてくれた。

「ハギナさんからの伝言だよー。凛和ちゃんミッションクリアだって、よかったな。というか、なんかなれるの早いなお前」


 どうやらその集会というものやらは結構な人数だったらしい。それだけでクリアしてしまった。なんだかつまらない。もっと個別のを見つければよかったのだろうか。でもいっぱいいすぎてよくわからないんだよな。

 でもまあ、ミッションをクリアできたことに私は嬉しく感じていた。そして、キリトに向けて少し微笑みながら、私は軽く本音を溢した。


「なれないとやっていけない世の中で育ったからしょうがないよ。慣れないと心細かったから」


「心細かった?」

 彼は不思議そうに私を見てきた。どうやら私の考えには賛同できなかったらしい。まあ、そんなことしてほしくなったから、欲しいとも思ってなかったからその反応はありがたかった。


「そう、心細かった。私が人に遅れをとって孤立しているみたいに思えて怖かった」


「そのわりには平気で人に嘘をつくよね。まるで相手のことを信用できないようにするように」

 私はうっと呻き声をあげた。自覚はしているが、人には突かれたくない部分を言われてしまった。よりにもよってこのやつに。

 その反応でキリトは調子に乗ってしまったのか、追い討ちとばかりにキリトは要らない一言をよりによってこの状況で言ってきた。


「でもそうしているにも関わらず、凛和ちゃん焦っていると本音しか出ないんだねぇ。かわいい」


 その言葉で私のなにかがプツンと切れた音が聞こえた。何だろうか? とりあえず、私がムカついたということはわかった。


「…………私だけワープしてハギナさんのところに帰るから、お前は一人で地面と同化しろ。わかったか」


 私は私が思っていることを理解すると共に、そう言って私は自ら手をキリトから振りほどき、ワープができるものが出るようにと頭の中で念じた。

 すると、数十メートル先に何やら黒い水溜まりのようなものができはじめてくれた。どうやら初めてにして成功したらしい。水溜まりの中にはそれぞれ白か黒の着物を着ている二人の姿が見える。


「え?」


 その光景に、さっきと私とは反対にキリトが目をぱちくりさせる。


「じゃあ、さっきはありがとね」


 私はニコリと笑みを浮かべ、その黒い水溜まりの中に入ろうと体制を整え、なにも罪悪感など感じずに、一人でその水溜まりの中に身を投じた。


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