七、観念(挿絵挿入)
「僧侶時代は、カンネンと名乗っておりました」
幹の父が淡々と、昔話を始める。
「よし10連勝!」
その裏ではカンネンの娘で拙僧の自称嫁が、歌かるたで確実に勝ち星を増やしていた。
「カンネン……どう言う漢字を書くのですかな?」
「カンは木の幹、そのまま娘の名前に当てました。
然は法然様の然ですな」
ああ、浄土宗の開祖の。先日拙僧は、そのゆかりの大原問答で有名な勝林院を訪れたばかりだ。
法然は天台宗から袂を分ち、目の前にいる幹然もまた還俗、つまり僧を辞め観念した。そう考えるとなんとも皮肉な法名である。
「還俗されたのは、猿楽の道に進みたかったからですかな?」
「それもあります、が」
「ますが?」
「猿楽の師匠の娘が、あの子の母なのです」
ああなるほど恋愛も絡むと。何だ、寡黙な朴念仁と思っていたが意外とやるではないか。
「あの子の母が、まさに瓜二つの性格でしてな。言い出した事は曲げないというか」
前言撤回。ああ、奥方に押し切られたか。
いや他人事ではないな、幹の婿発言が冗談であることを切に願う。
「わたしからも、一つお聞きして良いか」
元・幹然どのが、尋ねて来たので、
「何なりと」
と答えた。聞かれて困る事の心当たりがない。
「覚恕殿は、どんな僧侶になるのを目指されておるのか」
ふむ、どんな僧侶とな。
「どんな僧侶になるかは分かりませぬが、一つだけ目標がございます」
「目標、ですか」
「はい。自分が将来寺を持った際に、その寺を焼かれないようにする事ですかな」
「……ええと」
しまった、正直に答え過ぎたか。元・幹然どのが困惑している。嘘は言ってないんだがなあ。
「わたしは、覚恕殿は高僧になると思われます」
「高僧?いやいや」
一応謙遜してみるが、言われてみれば比叡山の代表は確かに高僧だろう。今後の行動次第で「覚恕」がそこに至らない可能性も勿論あるけれど。
「きっと歴史に名を残す大きな事を成し遂げるのだと思います」
「であるなら、それが悪名にならぬよう精進いたします」
かくして“きゃんでぃず”とその親と半日ほど語らい、一行は大原に帰って行った。
拙僧もこれから用事があるのだ、正直もっと話していたかったが。
あ、蒸し羊羹娘を除いて。彼女との話は、どうも調子が狂う。
「では婿どの、また後で」
と帰り際に彼女言われたが、まるで近いうちに再会が決まってるような口振りでないか。
……まあいい、いちいち彼女の戯言に付き合っていられるか。
「珍平、準備は出来たか?」
「いつでも良いぞ」
と声がしたので、彼を伴って拙僧はかつての住まい、御門東洞院殿への挨拶に足を進めた。
「遅かったね、婿どの」
と見覚えのある声がして見覚えのある顔が見えたので、拙僧は無言で一旦襖を閉める。
そして見間違えを信じてもう一度襖を開ければ、やはり見間違いでなかった事に愕然とする。
「みみみみ……」
「耳?」
「——ミキっ、何で御所にいる!」
「何故驚く?さっき、また後でと言ったはず。
ああそうか、理由が知りたいのか」
驚く拙僧とは対照的に、全く動じる様子もなく幹が言う。
「わたしは人気猿楽師さん、年始のめでたいお祝いの舞踊に呼ばれるは必然」
「だって、そんな素振りは少しも……」
心臓に毛が生えていると言う表現は良く聞くが、きっとこの娘は剃刀すら折る程の剛毛なのだろう。
「観念して受け入れるが吉」
観念じゃないよ、勘弁してくれ。
「仲が良いのね、二人とも」
姉の永寿女王が拙僧と、何故か後をついてきた幹を見て微笑む。
いえ、むしろこの猿楽おなごは天敵ですが何か。
「お二人ともお変わりなく……いや、兄上は元気になられたような」
「うん、憶仁のおかげでね」
と兄の寿仁が言う。
憶仁か……出家前の拙僧の、懐かしい名前だ。
そしてこちらからの文での助言で、兄が健康になっているようだ。
後世の研究で、朝廷で多かったと言われる病気の一つが脚気、これはビタミンB1の欠乏により手足の痺れや言葉の発しにくさを伴う。
原因の一つが精米しすぎる白米だと言われており、玄米や大豆、銀杏などを食べるように勧めた。どうもその甲斐があったようだ。
あとは姉も含めてだが疫病が心配なので早めにアルコールが必要なのだが、こちらは入れ物に苦慮している。早めに作ってあげたい。
「ねえ幹、今日は新年の舞を披露してくれるんだよね?」
「はっ、殿下が益々健やかに過ごされますよう」
そう言って幹は扇子を持って恭しく頭を下げる。
拙僧も同じ血筋の筈なのだがな、一度も見せた事ないぞそんな態度。
「せっかくだから、憶仁も見ていくといいよ」
「はい、ありがたく拝見致します」
そう言えば大原の時はタイミング悪く、ちゃんと見れなかったんだよなあ。
そして拙僧は兄姉と並んで幹の猿楽を鑑賞する。
翁の面をつけてのその舞は悔しいほど程に美しく、静と動を織り交ぜた洗練された動きに目を奪われた。
さて帝や皇太子である父への謁見には、流石に幹を同行出来ない。
拙僧からすれば二人は身内であるので直接対面が可能だが、何の身分もない彼女は別室で留守番である。
「一休さん、遅い」
挨拶を済ませ幹の待つ部屋に戻ると、物凄く不満そうに睨まれた。
仕方ないだろう、そんな顔をされても。
「この後、長兄の所に行くの?」
「いや、言伝だけ残して帰る。拙僧とは仲が良くないのでな」
「そっか、じゃあ一休さんとはここでお別れ」
……うん?
「あの人にも舞で呼ばれてるの。それじゃ、良いお年を」
「あ、ああ……」
一緒の時は迷惑だと思っていたのだが、その去っていく後ろ姿には何故か、寂しさを感じるのであった。
10/24 挿絵挿入(幹)




