八、蒸留(挿絵追加)
自称嫁の幹から文が届いた。
「きゃんでぃずって、漢字でどう書くの?」と一言だけ。
少し考え拙僧は筆を取り、「喜屋武出」と紙に書く。
沖縄で良く見かける名字喜屋武に、出ると書いて喜屋武出。
我ながら無理があるとは思ったが。
「ふむふむ」
どうやら本人は気に入ったようだ。って、おい!
「直接拙僧に聞きにくれば良かっただろう」
「文の方が、風流?」
そう言って幹が小首をかしげる。いや、そこで疑問形になられても。
「オレの仕事は終わったぞ、このあと例の話の続きだろう?」
と、門番の任を解かれた珍平が部屋に入ってくる。
「おい珍平、なぜ幹を寺に入れた?」
「いや彼女が、婿に会うのは嫁として当然とか言うもんだからさ」
「何故それで納得するのか……」
拙僧は毛のない頭に手を置いた。
「ねえ一休さん、例の話って何?」
「もう用事は済んだのだろう?帰ってくれ」
「例の話って何?」
「……」
それを聞くまで帰らぬつもりか、蒸し羊羹。
「遅くなりました。おや、幹どのですな、お久しぶりです」
と、金属職人の三条儀右衛門が部屋にやってきて。
「この美しい女性は、どちらさまですかな?」
と陶器職人で忍者を自称する多羅尾番内も姿を見せる。
「一休さん、わたし美しいってさ」
絶対お世辞だと思うが喜ぶ幹を見て、頼むからこれ以上邪魔だけはしてくれるなよと心から願うのだった。
かくして集まった面々での議題は、もちろん高純度アルコールのための蒸留器作りについてだ。
想定していた陶器製による蒸留器は、蒸気漏れと吸水性の面から難がある。
かと言って鉄製のボイラーなどを作る技術などはない。刀や小物を作れても、大きな鉄製の容器などは鎖国が緩んだ江戸後期から明治の代物だ。
原理は拙僧の頭の中にあるが、実現させるとなるとやはり話が別だ。せめて蒸留器の実物が見れたらいいのだが……
そこで硝子や磁器ならどうだろうと拙僧が提案したのだが。
「磁器は、まず材料と製法が国内では厳しいです。現在は明や朝鮮からの輸入に頼っている状態で」
と三条儀右衛門。朝鮮は確か対馬の大名が交易権を握っているんだったか。
「硝子の製法は、この国では材料があっても技術がありません。古い歴史では飛鳥の時代まで遡り、何故かそこから廃れたとのこと」
と多羅尾番内。
「噂では大和国の興福寺に、その製法と現物が眠っていると聞きますが……」
「番内でも入手は難しいか」
「厳しいですな。むしろ僧侶繋がりで話し合いで譲っていただく訳にはいかぬので?」
「それが出来れば苦労はないのだが」
あそこの寺は仏教は仏教でも、法相宗と呼ばれる南都六宗、日本最古の仏教の系統で我々の天台宗よりずっと古い歴史を持つ。
伝手がないどころか、我々のような「新参者」は門前払いにされるのがオチだ。
いっそ大原問答のように説法の語り合いで認めてもらうか……いやしかし。
「仮に硝子が入手できても、耐熱となればまた別問題でしょうしな」
そうなんだよなあ。
化学で使うビーカーやフラスコといった耐熱ガラスは19世紀まで待たないと生まれない。
何しろ材料のホウ酸が国内入手がほぼ絶望的、なおかつ1400℃以上の超高温が必要となる。
刀剣を鍛える窯ではその温度が出せず、特殊な炉をゼロから作る必要がある。
ううむ、八方ふさがりか。
史実で兄の寿仁や姉の永寿女王の亡くなる前には何とか完成させたいのだがなあ。
「一休さん、質問いい?」
そう言って幹が手をあげる。
「金属を使うのは駄目なの?」
いやいや。それが出来ぬから、儀右衛門から助けを求められ陶器職人の番内を招き入れたのだ。
「お寺の鐘の銅鐸、それに大仏様。大きな銅を使ったものって一杯あるけど」
ふむ、発想はわからなくもないがアレは鋳型と言って銅を流し込んで作るものだ。
容器を作るには重くなりすぎて実用性に欠ける。
「というかそもそも、全部同じ材質で作る必要、あるの?」
「幹どの流石!それです」
ふいに儀右衛門が声をあげて膝を叩く。
「容器すべてをひとつの素材で作ろうとするから駄目なのです。全体を木と竹の……樽のようなもので作り、薄い銅の板のようなもので蒸気の漏れる部分のみを塞ぐ」
「可能か?儀右衛門」
「ええ、何でしたら繋ぎ目を半田で埋めればいけましょう!」
電子工作で有名な半田付けだが、実はこの時代にも鉛と錫を溶かして溶接する技術自体は存在している。
そもそも半田の由来がうろ覚えだが、日本にある鉱山だったか地名だったと記憶している。
かつてあの舶来の懐中時計を直した男だ、きっと上手くやってくれるだろう。
やれやれ。ずいぶんと遠回りをしたが、とりあえず目処は立ちそうだ。
「一休さん?」
「うん?何だ幹」
神妙な顔をして彼女が聞いてくる。
なおその後ろでは、儀右衛門が珍平や番内の手を取って大喜びしていた。
「今回わたし頑張った」
「まあ、そうだな。貢献してくれたと思うぞ」
「だからご褒美。なでて?」
そう言って幹が、拙僧の前に頭を差し出してくる。
年の離れた女性が幼児にナデナデを要求する行為に閉口しつつも、拙僧は言うとおりにするのだった。
かくして一つの問題は解決したのだが。
数ヶ月を待たずして、また新たな問題が持ち上がってくることをこの時の拙僧は知らなかった。
10/24挿絵追加(幹)




